神々との邂逅
大ホールの天井が丸いのはこの天地を創った神の頭蓋を模したからだといわれている。その頂点部分には丸く穴が開いており、差し込む光が一筋の線となって檀上に注がれていた。
巨大な一枚岩で造られた台座にはクッションがおかれ、一欠けもない見事な玉が奉られている。その大きさはヒトの頭ほどもある。南中の太陽が玉を照らし、まばゆい光が辺りを包んでいた。
この玉こそ創造主、神の化身である。神が最初に降り立った地であるカミタチという国の象徴だ。
台座の後ろには三十人ほどの神官たちが膝を折り、静かに祈りをささげている。
月に一度の祈祷会は、駆けつけた民衆でいつになく大賑わいだった。整然と並んだ長椅子にはぎゅうぎゅうに人が詰まっている。
この場で祈祷を捧げられるのは最も位の高い大神官とそれに次ぐ高等神官の五人だけだ。位の高い順に祝詞をあげる彼らの声はホール内に響き渡り、信仰心の薄い人間も神妙な心持にさせる。
対照的なのは列の後ろに並ぶ下位の三等神官たちだ。位の高い神官たちの奏上の補佐をこなす姿は緊張のし過ぎかどこかぎこちないが、それも今年の春に神学校を卒業したばかりの初々しさと思えば微笑ましい。
しかし民衆の関心はそんなことに向けられてはいなかった。不遜なことに、その意識の向かう先は神々でもない。
ついに最後の五人目の神官が玉の前に出ようとしたとき、民衆たちはとたんに目の色を変えた。後ろに座る者ほど身を乗り出そうとし、中には遠眼鏡を取り出す不届き者まで出る始末だ。彼が一歩出ただけでさざ波のように女たちの小さな歓声がわいた。
「畏き畏き御神々、我らに安息の地を賜りたる御神々よ。我ら代々相次いで御身を敬い尊び、御身の恵みを助けとなしこの地に住まう。今より先も変わらぬ恵みを賜りたくお願い申し上ぐ」
祈りの言葉は他の神官と全く同じだ。
しかしなぜだろう。
彼の声は波紋のように広がり、耳ではなく頭の中に浸透する。響くのではなく、すべりぬけていくのだ。低めでゆったりとしたその調子には、信仰心とは別に聞く者を恍惚とさせる力があった。
神官は一言一言に力を宿らせることで神と直接言葉を交わすことができるというが、なるほどこの男の声ならば神々にも届くだろうと思わせた。
加えてその容姿。
肌の露出をよしとしない神官は、詔を捧げるときだけ深くかぶったフードをあげて素顔で神と向き合うことができる。神官たちは皆一様に整った顔立ちをしているのだが、彼はその中でも抜きんでていた。真っ白な神官服とは真逆のブルネットの髪に、きりりとした眉、切れ長の目、通った鼻筋に形良い薄めの唇。魅力的なパーツがしかるべきところにぴたりと収まっている。乙女たちの心を奪うには十分すぎた。
うっとりとしたため息が漏れる中、今度は男たちの息が荒くなる。
新人神官たちの後ろからすうっと列から抜け出たその女神官は、滑るように台座の前にひざまずいた。
灰色のローブから見える手は、うやうやしく差し出している絹の手ぬぐいと同じくらいに白かった。位の低い神官服は頭からすっぽりとかぶるようになっており、髪の毛一筋さえ見えない。のぞいているのは額と目元だけだ。
しかし、その蜂蜜をおとしたようなとろりとした瞳、黒い筆で紋様を描いた額から、彼女の美しさは十分すぎるほどうかがうことができた。
「今この身を媒となし、御力をここへ注ぎ給え」
男神官が右手を伸ばすと、それを女神官はうやうやしく手ぬぐいで包み込む。細い指が繊細な動きで男の節のある大きな手を清めていく。
完璧なタイミングで二人の手が離れると、男神官はゆっくりと慰撫するように玉に指先をあてた。その瞬間、民衆の目をくらますほどの光が玉から放たれる。
これぞ神々の力。
常識を超えた神秘的な光景にこらえきれなくなった民衆は、拳を突き上げて神をたたえる歓声を上げたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
見切り発車的にはじめてしまいました。
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