7. Recalls of Refuge or Englisher Garten
7. Recalls of Refuge or Englisher Garten
(避難所あるいはエングリシャーガルテンでの回想/召喚)
I know the thoughts
Of dust, and feel for it, and with you.
私は知っている。
塵の子のあらゆる思いを、そして感じている、そして共にいる。
George Gordon Byron ”Cain ” Book I 100-101line Lucifer's words for Cain
ジョージ・ゴードン・バイロン 『カイン』 第1幕 100‐101行 カインに対するルシファーの台詞
グルノーブルを後にした俺は、スイス・ジュネーヴへと向かった。
ここはヴィクターの故郷で、フランケンシュタイン家があった場所だ。
俺は、途中で摘んだ綺麗な紫色の花をフランケンシュタイン家の墓に供えた。
墓にヴィクターの名前は掘られていなかった。弔うべき家の者が残っていなかったからだろう。
そもそも、ヴィクターの最後を看取ったウォルトンが無事に、北極探検から戻っているかさえ定かではなかった。
俺は、ヴィクター以外のフランケンシュタイン家の人々には、消して消える事のない罪を犯した。せめてもの償いとして、花を供えて弔った。
だからこそ、彼らの様な犠牲者や、俺の様な奴を生まないために、自然哲学者を殺さねばならない!
俺がジュネーヴを出てインゴルシュタットに向かう途中、ライン川の近くで奇妙な音色を聞いた。
俺はその音色に惹かれて、川の方へと近づいた。
川では、溺れかけた中年の男が片腕で少女を抱えながら、必死で笛を鳴らし続けていた。これが音色の正体だった。
俺は、少女と男の片手をそれぞれの手で掴み、川から引き上げようとした。
その時、左手に痛みが走った。男の方が俺を見て拒絶して、爪を立て離れようと暴れたのだった。その痛みに、とっさに左手を放してしまった。男は川を流されて見えなくなった。
その瞬間に、ためらいがあった。本当は、男の手を粉砕骨折させてでも助けてやるべきだったのかもしれない。ただ、前も少女を川から救った時も、どうせ俺の行動は悪意にしかとらえられなかった。
せっかく差し出した救いの手を拒絶されてでも、人を救うほど俺の心は、もう純粋ではなかった。
右手で掴んだ少女の方は、左手に痛みが来た時に一瞬放しそうになったが、どうにか耐えて引き上げていた。
どうやら一命を取り留めたらしく、少女の息は穏やかになっていた。
そういえば、俺がヴィクターの元へ向かう前にも、溺れた少女を助けた事がある。その時は、もっと小さな少女だった。もし順調に育っていたなら、こんな風に綺麗に育ったのだろうか。
だがそんな優しい思いは、以前の苦い経験で押しつぶされた。その時は、俺が少女に悪い事をしたと誤解した、父親らしき農夫に銃で肩を撃たれたのだった。
「そこに誰かいるのか!」
唐突にこちらに向かう足音が聞こえた。誰かが物音に気付いたのだろう。
このままここに居たら、どうせ、俺はまた誤解されて、”善良な”人間に、鉄砲で撃たれるんだろう。
俺は、安らかに眠っている少女をもう一度だけ見ると、別れの言葉を告げた。
「美しい少女よ。立派な王子様が迎えに来てくれるだろう。俺は怪物だ。さらば!(I'm monster. Farewell!)」
俺が、その場を立ち去る時に、反響していて良くは聞き取れなかったが、少女を発見した若い男の声が聞こえた。ヴィクターに声が似ているのは気のせいだろう。立派な王子様に、嫉妬して一番憎い存在の声を連想しただけなのだ。
そして、ついに俺はインゴルシュタットに到着した。
住民から情報を得た所、ヴァルトマンは旅行か何かに出かけて不在らしく、更に彼は自然哲学をやめたらしい。どうやら、自らの罪に気付いて改心したようだ。
俺は改心した者までは殺さない。とりあえず、ヴァルトマンは後回しだ。
一方、クレンペは、最近人が変わったように何かの研究に没頭しているらしい。おそらく、ヴィクターの研究に気付いたのだろう。
俺はクレンペの家を見つけ、彼に裁きを下してやった。
つい、回想が長くなってしまった。
今、俺は、ミュンヘン郊外の公園エングリッシャー・ガルテンで、俺と同じ存在に呼びかけられていたのだった。死者から手紙を渡されたのだが、その意外な内容にすぐ決断を下せず、己の旅を振り返っていたのだった。
死者から受け取った手紙にはこう記されていた。
私は、君を知っている。
インゴルシュタットでの君の活躍は見ていた。
君が壊したクレンペの研究と同様の研究をしている自然哲学者たちがいる。
彼らの隠れた拠点がいくつもある。
それらを潰してほしい。
案内は、この者が行ってくれるだろう。
闇のイルミナティ
回想を終えた怪物は決断した。謎の死者と共に、自然哲学者を滅ぼす旅を始めた。
***
怪物がミュンヘンを発ってから数週間後、ジュネーヴ。
ゲンファータは、フランケンシュタイン家の墓の前に跪いていた。
墓の前に供えられた紫色の花を見て、俺は怪物がまだ生きている事を確信した。
それは、トリカブトの花だった。その花は、家族を、知人を、俺を、愚弄していた。
復讐の意味を持つ花を、ここに捧げる存在など人間ではないアイツしかいない。
近隣の人々に聞きまわるとすぐに裏は取れた。数週間前に外套で顔を隠した巨人が、ここに花をささげたという。
怪物は生きていた! 俺が死の底から蘇ったように!
俺は、墓の前にあった復讐の花を蹴散らすと、家族に復讐を誓った。
Cursed, Cursed, Creature! Why it live?
I swear to kill the Monster! Revenge for you.
呪われた、呪われた創造物よ! 何故、アイツは生きている?
俺はあの怪物を殺す事を誓う! あなたたちの復讐の為に。