6. Rendering of Mummy Transform [FT]
6. Rendering of Mummy Transform [FT]
(ミイラ変化の演出/ミイラ変換の翻訳)
You will not remember what I show you now,
and yet I shall awaken memories of love and crime and death.
あなたは、私が今あなたを見せるものを覚えていないだろう。
私は、あなたに愛と罪と死の記憶を目覚めさせよう。
Karl Freund “The Mummy” Imhotep's words
カール・フロイント 『ミイラ再生』 イムホテプの台詞
フランスへと向かう貨物船に忍び込んだ怪物は、貨物室の中で、何日も船の到着を待っていた。
そんなある日、貨物室に船乗りが訪れ、周囲の荷物を物色し始めた。しばらく物色を続けていたが、ある箱を覗き込むと船乗りは叫んでいた。
「俺が今欲しいのは、書く道具じゃなくて、水なんだよ!」
そして、覗いていた箱を蹴とばすと貨物室から出て行った。
蹴られた箱の中から細長い物が幾つも床に転がっていった。その衝撃で、荷物が崩れ落ちた。
船乗りが出て行った後、怪物は、自分の近くまで転がってきた細長いものを拾って見つめた。
この細長いものは何なのだろう?
木でできた細長い棒の中心には、黒い物が詰まっていた。
あの船乗りは書く道具と言っていたが、使い方が分からなかった。
ペンに似ているが、インクらしいものはなかった。
試しに先端を木の板につけて、ペンの様に動かしてみた。
薄い黒い線が引かれていた。
「これはすごい筆記具だ!」
怪物は、新たな筆記具を手に入れて喜び、そこら中に書き記し始めた。
夢中になるあまり、どこかから飛び出していた布切れにも筆記具を走らせていた。
そして、怪物は驚いた。
布切れ鳥や草や蛇に似た模様が浮き出てきたからだ。
これは何かの暗号だろうか。
怪物は続きが気になり、布を筆記具でこすり続けた。
暗号が終わり、文章が現れた。
無をもたらすものに祝福を
有をもたらすものに災厄を
怪物は、更に続きを読もうとしたが、布はそこで途切れていた。人の背丈ほどもある大きな箱から、布ははみ出していたのだった。
怪物は布が挟まれている、大きな箱の蓋を開いた。
中から出てきたのはもう一人の怪物だった。それは、亜麻布がほぼ全身に巻かれた死体、いわゆるミイラだった。
怪物は、驚きのあまりしばらく呆然としていた。
この布はミイラを封印するものだったのだろうか? 何か呪いを受けるのだろうか?
しかし、呪いが本当に合った所で、そもそも創造者に呪われた俺にはどうでも良い事だった。
更に布を引っ張り出し、筆記具で擦ると、文の続きが現れた。
この文章が読まれる頃、私は既に死んでいるのだろう。
これを読む者が善意の持ち主である事を願い、私の生涯と最後の願いを記そう。
そこに書かれていたのは、あるマムルークの物語だった。
マムルークの兵士として、比較的平穏な日々を過ごしていた彼だったが、1798年7月にナポレオンのフランス軍がエジプトを侵攻して状況が激減した。
ピラミッドの戦いで、フランス軍と衝突した、マムルークの軍勢は壊滅した。フランス軍の近代的な武器の前に歯が立たなかったのだ。その後、マムルークの指導者ムラード・ベイも逃げ出していた。
この文章を書いた人物も、その荒波に飲み込まれていた。
ナポレオン・ボナパルト。
怪物はその人物に怒りを覚えた。
ハイチだけではなく、ここにもアイツが来ていたのか。それに、アイツは、自然哲学者の守護者でもあるらしい。
フーリエやモンジュ、ベルトレ、コンテと言った自然哲学者という悪魔の軍団を従えて、遠いエジプトまで侵略を行っていたのだ。何という奴だ。 いつか裁きを下してやろう。
ナポレオンのエジプト侵攻でマムルークは壊滅していたものの、この文章を書いた人物は生き残っていた。彼がミイラとなった事の顛末が最後に記されていた。
戦い続けた私は、どうにか故郷まで戻ってきた。そこで、かつての恋人ヘレンが既に病気で亡くなっている事を知らされた。
私は失意の中、彼女の墓へと向かった。
しかし、彼女はそこに眠っていなかった。墓は荒らされ、彼女の棺の中は空だった。
街に戻りようやく事情が分かった。ミイラはヨーロッパで、インテリアや薬、画材などとして輸出されていた。最近になって、この近くに、ミイラを作る施設が最近できたらしく、新しい死体も密かに盗まれてミイラにされて輸出されていた。彼女も、その犠牲となっていた。
死してなお、彼女を苦しめる事など許せなかった。
私は、彼女の亡骸を取り返す事を決めた。
全身を亜麻布で覆いミイラの振りをして棺に入ることで、警備の厳重な施設に潜入する事が出来た。
そして、多くの棺を開けて探した末に、ミイラとなった彼女を見つけた。
死してなお、生前の美しさを保っていた。
彼女を抱き上げて帰ろうとした瞬間、後ろから声がした。
「動くミイラもいるのか?」
西欧人がミイラ職人達に私を指しながら尋ねていた。
潜入した事がばれて、私は手足を縛られ、空いていた棺に押し込められた。
「ちょうどいい。数ヶ月も立てば、ミイラができるだろう」
西欧人は、棺に入った私を見下ろしながらそういった。
そして、棺が閉められた。
どうにかして、自由になった片手で、蓋を開けようとしたが、びくともしなかった。
数日経つと、周りの物音もしなくなった。多分、荷物としてどこかに置かれたのだろう。
ミイラ取りがミイラになるとはこの事だった。
もはや、私に助けが来る可能性はほとんどないだろう。
例えここで死ぬとしても、この棺を開けた者に伝えなければならない事があった。
しかし、何も見えない暗闇の中、自由になるのは片腕だけで、書くためのペンも、それを記す紙もなかった。
しばらく思案した挙句、私は伝達する方法を思いついた。
抵抗した際に脇腹に刺さったアンクを引き抜くと、自らの血をインクにして、巻いていた布に文章を記し始めた。
怪物は思った。
そういえば、亜麻布は全体的に赤茶けた色をしていた。これは血だったのだ。暗い中、書いたのだろう。文字はあまりに滲みすぎていて、読み取る事が出来ないほど潰れていた。自分が流している血の多さすら分からないほど追い詰められていたのだろう。
文章は段々と荒れていた。力尽きようとしているのかもしれない。
おそらく、私はこのまま干からびて、死ぬのだろう。
そして、ミイラとして売り出されるのだろう。
私は、どうなっても構わない。
せめて、彼女を灰にし、無へと返してほしい。安らかに眠らせてほしい。
死後もなお彼女を冒涜するのならば、私はこの身が朽ち果ててもなお呪い続けるだろう。
無をもたらすものに祝福を
有をもたらすものに災厄を
乾いた血で黒ずんだアンクが、亜麻布を挟んでミイラの心臓に突き刺さっていた。最後の力を振り絞って、呪いと共に自らの命を絶ったのだろう。
ミイラの遺書を読み終えた怪物は、周囲を探して似たような棺を見つけた。
中には、死してなお美しい女性のミイラがいた。この人物が恋人だろう。
怪物は、二人のミイラを両手で抱え上げると、密かに甲板に登った。
ここ数日の日照り続きで、甲板に人はほとんどいなかった。
怪物は二人を虚無へと返す祭壇を築き、火を放った。
火と煙を見て、見張りをしていたさっきの船乗りが驚いて現れて少し面倒だったので気絶してもらった。
二人のミイラは互いを支え合う様に燃えつき、灰となった。怪物は海に二人の遺灰をばらまいた。
「これで、君たちは無に還った。もう苦しむ事はない」
それからしばらくして、見張りは目覚めた。
何か冷たい物が顔に当たっていた。
雨だった! 日照りは終わったのだ!
喉の渇きに苦しんでいた彼は、雨水で喉を潤した。
目覚める前に、悪魔が、人間を燃やしている光景を見た気がするが、あれは雨乞いの儀式だったのだろうか?
数週間後、怪物が乗った船はボルドーに碇を降ろした。
港では、ワインに砂糖にと、色々な物が取引されていた。ハイチは独立したのに、まだ、黒人奴隷も売られていた。ミイラ化した黒人奴隷の死体も捨てられていた。
俺は港を出ると、インゴルシュタットを目指して、大陸を東に進み続けた。
そして、グルノーブルまで辿り着いた時、自然哲学者フーリエがここにいる事を知った。エジプト遠征にも参加していた悪魔に裁きを下さねばならない。
早速、フーリエを消すために、俺は住居に侵入した。
「自然哲学者フーリエ、お前を消しに来た!」
しかし、そこにいたのは、ミイラだった。
幾重にも布を巻かれたミイラは、こちらを振り向いた。
こいつがフーリエなのだろうか? 何故、こんな格好をしているのだろう? 怪物には理解できなかった。
互いに驚きのあまり、沈黙している所に、少年の声が響いた。
「フーリエさん、ロゼッタストーンがちょっと解読できないか考えて見たんだけど」
少年は当前の様に亜麻布を全身に巻いたミイラ、もといフーリエに話しかけていた。
これが彼にとっては日常なのだろうか?
そしてようやく俺の存在に気付いて、俺を見て驚いた。
「えっと、お客さんですか? フーリエさんの真似をして、仮面か何かを付けているんですか?」
醜いが仮面ではない。素顔だ。
失礼だが、俺の顔を見て、叫ばないだけでもましだろう。
何と答えようか迷っていた所、フーリエと目が合った。この少年に危害を加えるのではと怯えている目だった。
「ああ、エジプトの事を知るには、当時の人々の振りをするのがいいと思って」
フーリエはとっさに機転を利かせた。
どうやら、フーリエも配慮は出来るようだな。流石にこんな少年の前で殺すのは忍びない。ここは作り話に乗ってやろう。
俺は、フーリエに目配せをすると、うなずいた。
「そうなんだ! お客さんは何の役なの?」
少年は目を輝かせて、問いかけた。
俺が言い淀んでいるとフーリエが助け舟を出した。
「神官で宰相だったイムホテプ役だよ」
「そ…そうだ。当時のエジプトの事なら、何でも聞くがいい! フーリエは格好からミイラ役だ」
適当に言ってごまかした。
「適役だね! まあ、フーリエさんはいつもこの格好だけどね」
フーリエが苦笑いしてる様子を見て、気づいた。
いつも、この格好をしているのだ。自然哲学者はやはりおかしな奴が多いのだろう。
それから、奇妙なエジプト話が三人の間で始まった。
少年も遊びだと分かっているから、特に追及はしなかった。勝手にいい意味で解釈して、自分の知識で補完してくれた。
ミイラの話題の時には、つい俺が出会った例のミイラの事をベースに創り話をしていた。少年は熱心に聞いていた。
少年の名はジャン・フランソワ・シャンポリオンといった。
2年ほど前にフーリエにロゼッタストーンを見せてもらってから、自分がヒエログリフを解読する夢を持っていた。今日も何度か、ヒエログリフを見せられながら、少年の解読の仮説を聞かされた。俺が見つけたミイラの文章の冒頭に書かれていたのはこの文字だと気付いた。
不可解な状況に最初は困惑していたが、いつの間にか楽しみ、時間が経っていた。
かなり長く話していたらしく、警備の者が来て、少年に帰る様に促した。
完全にタイミングを失ってしまった。
それに、少年の純粋な夢を知ってしまい、俺はこの場でフーリエを殺す事が出来なかった。
警備の兵もきていたし、この場は逃げるしかないだろう。
「ふ、フーリエ、待っていろ! ま、また会いに来るからな!」
怪物は、捨て台詞を残して立ち去った。
後日、再びフーリエの家に忍び込もうとしたが、既に兵士たちによって厳戒な警備が張られていて入る隙が無かった。怪物は、グルノーブルを去るしかなかった。