5. Revolt of the Living Dead
5. Revolt of the Living Dead
(生ける屍の反抗)
Toussaint, the most unhappy man of men
Whether the whistling Rustic tend his plough
Within thy hearing, or thy head be now
Pillowed in some deep dungeon’s earless den;
O Miserable Chieftain! Where and when
Wilt thou find Patience? Yet die not; do thou
Wear rather in thy bonds a cheerful brow:
Though fallen thyself, never to rise again,
Live, and take comfort. Thou hast left behind
Powers that will work for thee; air, earth, and skies;
There’s not a breathing of the common wind
That will forget thee; thou hast great allies;
Thy friends are exultations, agonies,
And love, and man’s unconquerable mind.
トゥーサン、人としてもっとも不幸な男よ!
無骨な農民が鋤で耕しながら吹く口笛が
君には聞こえるか、それともいま君の頭は
地下深い牢獄の何も聞こえぬ枕辺にあるのか-
ああ、みじめな首領よ!どこで、いつ
君は忍従を見出すのか!だが死んではならない。
囚われの身でも明るい顔つきを絶やすな。
生きよ、心やすらかに。君はあとに
君のかわりに働くことになる力を残したからだ。大気にも、地にも、空にも、
君を忘れるような風など、どこにも吹きようがない。
君の友、それは賞賛、苦悩、
そして愛と、不屈の精神だ。
William Wordsworth “To Toussaint L'Ouverture”
ウィリアム・ワーズワース 『トゥーサン・ルーベルチュールに』
怪物は、過去を回想している間も歩き続けた。そして、インゴルシュタットを出てから数日後、ミュンヘン近郊の大きな公園に着いていた。エングリッシャー・ガルテンという公園らしい。
とりあえずこのバイエルンの首都ミュンヘンに向かう事にしていた。そこでなら色々と情報が手に入るだろう。流石にインゴルシュタットに留まっていては正体がばれる可能性があったからだ。
公園に辿り着き、一休みしていた怪物の目の前に現れたのは、生ける屍だった。
「久しぶりだな」
怪物は驚きよりも懐かしさが勝って、そう言っていた。
以前にも同じ存在に会った事があった。
それは、新世界アメリカで、決壊したダムの濁流に巻き込まれた後の事だった。
濁流に巻き込まれた俺を目覚めさせたのは、俺と同じ生きた屍だった。
それは、目覚めた俺を見ると、何か目的があるらしく、ついて来るよう行動で示した。
特に急ぎの目的がなかった俺は、生ける屍について行った。
生ける屍に導かれるまま、南へと下り、海を渡り、辿り着いたのはハイチという島だった。
そこでは、黒い肌の人々が、武装した白い肌の人々に囲まれて殺されそうになっていた。
俺は衝動的に、武装した人々を蹴散らしていた。
そして、助けられた人々はお礼を言おうとしたが、俺の姿を見て凍りついた。
予期していたとはいえ、少し傷ついた。
少し遅れて、その背後から、例の死者が近づいた。動く死者を見ても人々は驚いていたが、俺の時とは驚き方が違っていた。
リーダー格の人物が、驚きのあまり叫んでいた。
「…ブノワなのか? 君は、かつて戦ったブノワなのか!」
ブノワと呼ばれた死体は、乾いた瞳で、軽く頷くだけで言葉を発しなかった。その代わりに、手紙を差し出した。
リーダーは手紙を受け取ると驚きの叫びをあげた。
「これは、トゥサンからの手紙だ!」
その名前を聞いた瞬間、人々は、興奮をあらわにした。
そして、手紙の内容を機器ながら、人々は涙していた。
人々が落ち着きを取り戻した頃、怪物に対して何者なのかと誰かが尋ねた。
怪物にとっては、それこそが答えづらい質問で、押し黙ってしまった。
リーダー格のデサリーヌは、その沈黙を破った。
「あまり問いつめるな。ブノワを復活させたお方だぞ。きっと高名なボコに違いない。訳があって、名乗れないのだろう」
デサリーヌ自身も、この存在が何者なのか問いかけたかった。
しかし、この絶体絶命の状況下ではたとえ悪魔でも怪物でも味方にしたかった。
ボコ達が怪しい秘術を身につけているとはいえ、実際にここまで動くゾンビは見た事がなかった。
デサリーヌは藁にもすがる思いで、協力を頼んだ。
「窮地を救ってくれて感謝する。見ての通り、今俺たちは危機に瀕している。できれば、これからも、俺たちに力を貸してくれないだろうか」
死者のブノワは、即座に頷いていた。死者ブノワの目的はこれだったのだろうか?
特に断る理由もなかった怪物も、彼らと共に戦う事を誓った。
後で分かった事だが、ハイチでは少し前から、フランスから来たナポレオンの軍勢が、ハイチの独立を阻止しようと侵略を行っているのだった。
俺は、ただ肌が黒いと言うだけで、多くの人間が虐げられ、殺されている事に憤りを覚えた。
だから、徹底的に戦った。武器すら満足にない状況だったが、そもそも俺には持ち前の怪力があるので、銃などの特殊な武器は不要だった。
俺が戦う傍らには常にブノワがいた。
ブノワ・ギヨーム(Benoist Guillaume)
それが彼の名だった。防衛戦が得意だったため、攻めのトゥサン、守りのギヨームと並び評されていた。
生前も凄かった様だが、死んだあともブノワの采配は、卓越していた。何度も絶体絶命の危機に陥ったが、彼の防衛は的確だった。
ブノワの采配と、俺の怪物的な攻撃で、劣勢だったハイチは徐々に優勢になっていった。
***
怪物と、ブノワが戦いに明け暮れていた頃、フランス・ジュラ山脈近くの牢獄の中で、トゥーサンは、
今まさに命尽きようとしていた。
薄れゆく意識の中で、彼は、ハイチを去る間際に起きた不思議な出来事を思い出していた。
私は、ナポレオンの和平交渉に騙され、着の身着のまま捕まり、フランスへと連行される事になった。フランスに向かう船の中で狭い荷物室に閉じ込められた時だった。
何かが私の目の前に倒れた。
それは、人の死体だった。だが、ただの死体ではなかった。かつての友の死体だった。
生気は無く、傷も所々にあったが、かつて共に戦ったブノワだと一目でわかった。
彼の鉄壁の守りに、私も何度助けられた事だろう。
しかし、私が、敵に勝利してハイチを収める直前に、ブノワは敵に捕まり、奴隷として、ヨーロッパに売られたと聞いていた。
その果てに、ここで亡くなってしまったのだろう。
彼を生き返らせたいと思い、私は、衝動的に、持っていたゾンビ・パウダーをブノワにふりかけていた。それは、ブードゥー教のボコからお守り代わりにもらったものだったが、今まで半信半疑で一度も使った事がないものだった。
そして信じられない事だが、死体が動き始めた。死体は自らの手で起きあがり、私の目の前に立って喋った。
「トゥサン」と。
私は、衝撃を受けた。本当に死者が復活するなどと思っていなかった。
「ブノワなのか?」
その問いに、死んだはずのブノワは頷いた。かつての友との再会に感動した私は、この破滅にいたるまでの自らの経緯を堰切って話していた。ブノワは一言もいわなかったが、時々頷いてくれた。
私が話し終えると、ブノワは背を向けどこかに向かおうとした。私は問いかけた。
「待ってくれ! どこに行くんだ!」
ブノワは立ち止まり、一言だけ喋った。
「ハイチ」
死者のブノワはハイチに戻ろうとしているのだろう。一度死んだブノワなら、この警備の中でも戻る事が出来るだろう。ハイチにやり残した事は沢山あった。せめて、それをハイチに行く誰かに伝えたいと思った。
「もう少しだけ時間をくれないか。今、ハイチの人々に向けて手紙を書くから」
ブノワが待っている間に、私は、最後の希望をかけて、簡潔な手紙を書いた。
そして書き終えた手紙を、ブノワの手に握らせた。
「ブノワ、ハイチに行ってくれ。彼らの独立を手伝ってくれ」
死者のブノワは、トゥサンの元を去った。
あれから、半年以上経ったが、死から蘇ったブノワは、デサリーヌ達に会えたのだろうか。
私はもう限界の様だ。
彼らに、ハイチ独立の夢を託そう。
そして、トゥーサンは、永遠の眠りについた。1803年4月7日の事だった。
***
戦い続けてたある日、フランス軍から取り返した町の外れの倉庫に俺は赴いた。
そこにいたのは、無数のフランス軍の死体だった。疫病でなくなったのだろう。この疫病も、ハイチ側の一つの対抗手段だった。
俺は、何時までも死体を放置するのも嫌だったので、倉庫に火をつけてその場を去った。
そして、1803年11月18日、最後の戦いとなるヴェルティエールの戦いで、ハイチは勝利を収めた。
ハイチは独立を達成し、人々共に、ブノワと怪物も喜んだ。
戦いが終わった今、デサリーヌにとっては、怪物とブノワの存在は、厄介になっていた。
一部の人々は、怪物の事をボコだと信じ、崇拝していた。
また、怪物はあれだけ強大な力を持ちながら、例え白人であっても無抵抗な者を殺したりはしなかった。
その態度から、復活したトゥサンが、顔が醜くなっため恥ずかしがって正体を隠しているなどという噂まで立っていた。
このままでは、自分の地位も怪物に奪われてしまうのではと、デサリーヌは恐れ始めていた。
そんな時、同様の思いを抱いていたペションとクリストフが、怪物とブノワを厄介払いできる妙案を持ってきた。デサリーヌは、恐怖に駆られ、その妙案に同意してしまった。
戦いが終わった後、町はずれの小さな小屋で、ブノワと怪物は平和な日々を過ごしていた。
怪物が、窓辺の椅子に腰かけ本を読んでいると、銃弾が肩をかすめた。
窓を見ると、人々が小屋の周りを取り囲んでいた。おそらく、処刑場から逃げ出してきた人々だろう。
怪物は、いきなりの襲撃に慌てふためいていた。しかし、ブノワは冷静で、納屋にあった銃を取ると、一人一人確実に倒していった。
襲撃が一段落着いた頃、少し遠くから銃声がして、取り囲んでいた人々がうつぶせに倒れ始めた。その先に居たのは、見た事のある顔だった。危機を知り、仲間が助けにやってきたのだ。
俺は、仲間に呼びかけようと、窓から顔を出した。
その瞬間、銃弾が飛び、ブノワは、とっさに俺を庇っていた。
それは、いつものギクシャクした動きではなく、完全に意志をもった振る舞いだった。
頭に銃弾を受けながら、ブノワは最後の力を絞って喋っていた。
「ナカマ、ガ、イル。イケ、フランケンシュタイン…(Go, Franekenstein...)」
怪物は訳が分からなかった。何故、フランケンシュタインの名を知っているのか。いったい仲間とは誰なのか?
しかし、ブノワは既に答えられる状態になかった。ブノワの頭は割れ、中から見た事もない金属製の円盤がちらりと見えていた。そこから、一匹の蛾が飛び出し、空へと羽ばたいていった。
かつてブードゥー教の始祖マカンダルが、死の間際に蚊になって飛び去った伝説の様に、ブノワの魂も新たな世界に飛び立っていたのだろうか。
小屋の扉を蹴り飛ばす音がして、怪物は、とっさに物置に隠れた。
入ってきたのは仲間のはずなのに、ブノワを殺した奴らだった。
「本当なのか? ブノワの偽物が、白人達を率いて反乱を起こそうとしたというのは?」
中に入った一人が尋ねた。
別の一人が、ブノワの頭から、円盤状の金属を取り出して周囲の人々に見せた。
「本物のブノワは、ブードゥーの秘術で蘇ったんだ。こんな金属が頭に入っている訳がない!」
三人目は、その意見に同調した。
「そうだ。こいつは、ブノワではない! 狡猾な白人共が作った偽物だ! 俺たちを騙そうとしてたんだ!」
真実は異なるのに、かつての仲間たちは、その結論に納得してしまった。そして、ブノワの遺体を引きずって、白人の死体と一緒に山積みにして燃やした。かつての英雄は、俺以外の誰からも弔われなかった。
この陰謀には、デサリーヌ、ペション、クリストフが糸を引いている事を、後で掴んだ。俺は、奴らに復讐したいと思った。
だが、ブノワが死んでもなお望んでいたのは、ハイチの独立だった。俺が彼らに復讐を行えば、ただ混乱が増すだけで、せっかくの独立も危うくなるだろう。それは、ブノワの望みを潰す事と同じだ。
逃げ延びる事が出来なかった人々の処刑が行われる中、俺は復讐を諦め、フランス行きの貨物船に忍び込み、ハイチを去った。