22. Rescuer of the Frankenstein's (is) Monster
22. Rescuer of the Frankenstein's (is) Monster
(フランケンシュタインの救済者は怪物)
Go. You live!
行け。お前は生きろ!
James Whale ”Bride of Frankenstein” Monster's words
ジェームズ・ホエール『フランケンシュタインの花嫁』 怪物の台詞
左腕を失う痛みに気絶したゲンファータだったが、しばらくして、ベッドから飛び起きた。
俺の目に最初に飛び込んだのは、俺を殺そうとする怪物……
ではなく、やつれて虚ろな目をした兄さんだった。
俺は「兄さん」と呼ぼうとしたが、口から漏れたのは言葉ではなく、かすれた醜い雑音だけだった。叫び過ぎて声が枯れてしまったのだろうか。
せめて、触れようと手を伸ばしたが、兄さんは怯えた目をして逃げた。
暗い部屋の中でひとり取り残された俺は、何も身体に纏っていない事に気付き、兄さんの羽織っていた外套を身につけた。
しばらくしても、兄さんは戻っては来そうになく、俺は部屋から外に出た。
部屋の外でも、俺は人々に拒絶されて、人気のない森の中に逃げ込み、疲れて眠ってしまった。
寒さの余り、俺が目覚めたとき、世界は真っ暗だった。孤独な俺の恐怖心を癒してくれたのは、優しく照らしてくれる月だった。
だが、月明かりに照らされた水溜りをに映る自らの顔を見て気づいた。
俺は人間ではなく、怪物なのだと…。
俺は怪物に、左腕をもがれただけでなく、怪物にされてしまったのだろうか?
そんな疑問を抱きながら、俺は方々を歩き回り、郊外のある小屋に忍び込んだ。
そこは、亡くなったはずのド・ラセー老人達が住む家だった。
俺は小屋に隠れ住みながら、サフィーと共に、そこで言葉を覚えた。
そして、ある日、ド・ラセー老人と腹を割って話し合い、家族として受け入れてもらおうと行動を起こした。
けれど、あのフェリックスが俺の事を追い出した。「怪物」と罵りながら。
絶望した俺は、無人となったド・ラセー家に火をつけていた。
俺を認めてくれるのは、兄さんだけなのだろうか…。俺は、兄さんのいる故郷ジュネーヴへと向かった。
ジュネーヴに向かう途中、俺は川で溺れかけている幼い少女を助けた。
それは幼い頃の俺の妻マリアだった。
俺が幼いマリアの姿を見つめていると、屈強な男が影から現れ、マリアを抱き上げるとお礼も言わずそそくさと去ってしまった。
もしかして、あれは、マリアの父だろうか。
俺が何となく二人を追いかけると、いきなり肩に痛みが走った。
マリアの父が、俺を銃撃したのだった。
マリアを救った俺にお礼すら言わず、代わりに銃弾をくれるのか!
俺は、痛みに悶えながら、怒り狂っていた。
ようやくたどり着いたジュネーヴの町はずれで、俺は弟のウィリアムに出会った。
嬉しさのあまり、俺はいつもの様にウィリアムに語り掛けていた。
「一緒に遊ぼう?」
だが、ウィリアムは俺を見て、「怪物だ!」と罵り続けるだけだった。
兄さんの名前を出した時、俺の嫉妬は頂点に達した。
嫉妬に駆られた俺は、ウィリアムを絞め殺していた。
何度も救えなかった事を悔いたウィリアムを…
…俺は、…俺はこの手で殺してしまった!
悲嘆にくれて、ウィリアムの亡骸を見つめていると、俺はロケットを見つけた。中には、俺たちの母さんの美しい肖像画が飾られていた。
俺はロケットを持って彷徨い歩いた果てに、眠りについたジュスティーヌを見つけた。ジュスティーヌを起こそうと思ったが、俺は、彼女にも否定されるのだと怖くなった。
そして、眠っているジュスティーヌに俺はロケットをつけ、ウィリアム殺しの罪を擦り付けた。
ジュスティーヌはウィリアム殺しの冤罪で処刑された。
しばらくして、俺は、シャモニー・モンブランの氷に覆われた小屋で、初めて兄さんと再会し、自らの過去を語り、伴侶を求めた。
兄さんは、俺を憐れんで、伴侶を造ってくれると約束した。俺は兄さんが伴侶を造るのを待ち続けた。
だが、兄さんは、直前になって約束を破った。
兄さんは花嫁を殺し、俺を「怪物」と罵った。
その瞬間から、俺は憎しみと絶望に駆られた怪物になった。兄さんの親友クラ―ヴァルを殺し、兄さんの花嫁となったエリザベス義姉さんも手にかけた。
誰も認めてくれないから、俺はそうする事しかできなかった。
ある満月の夜、俺は、フランケンシュタイン家の墓の前で、兄さんと再会した。
そして、兄さんはようやく俺の事を見てくれた。俺を地獄の底までも追いかけて殺すと誓って。
それから、俺と兄さんは大陸から北極に至るまで、長い長い追いかけっこを続けた。
子供の頃、少しだけ我儘を言った事があった。生まれたばかりの弟ウィリアムに家族みんなの関心が行き、俺は少し寂しくなったのだった。その時と同じ気持ちだった。
でも、ついに北極で、兄さんは病に倒れて、ウォルトンさんの看護も虚しく命を燃やし尽くした。
最後の瞬間まで、俺への憎悪の炎だけは消すことなく。
兄さんの亡骸の前で俺は悲嘆に暮れていた。
「どうして、俺を見てくれないんだ…兄さん…。俺は兄さんに認められるだけで、名前を呼んでもらえるだけでよかったんだ…」
そして、俺は北極の果てへと消えた。
ひとり、ひとり、たったひとりで。
これは俺の、怪物の記憶。
俺は怪物…。俺は怪物…?
違う! これは俺の記憶じゃない!
アイツの、怪物の記憶だ。
俺は、怪物じゃない。俺は、アーネスト・フランケンシュタインだ!
今まで怪物について聞いてきた話を勝手に夢の中で再構成しただけだ。
そう…ただ、それだけ。ただの悪夢だ。
俺は荒唐無稽の悪夢だと自分に言い聞かせた。
だが、心の奥の苦しみは晴れる事はなかった。
怪物は、アイツはこんな苦しみを一人で背負っていたのか…
アイツは、姿こそ生まれた時から怪物だったが、心までは怪物じゃなかったのか?
だが、兄さんに否定され、人々の悪意に晒され続け、心は壊れ、本当の怪物になったのか。
俺も、一歩間違えば…怪物になってしまったのかもしれない。
少なくともアイツが苦しんでいた事は、もはや疑いようが無かった。
…だが、たとえ過去に憐憫の余地があったとしても、アイツは俺の家族を殺した!
俺はアイツを殺さなくてはいけない。それ以外にこの悪夢から逃れることはできない。
決意を新たに固め、俺は悪夢から目覚めた。俺の目に映ったのは、辺り一面の雪と怪物の後頭部だった。
***
怪物は、麻酔の影響で意識が戻らないアーネストを背負い、メートル・グラス氷河を歩いていた。
小屋では応急処置は出来ても、彼の長期的な回復は見込めないからだ。
突然、俺は大きな揺れを感じてバランスを崩し、仰向けに倒れてしまった。
背負っていたアーネストの感触を背中には感じなかった。俺の下敷きにならない様に、無意識のうちに背後に彼を投げ出したのだろうか。
俺はすぐに立ち上がろうとしたが、足は動かず、鈍い痛みが走った。足元を見ると、俺の両足に鋭い氷柱が杭の様に深々と刺さっていた。
転んだ拍子に刺さってしまったのだろう。仕方なく、俺は背後に首を回したが、アーネストの姿はなかった。その時、左手に痛みが走った。今度は氷柱が手の平に刺さっていた。何かおかしいと思った俺の目に、右手に向かう黒い影が映った。
その直後、俺は右手の痛みを感じ、黒い影の高笑いを聞いた。
俺の頭上には、高笑いを浮かべているアーネストがいた。
「怪物! これでもう動けないな! 気絶した俺をどうやって殺すつもりだったんだ?」
俺は痛みをこらえながらも率直に答えた。
「…君を殺すつもりはない。ジュネーヴまで君を返すつもりだった…」
しかし、アーネストは聞く耳を持たず、右手に刺さった氷柱を足でグリグリと押し込んだ。
それでも、同じことを語り続ける俺にアーネストは怒りを露わにした。
「嘘を付くな! あのお人よしのファラデーは騙せたみたいだが、俺は騙されないぞ!」
アーネストは俺の脇腹を憎しみを込めて、蹴り上げた。脇腹の傷口が開き、俺は痛みにうめいた。
「…もういい。すべて終わりにしよう。お前はここで死ぬんだ!」
アーネストは隠し持っていた拳銃を構えて、俺の頭に照準を合わせた。
俺は銃を向けるアーネストの背後の山肌が動いている事に気がついた。
山の頂上付近で雪崩が起きて、こちらに迫っているのだ!
「後ろを見ろ! 雪崩が迫ってきている!」
俺はとっさに叫んでいた。
「今更、そんな小細工が通じると思っているのか?」
アーネストは銃口を俺に向けたまま、冷ややかな目をしていた。当然の事だが、俺の言葉を全く信じていないかった。
「本当だ! このままじゃお前も死ぬぞ!」
大量の雪が滑り落ちる音が大きく轟いたが、アーネストは片時も俺から目を離さなかった。
「そこまでして生きていたいか! …本当に雪崩が来て、俺達を飲み込んでも俺は構わない。俺はお前を殺すためだけに生き続けて来たんだからな!」
その目は、俺を北極まで追いかけたヴィクターの目にそっくりだった。俺への復讐だけで、動き続ける生きる屍の目だ。
雪崩が迫る中、俺は手足を氷柱で固定されて動けなかった。アーネストも微動だにしなかった。
このまま、二人とも雪崩に巻き込まれるしかないのか…
「アーネスト!!」
俺が諦めかけた時、遠くから女性の声が聞こえ、俺とアーネストは振り返っていた。そこにいたのは綺麗な女性だった。俺の言葉では少しも動揺しなかったアーネストが初めて驚いて大声を上げていた。
「マリア?! ここは危ない! 戻るんだ!(Get back!)」
マリアは戻るどころか、アーネストに向かって走り始めていた。
「あなたが来るまで、戻らないわ!(I won't unless you come)」
堕落する前のアダムとイブの様に互いを心配する美しい光景を目の当たりにして、俺は決意した。
俺は悪魔の様な笑みを浮かべながらアーネストにこういった。
「どうした? 早く俺に止めを刺さないのか? お前が俺を殺さないなら、俺がお前の綺麗な妻をエリザベスみたいに殺しちまうぞ!」
俺の言葉にアーネストは今までとは比べものにならない憎悪の目を向けた。怪物を殺す英雄の目を。
「Go away! You dead! (消え失せろ! お前は死ね!)」
アーネストは叫び、右手に掲げた銃の引き金を引いた。
…それでいい。
俺は所詮、怪物だ。
英雄の前に倒される存在だ。
だから、英雄で勝利者(Victor)であるお前は… フランケンシュタインの最後の生き残りのお前は…
「Go! You live!(行け! お前は生きろ!)」
俺はちぎれそうになるのも構わず、氷柱から強引に右手を引き抜き、アーネストを掴みあげて、花嫁の元へ全力で放り投げた。
怪物に投げられたアーネストは、空中で怪物の姿を見た。
手足を十字に打ち付けられ、額からは血の涙をしながらも、怪物は微笑んでいた。
その5つの傷を持つ姿は、人々の為に自ら犠牲となった1800年程前の救済者に似ていた。
アーネストが花嫁の元まで無事に避難した時には、雪崩が怪物のすぐ近くまで来ていた。俺は、今は亡き親友エーイーリーに呼びかけた。
「You stay. We belong dead. (君はここにいてくれ。俺達は”死”が相応しい)」
そういえば、あのマリアという女性は、昔溺れていた所を救った少女に似ている気がした。だが、きっと別人だろう…。
もう少し生きていたかった。もう一度ファラデーに会いたかった。ファラデー、俺はまた君に嘘をついてしまったな…。
だが、後悔はない。友達も出来たし、俺は、フランケンシュタインの最後の生き残りを救う事ができた。こんな俺でも誰かの役に立てたのだから。
だから、この生者達の世界に…
「Farewell…」
そして、怪物は真っ白な雪に飲み込まれた。
怪物を巻き込んだ雪崩は収まった後、アーネストは必死で怪物を探したが一向に見つからなかった。
「…どうしてお前は、俺を助けてくれたんだ? お前を何度も殺そうとした俺を…」
最後に見た微笑んだ怪物の姿が、俺の瞼から離れなかった。
俺は怪物探しを諦めて、呆然と雪の上に座り込んだ。
しばらくして、俺の肩にマリアがそっと手をかけた。俺はマリアの存在をようやく思い出した。
「マリア、どうして君がここにいるんだ?」
「ウォルトンさんから全ての真実を聞いて、あなたを追いかけてきたのよ。ウォルトンさんも一緒だったけれど、何故か嫌な予感がして、先に走って来たわ」
俺は安堵すると、再び雪崩の起きた方を見つめた。マリアもそちらを見て、問いかけた。
「あれが、あなたの言う怪物だったのね。やっぱり、私が見た優しい怪物さんだったわ… ええ、最後の最後まで優しかった…」
その言葉を聞き、アーネストは、否、
Frankenstein was realized.
フランケンシュタインは悟った。
アイツは君だけでなく、何度も殺そうとした俺さえも救ってくれた。俺達、家族の、いやフランケンシュタインの…
Rescuer of the Frankenstein's (is) Monster.
フランケンシュタインの救済者は怪物だ。
俺の復讐は終わった…。
復讐の代償に俺は怪物に左腕を奪われた。だが、怪物に悪意はない事に俺は気がついた。壊死した左腕があったら、俺は確実に死んでいたのだから。それに俺は左腕と共に、悪の心自体も怪物に奪われた気がした。
アーネストとマリア、フランケンシュタインとその花嫁は、故郷ジュネーヴへの帰路へと発った。
去り際にマリアは、雪の底に眠る怪物に向かって語りかけた。
「優しい怪物さん、ありがとう。あなたに会ってお礼がしたかった…。アーネストを助けてくれて…そして、溺れた幼い私を二度も救ってくれて…ありがとう」
聖母マリアは、一輪のエーデルワイスを「大切な思い出」と共に雪の上に供えた。
マリアの一粒の涙が、エーデルワイスを濡らした瞬間、その言葉を怪物が聞いたかの様に、花が頷くように揺れていた。