21. Realize; Do Monster Dream of Monochrome Bride?
21. Realize; Do Monster Dream of Monochrome Bride?
(実現/悟り; 怪物は白黒花嫁の夢を見るか?)
She hate me. like other.
アイツ オレノコト キライ。ミンナト オナジ。
James Whale ”Bride of Frankenstein” Monster's words
ジェームズ・ホエール『フランケンシュタインの花嫁』 怪物の台詞
アーネスト・ゲンファータは、怪物を追って、シャモニー・モンブランのメールド・グラス氷河の中を放浪していた。
独り、独り、たった独りで。(Alone, alone, all, all alone)
復讐に身を捧げたその姿は、怪物を北極まで追いかけた兄ヴィクターに似ていた。
そして、ついに俺は小屋を見つけ、その中で俯いている怪物を見つけた。
怪物が俺に背を向けて気づいていない今が、絶好の機会だった。
ハイド・パークで怪物と対峙した時に、語るべきことは全て語りつくした。今は、ただ怪物を殺すだけだ。
正攻法では勝てない事は既に分かっていた。もはや怪物を殺せるのならどんな卑怯な方法でも構わなかった。騎士道が必要なのは人間同士の戦いだけだ。
俺は、怪物の後頭部頭に銃の照準を定め、ためらいなく引き金を引いた。
発砲音と共に怪物がうつぶせに倒れた。
ようやく…ようやく俺は怪物を倒した!
怪物は死んだ! それは死んだ!
「それは死んだ!(It is dead!) それは死んだ!(It's dead!) 」
俺は、復讐を遂げた満足感で高笑いをあげていたが、すぐに意識を失って倒れた。
***
数時間前、怪物はメール・ド・グラスの小屋にいた。そこはかつて、ヴィクターと初めて会話を交わした場所だった。そして、俺が一度死を決意した北極の果てにも似ていた。
水と氷に囲まれた、生命のない死の風景。
そこで、俺はファラデーに伴侶を創ってもらうかを考え続けながら、いつの間にかモノクロの夢を見ていた。
俺が目覚めたのは、焼け爛れた木材が周りに散乱した水溜りの中だった。これは、ラダイト達に裏切られたあの時の記憶だろうか。
水溜りの中から這い出た後、訳も分からず、俺は森の中をさまよい続けていると、美しい音楽が俺の耳に届いた。俺はその音色に導かれ、町から離れた小屋の前に辿り着いた。小屋の中から俺を出迎えたのは、ド・ラセーに似た盲目の老人だった。
「お前さんは誰かのう?(Who are you?)」
それは、現実の俺がド・ラセーに縋り付いた時も聞かれた質問だった。名前のない俺には答えられない質問。けれど、今の俺は本当に言葉自体が出てこなかった。
それでも、老人は俺が喋れないと考えて、俺を小屋に招いてくれた。
盲目の老人に俺は受け容れられた。彼が奏でる音楽は、今まで聞いた事がなく、十年程先で聞きそうな気がするほど、美しかった。
そらから、俺はしばらく老人と平穏な日々を過ごしていた。何故か喋れなかった俺は、老人から言葉を教わった。友達(Friend)という言葉は、特に大切な言葉だった。
それは、俺が何度も夢見た光景で、夢だと分かっていても、このまま夢から目覚めたくはないと思ってしまった。
だが、現実と同じく、ある日旅人が訪れて、俺の正体を明かし、俺はまた追い出されてしまった。
悲嘆にくれた俺は、墓場でプレトリウス博士に出会った。この博士は何故か知らないが、エーイーリーを造ったディッペルに似ている気がした。プレトリウスは俺の伴侶の創造を手伝ってくれると言ってくれた。
俺には、プレトリウスが真なる友ではなく追従者に過ぎないと分っていた。だが、夢の中の俺は、プルタルコスの『モラリア』を読んでないどころか、文字さえきちんと読めないほど、無知で純真だった。
俺はプレトリウスの助けを借りて、ヴィクターを脅して、伴侶の創造に取り掛からせた。
そして、ついに伴侶が創造された。
フランケンシュタインの花嫁が実現した。
The bride of Frankenstein was realized.
夢だと分かっていても、余りにも現実味があった。
俺は美しい伴侶の手を取り、最大限の愛をこめて、「友達(Friend)」と優しく呼びかけた。
だが、花嫁の答えは言葉にならない絶叫だった。それは、ヴィクターや他の人々が放ったどんな罵倒よりも、俺の心を抉った。
心の痛みに耐えかねて俺は叫んでいた。
「She hate me like other. (アイツ オレノコト キライ。ミンナト オナジ)」
絶望した俺は追従者のプレトリウスを道連れにして、拒絶された伴侶と共に、フランケンシュタインの城の爆破レバーに手をかけた。
死から生まれた俺を、伴侶でさえも認めてくれないから。
俺たちには死がふさわしい(We belong dead)から。
爆発の瞬間、俺の創造主フランケンシュタインとその伴侶が逃げ延びた事に、俺は少しだけ満足していた。
爆風で消えゆく意識の中、俺は涸れたはずの涙を流して、沈んだ気持ちでいた。
…そうだよな。当然だよな。
俺だって、綺麗な伴侶と醜い伴侶のどちらかを選べって言われたら、醜い方を選びはしない。
俺と同じ醜い伴侶も、醜い俺なんかよりも綺麗な男の方がいいに決まっている!
その真実に気付いた時、俺は怒りも憎しみも悲しみも通り越して、ただ自らの惨めさを笑う事しかできなかった。
俺は自分の乾いた笑い声でベッドから飛び起きた。
暗い思いで笑い声がこぼれたのは久し振りだった。天使ファラデーの優しさに触れて、改心してからここ一年ほどは一度もなかったのに。
「フハハハハハ…俺を愛してくれる都合の良い伴侶なんか幻想にすぎなかった! ヴィクターが伴侶を造ったとしても、伴侶は俺を拒絶する。どうせ俺は幸せになれなかった! 俺は…こんなくだらない幻想の為に、罪のない人々を殺し苦しめたのか! 俺は…どうせ…どうあがいたって…俺は一人だ…」
Alone, alone, all, all alone,
独り、独り、ただ独り
Alone on a wide wide world!
ただ独り。 広い、広い、この世界に!
全身の力が抜けた俺は、床に倒れ込んでいた。絶望に打ちのめされた俺の背後から、誰かの高笑いと叫び声が聞こえた。
「それは死んだ!(It is dead!) それは死んだ!(It's dead!) 」
俺が立ち上がり、正面の壁を見ると、銃弾が刺さっていた。誰かが銃弾を撃ち込んできたようだ。銃弾の放たれた方向を眺めると、小屋の入口近くで誰かが倒れていた。
それは、気絶したアーネスト・ゲンファータ、いや、ヴィクター・フランケンシュタインの弟アーネスト・フランケンシュタインだった。
俺を殺しにここまで追って来たのだろうが、意識を失い生命は今にも燃え尽きそうだった。
俺は小屋に倒れている彼を運び込んだ。そして、暖炉に火をつけようと思ったが、マッチと薪はあるものの、薪に火がつくまで燃焼を助けるのに適したものが無かった。
俺は何か燃やせる物はないかと、外套のポケットをひっくり返し、燃やすのに適した二つの本を見つけた。ファラデーから誕生日祝いに貰った『天文対話』と、俺の創造過程が書かれたヴィクターの日記だ。俺はヴィクターの日記を手に取り、考え始めた。
俺は何故、今までヴィクターの日記を処分しなかったのだろう?
全ての自然哲学者を殺し、俺の子供達が生まれない様にと願ったのに。この日記がある限り、第二、第三のヴィクターが現れるというのに。
深く考えなかったが、今その理由が分った。俺は心の片隅で、この日記を元に誰かが伴侶を創ってくれる事を望んでいたのだ。クレンペが伴侶を創る提案をした時は、代償が大きく、クレンペへの憎悪もあり否定した。
しかしファラデーの申し出は予想外だった。昔の俺なら、伴侶を創ってくれと即答しただろう。だが、俺は決断できず、今も悩んでいる。何故なのだろう?
ブノワ、エーイーリー、サムとウィル、ネッド、そしてファラデーといった友達に出会ってから、伴侶の存在がそんなに重要ではなくなっていたのかもしれない。
そして、俺はさっき見た夢で気付いた。伴侶がいてもいなくても俺は救われない事に。伴侶にとっての俺は、俺にとってのヴィクターの様に思えた。何故、自らと同じ劣った者をあえて創ろうとするのだ? その苦しみは俺自身が一番分かっているだろう?
俺はヴィクターみたいに伴侶を支配したいのか?
俺は改心しても、しょせんは悪魔なのか?
The monster realized.
怪物は悟った。
俺が本当に欲しかったのは、伴侶ではなく、友達だった。
例え、俺がこの世界にたった一人しかいないヴィクターに創られた存在だとしても、友達を作る事は出来る。
真の友達にとって、容姿も地位も名誉も関係ない。友達がいれば、俺は…
俺は伴侶などいなくても構わない。俺はヴィクターとは違う!
俺は服従する伴侶など求めない! 俺は、たとえどんなに裏切られたとしても、対等な友達を求める!
決意した俺は、『天文対話』を大切に外套にしまい直すと、ヴィクターの日記を細かく破り、マッチで火をつけた。
俺を創造した悪魔の書が燃え尽きた。
しばらくすると薪も燃え始め、小屋の中が暖かくなり、アーネストの身体も温まってきたようだった。俺は改めて、アーネストの様子を観察した。そこら中、傷だらけだったが、命に関わりそうな箇所はなかった。ただ一つ、左腕を除いて。
アーネストの左腕は凍傷になっているだけでなく、昔の傷が開いて壊死していた。まるで、ミイラの腕の様だった。このまま放っておけば、壊血病で彼は死ぬだろう。それを防ぐには、左腕を切除するしかなかった。
だが、ここにはまともな治療道具ない。いや、左腕の切除自体は俺の怪力でもぎ取る事が出来るだろう。しかし、痛みを和らげる薬が必要だった。例えば、デービーが良く吸っている笑気ガスの様な麻酔効果のあるものが…。
そういえば、阿片には、デービーがよく吸ってた笑気ガスと同じ様に痛みを抑える麻酔の効果があり、手術に使われるとファラデーは言っていた。
俺は外套の奥底をひっかきまわして、包みを広げた。それは、あの日、老水夫と名乗った男が落とした阿片だった。
俺は何故、阿片を持ち続けていたのだろう。興味もなく使った事などないのに。俺は心の片隅で苦しみのない幸福の中で死にたいと願っていたのだろうか?
だが、今こそ、これを使うべき時だった。
ちょうどその時、アーネストが意識を取り戻した。アーネストは、ふらつきながらも俺を睨みつけてベッドから立ち上がろうとした。
「君に危害を加えるつもりはない。Sit down..please! (座って…くれ!)」
俺は説得を試みたが、アーネストは聞く耳を持たず暴れまわった。
仕方なく俺は、アーネストが暴れない様に強引にベッドに縛り付け、阿片を無理矢理吸わせた。
麻酔が効いて、暴れなくなっても、俺を睨む目つきだけは変わらず、憎しみがこもっていた。
恨まれても構わない。俺は、フランケンシュタイン家に不幸をまき散らした償いの為にも、彼を死なせるわけにはいかない。
俺は、アーネストの目を真っ直ぐ見つめ、その左腕を怪力でもぎ取った。辺り一面氷だらけの世界に、ゲンファータの叫び声が響き渡った。