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Re^2 (Rescuer); of the Frankenstein's Monster  作者: 刹多楡希
第2部 Regain × Resolution(回復×決心)
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19. Reaction; The Law of Conservation of Mass of Good and Bad

19. Reaction; The Law of Conservation of Mass of Good and Bad

(反応; 善と悪との質量保存則)


Rien ne se perd, rien ne se cree, tout se transforme.

(化学反応の前後で) 何も失われず、何も生じず、全てが変化する。

Antoine Lavoisier ”Traité Élémentaire de Chimie”Description of the Law of Conservation of Mass

アントワーヌ・ラボアジェ 『化学原論』 質量保存則についての説明



 1814年3月27日 フィレンツェ


 デービーやファラデーと共に、目を輝かせた人々が、博物館の一角にある実験装置を取り囲んでいた。

 太陽の光は、3,40cm程の大きなレンズと 8cm程の凸レンズを通った後、酸素を詰めたガラス球に入ったダイヤモンドに当たっていた。

 怪物もその光景を人気のない場所から固唾を飲んで見つめていた。


 デービーは、トスカナ大公から借りた巨大なレンズでダイヤモンドを太陽光で燃やし、純粋な炭素からなる事を証明する実験を計画し、ファラデーも手伝っていたのだった。


 ファラデー等が見守る中、太陽光線が当たってしばらく経つと、集められた太陽光の熱で、ダイヤモンドが燃焼し始めた。

 ファラデーと共に、俺は硬いダイヤモンドが燃え尽きていく様を見つめていた。


 ダイヤモンドの炭素(C)は酸素(O2)と結合し、二酸化炭素(CO2)へと変わる。

 俺の目には、硬いダイヤモンドが燃えてなくなった様に見える。

 だが、実際にはダイヤモンドを構成している原子の繋がり方が変わっただけで、無くなった訳では無い。

 つまり、化学反応の前後で質量は変わらない。

 ラボアジェが提唱した質量保存の法則だ。


 アントワーヌ・ラボアジェ。

 俺が初めてその名を聞いたのは、自然哲学を憎んでいた時、ギロチンで処刑された自然哲学者の名前としてだった。

 俺は、会った事もないのに噂だけで、彼を悪魔の様に思っていた。ラボアジェの未亡人マリー・アンヌとの会話が思い出される。ラボアジェは彼女の言うように完璧で素晴らしい人間だったのか?

 自然哲学上の業績はすばらしい事は認める。昔のように悪魔だったとも思えない。だが、徴税請負人という職業につき、貧乏な人々を尻目に大金を使って研究していたのも事実だ。貧乏なファラデーが努力して自然哲学を学んでいる姿と比べると劣って見えた。


 この実験が証明しているのは物質の質量保存則だ。世界の全ては原子から構成されているという原子論が正しいなら、この世界の全ては形が変わっても、その総和は変わらない。

 人が生から死へと変化したとしても、質量の総和は同じかもしれない。そして、死者から創られた俺と生きた人間も同じなのだろうか? 

 そもそも、善人と悪人、いや善悪さえも、一定で総和は変わらないのだろうか。

 質量保存則は、本当は、生死の保存則や善悪保存則じゃないのだろうか?

 生と死も、善も悪も、俺たちが何かした所で、何も変わらないのではないのだろうか?

 俺が生きていても死んでいても、悪魔から善人に改心したとしても無意味ではないのだろうか?


 そう思うと、俺は質量保存則、いや善悪保存則が怖くなった。

 俺は、さっきまで共に喜んでいた人々の熱狂が怖くなって、法則から逃げるようにその場を立ち去った。

 そして、人気のない道をあてどもなく走り回りながら、俺は自問自答し続けていた。



 ラボアジェは善か悪か?

 徴税請負人は善か悪か?

 フランス革命は善か悪か?

 フランクリンは善か悪か?

 避雷針は善か悪か?

 地動説は善か悪か?

 ガリレオは善か悪か?

 ニュートンは善か悪か?

 ナポレオンは善か悪か?

 産業革命は善か悪か?

 自然哲学は善か悪か?

 王立研究所は善か悪か?

 ヴィクターは善か悪か?

 俺の存在は善か悪か?


 そして…

 伴侶を創るのは善か悪か?

 

 何が善で、何が悪か分からなくなった。

 俺は深い闇の中に引きずり込まれていた。


 分からない…分からない…分からない。

 …怖かった。決めつけてしまう事が…。

 …俺は間違っているんじゃないのかと…また、この手を汚すのではないのかと…

 …何もしたくない。…何も考えたくない。


 深い闇の中で、善も悪も、俺自身の生死すらも分からず、俺はただもがき続けた。

 足掻いても、足掻いても闇は深まるばかりで、もう諦めようと思った時、暖かな声が俺の心に響き渡った。


「こんな所にいたんだ…。いきなりいなくなって、しばらく経っても戻ってこないから探し回ったよ…何している」

 すがる思いで、聞き慣れた声の方を振り返ると、ランプを掲げた天使マイケル・ファラデーが俺を心配そうに見つめていた。

 それは暗闇に差し込んだ一筋の光だった。


自然哲学や俺の存在を始め、何が善で何が悪なのか、分からない事だらけだ。

だが、俺は…信じたい。

保存則すら打ち破り、生が死を覆い隠す事を、善が悪を包みこむ事を。

いやただ単に、目の前にいる光輝く天使を…友達…ファラデーを信じたい。

俺は救済者ファラデーにただすがりたいだけかもしれない。それでも、未来を見たい。

 一本のロウソクが見せたあのヴィジョン。それが実現される所を、俺はこの目で見たい。ファラデーの紡ぐ未来を見てみたい。


黙って自分を見つめる俺を心配したのかファラデーは続けて言葉をかけた。

「…一緒に帰ろう」

 未来を見たいから、たとえ苦しくても迷い続けても、俺はもう歩みを止める事はしない。

 俺はその言葉に頷き、ファラデーに導かれて再び歩み始めた。




 ***


1814年3月31日 フランス・パリ


 パリは、ロシア、オーストリア、プロイセン等からなる連合軍の侵攻で陥落した。それはナポレオンのフランス帝国の終焉だった。

 その光景をゲンファータは何の感慨もなく、見つめていた。

 かつてヨーロッパ全土を支配するほど勢いだったナポレオンだが、ロシア遠征の失敗以降、形勢の不利を悟り、ラプラスなど多くの者が寝返りついにパリも陥落したのだった。

 かつて俺はナポレオンの帝国に自らの自然哲学の帝国の理想を重ね合わせ、スイス傭兵として戦っていた。

だが、ベレジナの戦いで敗北して以来、ナポレオンが敗北しようが、俺にはもうどうでも良い事だった。

 俺はただ復讐を行うだけの怪物に過ぎないのだから。


 ロンドンを出てから、俺はパリへと急いだが、フランスは混乱の最中にあったため、パリへの到着は遅れに遅れてしまった。

 ようやく、パリに着いた俺は、怪物とファラデー達が既にこの地を発った事を知った。彼らは去年の12月末にパリを出て、モンペリエに向かっていた。


 それを聞いた俺は早速、モンペリエに向かい始めた。その途中に立ち寄ったリヨンで、俺はマリアとウィリアムがかなり疲労している事にようやく気付いた。

 俺は復讐の念に駆られたせいで、家族の事すらまともに配慮できなくなっていたのだった。

 このまま、二人を連れて行くのは危険だろう。それに、もはや怪物に俺の正体を明かした以上、怪物が俺の家族に危害を加えるかもしれない。どこかに残すにしても、安全な場所である必要がある。

 俺は一旦、怪物の追跡を中断して、妻子を安全な故郷ジュネーヴへ避難させる事を決めた。


 久しぶりに戻った故郷ジュネーヴは浮かれていた。

ナポレオンの、フランス帝国の支配から解放されたからだった。

 俺はお祭り騒ぎの人々を避けて、怪物の事を知っているロバート・ウォルトンには事情を打ち明け、マリアとウィリアムの保護を任せた。

 そして再び怪物を追ってモンペリエへと急いだ。

 ここからは、俺一人の復讐行だ。



  ***


 1814年3月末、16歳のメアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィンは、久しぶりにロンドンの自宅に戻っていた。

 そこで、出会ったのは21歳のパーシー・ビッシュ・シェリーだった。

まだ若いのに、父ウィリアム・ゴドウィンと政治や詩について活き活きと話す彼は、現代のプロメテウスの様に輝いていた。


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