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Re^2 (Rescuer); of the Frankenstein's Monster  作者: 刹多楡希
第2部 Regain × Resolution(回復×決心)
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18. Rewrite of Reality by Imagination cross Passion

18. Rewrite of Reality by Imagination cross Passion

(想像と情熱の交錯による現実の書き換え)


Die Leidenschaften sind Mängel oder Tugenden, nur gesteigerte.

情熱とは、悪徳か美徳かのどちらかで、どちらにしても度を超えているだけだ。


Johann Wolfgang von Goethe

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ



 パリ滞在中の11月23日、自然哲学者仲間のアンペール達がデービーの元に、不思議な物質を持ってきた。ある種の海草灰から作られた茶色い結晶で、熱すると紫色の蒸気を発するのだった。それからデービーはその物質の正体を探るために連日実験を続け、ファラデーもそれを手伝った。


 そんな日々が続いた12月8日、ファラデーはデービーと共に、エコール・ポリテクニークのゲイ・リュサックの講義を聴く事になった。俺もファラデーの知り合いという事で端の方で聞く事を許された。

 まさか、昔俺が破壊を目論んだエコール・ポリテクニークの講義に参加する日が来るとは夢にも思わなかった。

 俺としては、ファラデーの教え方の方が好きだったが、彼の講義は色々と興味深かった。

 ファラデーはフランス語が分らなかったため、実験などから講義の内容を推測していた。逆に俺はフランス語は良く分かったが、自然哲学の実験の意味がほとんど分らなかった。だから、後で互いに分らない部分を聞き合って、理解を深めた。

 俺は今まで、ファラデーに教えもらうばかりだったので、俺がファラデーに何かを教える事が出来るのは嬉しかった。互いに助け合うのが真の友達だから。



 連日の実験の末、デービーは不思議な茶色い結晶から、ヨウ素の単離に成功し、12月11日にフランス科学アカデミーに報告した。しかし、この前講演を聴いたゲイ・リュサックとどちらが先に要素を発見したか揉めてしまい、パリの自然哲学者達はデービーに冷たく当たるようになってしまった。

 俺は自然哲学者達の厳しい側面を垣間見た気がした。


 それから一週間ほど経った12月18日、俺はファラデーと共にチュイルリー公園で場所を取っていた。

 今日は、皇帝ナポレオンの行列が通るというので、せっかくなので近くで見ようという事になったのだった。


 ナポレオン・ボナパルト。かつて俺の敵だった存在。

しかし、この目で実際に見たその姿は弱々しかった。まるで、俺を追いかけていた時のヴィクターみたいに疲れや焦燥が見えた。

 10年ほど前は、ヨーロッパ全土を支配するかという勢いがあったが、今はロシアやオーストリアを始め各地で抵抗が相次ぎ、フランス本土の防衛で手一杯な状況だったのもあるだろう。


 だが、ナポレオンは、エジプトを侵略しようとし、トゥサンを騙して捕らえてハイチに軍勢を送り込んだし、俺とゲーテの会話も邪魔した。


それらを思い出すと、この場でナポレオンを痛めつけようという怒りが俺の中に沸き起こった。そんな感情を抱いた時、ふと、俺は隣のファラデーを見た。

 ファラデーは軍人に興味はないらしく、ナポレオンを見ても反応は薄かった。

 ファラデーにとっては、格好良い英雄なんかよりも、自然哲学の素朴な疑問の方が大切だった。そんな地位や名誉を気にしないファラデーだからこそ、こんな俺を友達として扱って、改心させてくれたのだろう。

所詮は、地位も名誉も飾りに過ぎない。今のナポレオンも痛めつけるほどの価値はなかった。

ファラデーの前で暴力は振るいたくもなかったし、俺はただナポレオンと群衆を眺めた。

 それに元はといえば、ファラデーが大陸旅行に行く事になったきっかけは、ナポレオンが敵国のデービーの自然哲学の功績を讃えて表彰した事だった。

 少なくとも、自然哲学にとっては彼は偉大な庇護者だった。そこだけは少しは認めよう。



 そして、12月末、俺たちはパリを発ってフランスを南下し、地中海に面したモンペリエに向かった。

 俺はその途中、ファラデー達から離れてグルノーブルに立ち寄る事にした。ここにも謝らなくてはならない人がいたからだ。

 グルノーブルに辿り着いた俺は、その人物の住居に忍び込んだ。そこにいたのは、全身に包帯を巻きつけたミイラだった。

いや、以前会った時と同じくおかしな恰好のジョゼフ・フーリエだった。ミイラに似た格好だが、まだミイラ化せずに生きていた。

フーリエは久しぶりに命を狙った俺に再会して驚愕していたが、俺の方もフーリエが未だにミイラの恰好をしている事に驚いた。俺は、彼の命を狙った事や改心した事を正直に話して、彼に許しを請いた。

フーリエは俺の話に驚いていたが、しばらくして口を開いた。

「…事情は分かった。…私は特に被害を受けた訳では無いし、君の事は許そう。えっと、怪物…は失礼だから、イムホテプさんでいいかい?」

古代エジプトの神官宰相イムホテプ。それはかつて、少年の為にその場を取り繕った時に、フーリエに決められた寸劇の役だった。

「…ああ。好きに呼んでくれ」

それから、俺とフーリエはしばらく会話を続けた。

それは傍から見たら、ミイラと怪物が話しているという奇妙な光景だったのだろう。

フーリエは、グルノーブルの公務の傍ら、熱に対する研究を進め、熱伝導方程式という難しい式を考えついていた。

俺はミイラの様に暑苦しい格好のフーリエを見て、熱の広がり方についての小難しい理論を考える前に、自分の体温の広がり方を研究した方がいいと思ったが口には出さなかった。


しばらく会話をした後、フーリエの元から帰る際、俺はふと思い出した。

「そういえば、あの時の少年シャンポリオンは今どこにいる? あの子にも謝らなければ…」

フーリエは、懐かしい名前に微笑んでいた。

「…多分、謝る必要はないと思うよ…君が怪物だとは明かしていないから…」

「…何で、そんな事をしたんだ? 命を狙った俺の正体を秘密にする必要はないはずだろう?」

「君がイムホテプで、私がミイラの役をしたあの演劇がシャンポリオンには新鮮だったみたいでね。あの子は、ヒエログリフを解明するんだって、更に意気込んでいたんだ。そんな事を言われたら、あの演劇が即興だったなんて言えないだろう。君の為では無くて、単に、少年の純真な夢を壊しなかっただけさ」

そう語るフーリエの姿は、一本のロウソクを手に、子供たちに夢を与えた未来のファラデーに似ていた。

フーリエは、一本のロウソクの代わりに、ロゼッタストーンを見せて少年の夢に光を灯したのだった。


フーリエと別れた俺は、グルノーブル大学に向かった。

十数年ぶりに再会したシャンポリオンはもはや少年ではなかった。グルノーブル大学で、生徒を目の前にして、エジプトの事を教えている若干23歳の青年助教授こそが、今のジャン=フランソワ・シャンポリオンだった。

俺は彼の熱意に満ち溢れた姿を眺めながら、講義を立ち聞きしていた。

講義後、人がいなくなってから、俺はシャンポリオンに声をかけた。

シャンポリオンは俺を見て、一瞬驚いたが、すぐに過去を思い出したようだ。

「…あなたは昔、フーリエさんの家にいた…イムホテプさんですか。…今日も、仮装してるんですか?」

俺は本当の事を言おうかと思ったが、フーリエの言葉を思い出し、話を合わせる事にした。

「ああ…あれから忙しくて、フーリエの元を訪れる事が出来なくてな。本当の顔で再会しても分からないだろうから、あえて同じ格好をしていたんだ」

「いつか、あなたにお礼を言いたかったんです。少し話を聞いてくれませんか?」

それからしばらく、俺はシャンポリオンのエジプト研究について詳しく話を聞いた。シャンポリオンは、まるで十年ぶりに恩師にあったかの様に俺との再会を喜んでいた。

俺はシャンポリオンに今の夢を尋ねた。

「夢は変わっていません。いつか、ヒエログリフを解読する事です」

少年の時から夢は変わっていなかった。俺はその情熱に感心した。

「君ならいつか、ヒエログリフを解読できるだろう。頑張ってくれ」

激励の言葉を交わして、俺はシャンポリオンと別れた。



 グルノーブルを出た俺はデービーとファラデーがいるモンペリエに辿り着き、そこで合流した。

 一月の始めから一ヶ月ほどモンペリエに滞在していた彼らは、その間、地中海の海草灰からヨウ素を取り出す実験を繰り返していたが上手くいかなかった様だ。

 俺は、再会したファラデーからその話を聞いて、

「『ガリヴァー旅行記』の胡瓜から日光を取り出す実験みたいだな…」

と、つい本音を漏らして少し笑ってしまった。

「…確かに、傍から見たら馬鹿みたいに見えるけれど、こういう所から新しい発見が生まれるんだよ!」

ファラデーは少しふてくされていた。

ここにも情熱の力で、想像を現実に変える存在がいた。

その事に気付いた俺はすぐに、ファラデーに謝り、彼らの実験を手伝った。




 2月に入ってから一行はモンペリエを経ち、アルプスのテンダ峠を越える事になった。ただそこで、デービー夫人の我儘が原因で一騒動があった。険しい冬のアルプスを乗り越えるという事で、できるだけ荷物を減らそうと馬車を廃棄しようとデービーは考えたのだが、それにデービー夫人が反対したのだった。

ファラデーは、その事を話した後、つい本音をこぼしていた。

「前から、デービーさんの奥さんが私の事を召使いの様に扱うし不満だったんだ…」 

それは温厚なファラデーが滅多に見せる事のない負の感情だった。

「これでも、私は自然哲学者の卵なんだ。デービーさんの助手だけど、デービーさんの奥さんの召使いじゃないんだ! なのに…」

誰かに認められない苦しみは俺は良く知っていた。だから、低い声で俺は悪魔の提案をしていた。

「俺がその女を少し脅してやろうか。君の為なら俺は…」

俺は、どんな悪事に手を染めても構わないから。

俺の言葉に、ファラデーはハッとした。

「いや、大丈夫だよ。君はもう善良な人間に生まれ変わったんだから、悪い事はしちゃ駄目だよ」

優しいファラデーは、また我慢をしてるのだろう。

「だが、俺は君の友達としてどんな事でも行うつもりだ…」

俺は、ファラデーの為なら、この手をどんなに汚しても構わなかった。

「君の気持ちは嬉しいよ。でも、それは友達じゃない。そんな事をしたら、もう君とは友達ではいられなくなるよ…」

その言葉に俺は衝撃を受けた。君は、俺を本当の友達として扱ってくれるのかと改めて感動し、デービー夫人を脅す事を諦めた。

 代わりに俺は、外套を目深に被って、人々の中に混じりながら解体した馬車を引っ張り、アルプスを越える事にした。

 頑強な俺でも、馬車はずっしりと重く、アルプスの冷たい空気は身を切り裂くようだった。だが、俺が犯した罪の十字架に比べれば馬車は軽く、アルプスの寒さも、ファラデーがくれた暖かい心があったから気にならなかった。



 アルプスを越えた俺たちは、2月末にはジェノヴァに着いた。俺はそこでファラデーが見た電気ナマズの話を聞いたり、嵐を間近で見たりした。

 3月に入り、ジェノヴァからレーリチへ船で移動する中、俺は、ラ・スペツィア湾から少し離れた所で、一隻の船が嵐に巻き込まれている事に気付いた。エアリアルと書かれた船に、若者が必死にしがみついていた。それはケジックで見かけたサウジーに失望していた、パーシーという名の若者だった。

 俺は若者を助けようと、とっさに船から飛び降りようとした。しかし、もう一度見た時には、船も若者も消えて、スペツィア湾から何かを燃やす煙が漂っているだけだった。

 どうやら幻だった様だ。だが、何故だか知らないが、大切な人を失った気がした。



 レーリチ着後、俺達はフィレンツェに滞在する事になった。ファラデーは、ガリレオの望遠鏡等を見たりした興味深い話を俺に聞かせた。一通り話が終わった時、ファラデーは何かを思い出し。

「そういえば、君の好きな『失楽園』の著者ミルトンは、若い頃にガリレオと会っていたんだよ! ガリレオに実際に会っていたからこそ、『失楽園』の中でも地動説を少しとりあげたのかな」

俺はその真実を知り、改めて詩人ミルトンの偉大さを知った。

彼は自然哲学にも文学にも精通していたのだ。昔の俺の様に、ただ闇雲に自然哲学を否定するわけではなかったのだ。

 多くの人々の想像力と情熱が交差し、現実を書き換えていったのだと、俺は改めて思い知らされた。



***


「忌まわしい怪物め!(Abhorred Monster!)」

 真実を知った怪物とファラデーが両方とも生きている事を知って、ゲンファータが倒れてから数ヶ月。

 俺はそんな叫びと共に目覚めた。

 数か月休んで体調は回復したが、俺の苦悩は深まるばかりだった。


 復讐を諦めきれなかった俺は、再び怪物を殺そうとロンドンを探しまわった。しかし、怪物はおろか、王立研究所にいるはずのファラデーさえも見かけなかった。

 不思議に思っていたが、デービー卿の大陸旅行に助手のファラデーが同行した事を聞き、謎が解けた。怪物も彼等に同行したのだろう。

 早速、俺はマリアとウィリアムを連れてロンドンを去り、パリへと急いだ。


 かつて兄ヴィクターが北極の果てまで追いかけた様に、俺は怪物の追跡者と化していた。

もはや、俺には怪物の善悪も関係ない。ただアイツを殺し、家族の復讐を果たすだけだ。

怪物を殺すまで、俺の悪夢は決して消える事はない。


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