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Re^2 (Rescuer); of the Frankenstein's Monster  作者: 刹多楡希
第1部 Rebirth × Revenge(復活×復讐)
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2. Revenge; I must kill all Natural Philosophers.

2. Revenge; I must kill all Natural Philosophers.

(復讐; オレハ シゼンテツガクシャヲ ミンナ コロス)


 They plucked the tree of science

 And sin--and, not content with their own sorrow,

 Begot me -- thee --and all the few that are,

 And all the unnumbered and innumerable

 Multitudes, millions, myriads, which may be,

 To inherit agonies accumulated


 彼等は知識と罪の樹をもぎ取った

 そして、二人だけの悲哀には満足せず

 俺を、お前を、生んだのだ。それからここにいる何人か

 これから生まれる数万、百万、百億万

 数限りも無いものを生んだのだ。

 歳月によって積み重なった多くの苦悩を受け継がせようとして


George Gordon Byron ”Cain ” Book I 444-449 line Cain's words

 ジョージ・ゴードン・バイロン『カイン』第一巻 444‐449行 カインの台詞 



18XX年 11月夜 インゴルシュタット


「動いた! 生きている…生きている…生きているぞ!」

男の笑い声がこだまする研究室に怪物は忍び込んだ。一面に死体の手足や胴体が散乱し、傍らには、まるで死体が着る軍服の様に、血塗られた紺青プロシアンブルーの服が多く積まれていた。

 その中心に、死体を弄んでいるクレンペがいた。

ヴィクターもこうやって俺を作ったと思うと怪物は、身の毛がよだち叫んでいた。

「悪魔め!」

クレンペは、とっさに死体に布をかけて隠すと、驚いて振り返った。

「まさか…お前は、ヴィクター・フランケンシュタインが創った…私の成功を祝いに来たのか?」

怪物は、クレンペに少しずつ詰め寄った。

「そうだ。俺が、ヴィクターに創られた存在だ。お前がクレンペだな。悪魔の業を行った…」

クレンペは怪物を正面から見つめ、高笑いした。

「悪魔だと? 違う、神だ。私は今、神に等しい気分だ!」

怪物はクレンペの笑い声に苛立ち、彼の首を掴んだ。

「次に耳障りな笑い声を上げたらその首をへし折るぞ! ヴィクターの研究を知っているな。お前が知ってる事を全部吐け!」

クレンペは笑うのを止め、事の経緯を話し始めた。怪物に強制されたからと言うよりも、話したくてたまらないようだった。


「ヴィクターは大学入学当初は、古臭い錬金術に傾倒していた様な馬鹿だったが、入ってからは優秀だったよ。彼は四年ほど勉学に励んだ後、病気になり逃げる様にスイスに帰ってしまった。自分の部屋の片付けすらせずにな。

 私は優秀な生徒だったヴィクターの研究内容が気になり、彼が部屋に置き忘れた研究日誌を開いてみた。だが、そこに書かれていたのは、電気と錬金術を混ぜた戯言ばかりだった。その頃、ヴィクターが狂ったという噂も聞いていたから、狂人の戯言としてまともに取り扱わなかった。

 特に最後の”死体に息を吹きこみ、生命を与えた”には笑いすらこみ上げたよ。それからしばらくは、日誌の存在すら忘れていた」

クレンペはそこで言葉を切り、少し優しげな顔で過去をしばらく回想していたが、急に憎悪を露わにした顔になり、話を続けた。

「だが、ヴィクターは間違っていなかった。間違っていたのは私の方だった! ある日、私はヴィクターの考えが正しいのではと疑問を抱き、研究日誌に記された実験を再現してみた。実験は成功した。私はヴィクターの研究である人造人間の創造が可能だと確信した」


怪物は、苦々しげにうなずいた。俺がその人造人間だ。

「私は、ヴィクターの研究を応用して、すばらしい計画を思いついた。死者の軍隊を作る事だ。死者の兵士が殺されてもその死体から、新たな死者の兵士を創ればいい。不死身の最強の軍隊ができる! 世界を支配する事すら夢ではない!」

クレンペの目は狂気を宿しながら、どこか潤んでいた。怪物には死者の軍隊が北極点で見た死者の群れに重なり、それを打ち消すように叫んでいた。

「お前は狂っている!」

クレンペは、その返答に薄笑いを浮かべて答えた。

「狂っているだと? この私が? いいだろう。私が狂っているか否か、後で分らせてやろう。

 私の計画はすんなりとは進まなかった。もう一度、ヴィクターの研究日誌を読み通したが、断片的な部分が多く、まるでこの日誌は、真の研究日誌の補完の様だった。しかしヴィクターの持物を全て調べてもそのような物は見つからなかった」


怪物は、外套のポケットにヴィクターの日記がきちんと入っている事を確認した。これをクレンペに見せる訳にはいかなかった。

「更に、彼の研究は一体の人造人間を創る事に重点が置かれていたから、私の計画に適した大量生産用に、様々な改良を施す必要があった。

 私には、資金と実験材料(死体)を提供してくれるパトロンが必要だった。

 不死身の軍隊だ。誰もがこれを求めるだろう。だが、この計画をバイエルン公の側近に提案したら、聞く耳を持たず、それ所か私が狂ったなどと言いがかりをつけて大学を追い出された。だから私は僅かな資金で一人ひっそりと研究していたのだ」

「ただ、最近になって、壊滅したはずのイルミナティの残党から接触があり、私に資金援助をしてくれた。資金のおかげで、研究は大いに進んだ。そしてその成果がちょうど今現れた所だ」

クレンペは、先ほど死体にかけた布を取った。

「誕生した死者の兵士を見るがいい!」

しかし、死体は一向に動かなかった。クレンペは驚き、死体の側にある不可思議な装置をいじり始めて、独り言をつぶやいていた。

「馬鹿な。確かにさっき動いたはずだ。何故、また動かないのだ…」

クレンペはしばらく独り言をこぼしながら装置の操作を続けていたが、ついに諦めた。

「また失敗だ!」


そこでようやく、クレンペは怪物の存在を思い出した。彼は怪物に媚びる様な、それでいてどこか見下した様な目で見つめた。

「そうだ。お前は確かヴィクターに伴侶を求めたのだったな。私が代わりに創ってやろう。大量の死体を集めたりして私に協力するなら考えてやる。お前は伴侶を得て、私は死の軍隊と世界を手に入れる。どちらにとっても、いい提案だろう?」

怪物は確かに伴侶は欲しかったが、その為に自分の子孫に苦しみを与える事などできるはずが無かった。

「黙れ! お前の提案などに乗るものか!」

クレンペは予想外の返答に焦りながら、譲歩を提案した。

「ああそうか。悪かった。伴侶一人と全世界では不公平だな。世界の半分もお前にやろう。これなら公平だろう?」

怪物は怒って、クレンペの首を締め上げた。

「ふざけるな! お前は何も分っていない。殺人の道具として生まれる事など誰も望んじゃいないんだよ!」

クレンペはもがきながら懇願した。

「お…お願いだ。殺さないでくれ。何でもするから…」

怪物は、もはやクレンペに侮蔑しか感じなくなった。冷静さを取り戻し、力を緩めて尋ねた。

「ヴィクターを熱心に指導していたヴァルトマンは? アイツもこの研究に携わっているのか?」

 ヴィクターを指導した教師の内、ヴィクターが日記で言及したのは、クレンペとヴァルトマンだけだった。そして、クレンペよりもヴァルトマンにヴィクターは影響を受けていた。それ故、怪物はクレンペよりもむしろヴァルトマンの情報を重点的に集めていた。

 しかしヴァルトマンが何かおかしな研究をしている情報は得られず、人格的にも優れている話ばかりを聞いた。更に、現在どこかに出かけているらしく、この地にはいなかった。その為、代わりにクレンペを狙ったのだった。


 ヴァルトマンの名前を聞いたクレンペの顔は憎しみに溢れた。

「アイツは私の高尚な計画には見向きもしなかったよ。それどころか私の邪魔ばかりしやがった。目障りな奴だ。元々、今の『自然哲学』の時代に錬金術を否定しない姿勢など古臭いと思っていたしな」

怪物はその返答を聞き、思案した。ヴァルトマンは本当にヴィクターの研究に関わっていない様だ。殺すべき他の自然哲学者を探そう。

「他にこの研究を知っている奴は?」

怪物に詰めよられ、クレンペは後ずさろうとして壁にぶつかった。

「し、知らない。本当だ」

怪物はクレンペの首を掴んだ。

「嘘を付くな。じゃあ、この研究に感づきそうな奴は?」

「ガ、ガルヴァーニ、ボルタ… いや、イルミナティも似た様な事をしているかもしれない...」

怪物はクレンペの首を絞めるのを止めて、壁に投げ飛ばした。

「そうか。そいつらが…次の標的か…。…お前はもう用済みだ」

一瞬の隙を突いて、クレンペは逃亡を試みた。その姿は、生まれて始めて見たヴィクターの逃げ惑う姿にそっくりだった。怪物はクレンペを捕まえ、両足をへし折って放り投げた。そして、たいまつに火をつけた。

「これでもう逃げられないな。なあ、逃げ方がヴィクターにそっくりだったよ。アイツもそうやって自らの責任を放棄した! 生徒も先生に似たようだな!」

怪物はクレンペに背を向け、まだ生命を吹き込まれていない継ぎ接ぎだらけの土塊に語りかけた。その口調は先ほどとは打って変わって優しかった。

「まだ、この世に誕生していない我が友よ。誰にも必要とされぬ悲しき者よ。俺は君が生まれる前に死を与えよう。君は、『土塊からなぜ私を創ったのだ』と叫び悩み苦しむ事もない。これが友へのせめてもの贈り物だ」

怪物は研究室に火を放ち、炎に包まれるまで眺め続けた。これでヴィクターの研究を直接知るものは消えたはずだ。

「正義の炎は何と心地よいのだろう。あのド・ラセー家を焼いた時は何処か悲しかった。だが、今はその代わりに達成感と喜びがある」

怪物は、喜びに満ちた足取りで、クレンペの研究施設を後にした。


***


 もう一人、この炎を見ていた者がいた。それは、ゲンファータと呼ばれた青年だった。彼は燃え盛る研究所に飛び込み、クレンペを救出すると必死に呼びかけた。

「クレンペ先生。大丈夫ですか?」

煙を吸い込んで意識不明だったクレンペが目を開け、助けた人物を虚ろに見つめた。

「君は……ヴィクターか? ずいぶん傷だらけになりおって。君もアイツにやられたのか? わしもあの怪物にやられてこのざまだ」

「どういう事ですか? 一体何があったのですか? 怪物? まさか、あの怪物が、あなたを襲ったのですか?!」

しかし返事はなく、クレンペは見えない誰かに語りかけていた。

「お前が喜ばないのは分かっていた。だが私にはこれしかできなかった…許してくれ…」

クレンペは、語り終えると事切れていた。


 後日、クレンペの葬儀が行われたが、人はまばらだった。そこにヴァルトマン教授が現れ、クレンぺを助けた青年を見て驚いた。

「君は、フランケン……」

その人物はヴァルトマンの言葉をさえぎった。

「その名は捨てました。今はゲンファータ(Genfather)と名乗っています」

「そうか…色々あったからな。名前を捨てると言うのも一つの方法だろう」

ヴァルトマンは、クレンペの墓の方を見た。

「やはり、人はあまり来ていないのだな」

ゲンファータは、ヴァルトマンと同じくクレンペの墓の方を見て答えた。

「はい。大学の生徒や他の教授がもっと沢山来てもいい気がしますが。何かあったのですか?」

「数年前に大学を追い出されたからな。最近は、あまり誰とも交流していなかったようだ」

「クレンペ先生に何があったか、話してもらえますか」


ヴァルトマンは深いため息をつくと、クレンペの過去を話し始めた。

「クレンペには一人息子がいた。気難しい性格だから、表だっては表現しなかったものの、彼は息子をとても愛していた。だが、ある日、息子はスイス旅行に行ったきり、行方不明になってしまった。

 方々探しまわった挙句、真相が分った。プロイセンにさらわれて、無理矢理、兵士にされていたのだ。クレンペは息子を取り戻すために、様々な手段を取った。だが、息子に会わせてすらくれなかった。後でわかった事だが、既に息子は死んでいたから、不可能だったのだ。

 息子を失ったクレンペは、しばらく絶望にくれていた。しかし、ある日、私を呼び出して素晴らしい計画があるから協力して欲しいと告げた。彼は狂気を宿した目で言った。

『死者の軍隊を作る。そうすればもう、息子の様な犠牲者は出ない』と。

 それから、クレンペは死者の軍隊を創るという構想にとらわれた。私は、何度も止める様に言ったが、聞く耳を持たず、彼は私の事を避ける様になった。ついにはその計画をバイエルン公に話した為、彼は大学から追放されざるを得なかった。

 しかし、それでもクレンペは止まらなかった。私は彼を止める為に、最後の行動に出た。その結果はこれだけだったが」

ヴァルトマンは何かを取り出した。それは帽子だった。しかし、穴だらけで、ほとんどつばしか残っていなかった。

「これは、クレンペの息子がさらわれる前に被っていた帽子だ。他には何も残っていなかった。唯一の形見だろう」

ヴァルトマンは帽子のつば(krempe)をクレンペの棺に入れた。

「たとえ、何かが壊れ、直す事ができなくても、それに込められた思いは、賢者の石の様に不滅なのだ。クレンペもその事に気づいていれば……」


 クレンペの葬儀が終わり、去ろうとするゲンファータにヴァルトマンは呼びかけた。

「君は、これからどこに行くのだ?」

ゲンファータは答えた。

「一度、故郷ジュネーヴに戻ります」

ゲンファータは、ジュネーヴに向かって馬を走らせた。クレンペの『怪物』という言葉に不安と憎しみを感じながら。


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