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Re^2 (Rescuer); of the Frankenstein's Monster  作者: 刹多楡希
第2部 Regain × Resolution(回復×決心)
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15. Reconciliation between the Adversary and adversaries

15. Reconciliation between the Adversary and adversaries

(サタンとかつての敵達の和解)


Diffusing the knowledge, and facilitating the general introduction, of useful mechanical inventions and improvements;

And for teaching, by courses of philosophical lectures and experiments, the application of science to the common purposes of life.


(自然哲学の)知識を普及し、有用な機械の発明や改良の一般的な導入を促進する事。

そして、一般生活の共通の目的に科学を応用するため、学術的な講義や実験を通して教育する事。


Founding purpose of the Royal Institution

王立研究所の創設趣旨



幼いウィリアムを抱えたマリアは、ハイド・パークのサーペンタイン池で、例の少女と屈強な存在と共にボートに乗っていた。

その屈強な存在は、マリアの知る優しい怪物さん……


…ではなかった。

少女の父親だった。

少女をボート・アリエル号に乗せてくれた天使と悪魔は、しばらくロンドンを留守にするらしく、ボートを少女に譲ってくれたのだった。

サーペンタイン池に浮かぶボートに乗ったマリアは悪魔の正体が気になっていた。少女の話を聞けば聞くほど、あの私を救ってくれた優しい怪物さんの様な気がしたが、確認はできなかった。


夕暮れ頃、少女と分かれて宿に戻ったマリアは、沈んだ気持ちで、夫ゲンファータの額に手を当てた。熱は既に下がっていたが、彼は悪夢にうなされ続けていた。彼はかすれた声で、「怪物」と何度も叫び続けていた。



***


「君は、フランスに行きたい?」

ヴィクターの日記の一件から何日か経ったある日、いつもの様に王立研究所の屋根裏部屋を訪ねた俺に、ファラデーは尋ねた。

「ああ、またフランスに行きたいな。謝らなければならない人がいるから」

俺は、かつてフランスで多くの自然哲学者を傷つけた事を後悔し思い出していた。

「じゃあ、一緒にフランスに行こう。フランス語を教えてくれるかい?」

突然の提案に、俺は面食らった。

「フランス語を教えるのは構わないが…ここでの仕事はどうするんだ? 助手の君が長期間休む事をデービーが許すのか?」

ファラデーは少し気まずそうな顔をした。

「いや、そのデービーさんから一緒にフランスに来てほしいとお願いされてるんだ」

ファラデーが話したのはこういう事情だった。

 去年結婚したデービー夫妻の新婚旅行として、フランスをはじめとするヨーロッパ大陸に新婚旅行に行く事になった。同時に、あのナポレオンが、デービーに贈ったメダルを受け取る予定も兼ねていた。

ただ当時のフランスとイギリスは戦争中だったため、デービー夫人の召使が旅行に同行する事を拒否したのだった。困り果てたデービーは、ファラデーに雑用役も兼ねて大陸旅行の動向を求めたのだった。

 事情を聞いた俺は、ファラデーと共に大陸旅行に行く事を決めた。


 1813年10月13日、デービー夫妻とファラデーと俺はロンドンを発った。

 俺たちは、10月末にフランス・パリに着いた。当時、イギリスとフランスは戦争中だったが、フランスは英国人のデービーを快く迎えたのだった。自然哲学者同士の国を越えた友情に俺は少し感動を覚えた。


 俺には、謝らなればいけない人達がいた。

 まず、ラグランジュの邸宅に向かったが、そこに彼の姿はなく、彼の若い妻しかいなかった。俺は、顔を隠して彼女に尋ねて、理由が分かった。彼は今年の4月に既に亡くなっていたのだった。それを知った俺はノートルダム大聖堂を登り、ラグランジュが埋葬されたパンテオンを遠くから眺めながら、その鐘を鳴らした。俺なりの弔いだった。

 一部始終を見ていた少年ヴィクトル・ユーゴーは、鐘を鳴らす醜い怪物の姿を目に焼き付けていた。


 次に俺はモンジュを探したが、彼はパリにいなかった。噂によると、彼は1812年12月の官報二十九号で、ナポレオンがロシア遠征に敗北した事を知り、卒倒したらしい。更に今年に入って、敵軍からの防衛のため、ベルギーのリエージュ(Liege)に向かったようだ。


 そういえば、彼が創ったエコール・ポリテクニークの事を思い出した。

 あの時は、あまりにも色々な事があって忘れていたが、ロシア遠征でゲンファータが救ったフランス将校ヴィクトル・ポンスレは、俺が昔に地図を貰ったポンスレと同一人物だろう。一体、彼は今頃どうしているのだろう? 彼にも生き抜いてほしかった。


 怪物は知る由もないが、ロシア遠征に参加したヴィクトル・ポンスレは一命を取り留めたもののロシア軍に捕まり牢屋に入っていた。何もない牢屋の中で、彼は数学を始めていた。

 彼が、故郷フランスに戻り、射影幾何学を作り上げ、数学の勝利者(Victor)となるのはまだ先の事だ。


 色々な自然哲学者の元に謝りに行った俺だが、ラプラスの元には流石に行かなかった。たとえ自然哲学者が全て悪い訳では無いと分かっていても、あそこで受けた苦しみは消える事がなかった。

 ある噂によると、俺が捕まっている間のラプラスは何者かに洗脳されて特に異常だったらしく、最近は大人しくなっていた。

 去年1812年に出版された『確率の解析的理論』では、自然哲学の力で、自然の全ての過去と未来を見通す存在の事を書いていた。

 俺はそれを聞いて、悪魔を連想した。いやあるいは、全能の神だろうか。いずれにしても、俺とは相容れない存在だと思った。



 そして、俺は、ラボアジェの妻であり、ランフォードの妻でもあったマリー・アンヌの元を訪れた。

「俺はラボアジェを知らない。だが、あなたには大切な人物だったのだろう。余りにも俺は一方的にラボアジェを断罪していた。あなたの気持ちを傷つけてすまなかった」

彼女は俺を許したものの、どこか悲しげに答えた。

「私はもう自然哲学者でも、その妻でもないのよ。エコール・ポリテクニークのおかげで、庶民でも自然哲学が学べるようになった。でも入れるのは男性だけで、昔はサロンで女性が自然哲学に携われたけれど、今はサロンは流行らなくなったわ」

そう語る彼女は、自然哲学から締め出された女性の一人として寂しそうだった。

彼女としばらく雑談をした後、俺は去ろうとした。その背中に彼女は尋ねた。

「ところで、もうランフォード伯には会ったのかしら?」

俺は足を止めて振り返った。

「これから会いに行くつもりだ」

「そう…。少し待って下さいますか」

彼女は、袋を怪物に渡した。

「余ったコーヒー豆よ。ランフォードはコーヒーが好きだから、あなたの謝罪の品として持っていったらどうかしら」

「ありがとう。持って行こう」


 俺は袋を担いで、パリの西にあるオートゥイユ(Auteuil)に住むランフォードの元に向かった。久しぶりに俺の姿を見て怯えるランフォードに言った。

「お前が創った王立研究所を破壊……する事は諦めた」

王立研究所を破壊した報告をしに来たと思っていたランフォードは驚いた。

「…そうか。一体、誰が君をそこまで変えたのだ? デービーか?」

「デービーではない。マイケル・ファラデーだ」

ランフォードは、その名前を初めて耳にした。

「マイケル・ファラデーか。初めて聞く名だが、彼も自然哲学者なのか?」

「ああ。偉大な自然哲学者で、デービーの助手だ」

ランフォードは落ち着き、俺が抱えている袋に目をやった。

「そういえば、君はさっきから、何を抱えているんだ?」

俺はようやく荷物を持っている事に気付いた。

「マリー・アンヌからもらったコーヒー豆だ」

ランフォードは袋を受け取り、俺を椅子に座らせた。

彼は袋の中味を何かの筒に入れ、よく分らない装置に水を並々と注ぎ、その上にさっきの筒を載せ、透明な蓋をした。そしてその装置を火にかけた。少しすると水が沸騰して透明な蓋の部分まで上がってきた。

 それを確認すると、ランフォードも腰掛け、俺がファラデーとの思い出を語るのを興味深そうに聞いた。


 しばらくして彼はおもむろに立ち上がり、装置の火を止めた。さっきまで蓋の部分から、透明なお湯が沸騰していたが、今見ると黒い液体になっていた。彼は装置から、二つのカップに黒い液体を注いだ。

彼はコーヒーを一口飲むと、「やはりマリーが選んだコーヒーは相変わらずおいしいな」と独り言を言った。

俺がコーヒーに手をつけず、装置を不思議そうに眺めているのに気付き、彼は言った。

「これは私が発明したパーコレーターという装置だ」

俺はコーヒーに口をつけながら、パーコレーターの説明を聞いた。

コーヒーを飲んで一息ついた後、ランフォードはぽつりと言った。

「君を改心させるなんて…もしかしたらデービーの最大の発見は、ナトリウムやカリウムといった元素の発見ではなくて、ファラデーだったのかもしれないな…」

俺もその意見に同意して、ランフォード宅を去った。


 そして、11月10日、デービー夫妻も、ランフォードに面会した。王立研究所の人気講師と設立者は久しぶりの談話を楽しんでいた。

デービー夫妻が少し席を外した時、ふと、ランフォードは助手のファラデーに声をかけた。

「君は、あの怪物の知り合いなんだって」

ファラデーは怪物から大まかな話を聞いていたので、すぐに対応する事が出来た。

「彼は私の友達です。私からも謝るので、あなたを脅した事を許してくれませんか?」

「もう許しているよ。それにしても凄いな。あの怪物を改心させるなんて。君なら、デービーを越える有名な講演者になれる気がするよ。これから、王立研究所をよろしく頼む」

ファラデーは年老いたランフォードに誓った。

「はい。ランフォードさん達が創り、デービーさんが発展させた王立研究所、自然哲学の楽園を更に立派にできるよう全力を尽くします!」

ファラデーの輝く瞳を見てランフォードは思った。これがあの怪物ですら改心させた彼の光か…。

彼ならきっと、王立研究所を通して自然哲学を広めて行ってくれるだろう。

もう何の心配もない。安心して眠れそうだ。


 ランフォード伯は翌1814年8月に亡くなった。

 しかし、彼等が創った王立研究所は現在も存続し、自然哲学、後の科学を多くの人々に広めている。


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