14. Record of My Identity
14. Record of My Identity
(俺の正体の記録)
It was on a dreary night of November that I beheld the accomplishment of my toils.
私が労苦の完成を見たのは、11月のとあるわびしい夜の事でした。
Mary Shelley ”Frankenstein; or The Modern Prometheus”
Chapter 5 Description of day of the Monster creation
メアリー・シェリー 『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』
第五章 怪物を創造した日の記述
あの改心した日から、怪物とマイケル・ファラデーは本当の友達になった。その二人の姿は、兄弟とも言われた堕落前のルシファーと天使ミカエルの様だった。
改心してから2週間程経ったある日、ファラデーはふと尋ねた。
「そういえば、君はどこに住んでいるの? 最初会った時は、Mr.Mont-Staelさんだと思っていたから、てっきりロンドンの宿に泊まっていると思ったけど…多分、そうじゃないよね」
怪物は答えた。
「I hide hyde park(俺はハイド・パークに隠れている)」
ファラデーは悲しい表情になった。
「…そう。君には家は無くて、公園に隠れているんだね(you hide park)。どこの公園なの?」
俺は既に公園名まで言っていたのだが、ファラデーは気づいていない様だ。俺は、hydeの部分を強調して再び同じ事を繰り返した。
「…君が公園に隠れている事は分かったよ。…どこに隠れているか言いたくないなら、これ以上聞かないよ」
俺は別に隠してるつもりはないのだが…。
話してもらちが明かない様なので、俺はハイド・パークの隠れ場所に連れて行った。
「ここって、時々二人で話してたハイド・パークじゃ? ここに隠れてたんだ…」
ようやくファラデーは気づいた様だった。
俺は隠れ場所を案内していた。といっても、あまり持ち物はないし、あるとしても拾い物ばかりだったが。
ファラデーは一通り見て回った後、奥の方にある俺の背丈ほどもある細長い物体を見つめていた。
「ああ、それは、この辺に落ちてたんで物置か何かに使えるかと思って拾ったんだ。結局、使えそうにないから放置してるが…」
ファラデーは、細長い物体の表面の汚れを指で拭うと、何かの文字が見えた。
「…アリエル(Ariel)」
「アブディエルに倒された悪魔の名か…」
俺は『失楽園』を思い出し、反射的に答えていた。
「悪魔? 風の妖精アリエルじゃないの?」
俺が思うアリエルとファラデーの思うアリエルは違うようだ。それとも俺の様に、アリエルは改心して、堕天使から妖精になったのだろうか?
ファラデーは俺の発言にキョトンとしていたが続けた。
「とにかく、これはボートだよ。アリエル号っていうんだ。これで水の上を移動する事ができるんだ」
俺は疑問に思った。
「こんな重い物が浮かぶわけないだろう。もし浮かぶというなら、何で陸地に野ざらしにされてたんだ?」
「多分、どこかに穴でも開いて捨てたんだと思うよ。ボートを修理して浮かべてみよう!」
ファラデーは、意気揚々とボートを修理し始めた。俺も本当に浮かぶか半信半疑だったが、時々手伝った。修理が終わった後、ファラデーはボートをサーペンタイン池に入れた。本当に浮かんでいた。俺は不思議そうに見つめて尋ねた。
「どうして浮かぶんだ? そういえば、船に何度も載った事はあるが、よく考えるとあんな大きくて重い物が浮かぶのは不思議だ」
ファラデーは、俺が使っている水の入ったカップに、修理で余った木材を入れながら説明した。
「物が沈むと、沈んだ体積の分だけ、水が押しのけられる」
俺は頷いた。
「水が押しのけられた分だけ、元に戻ろうとする力、浮力が働くんだ。ちょっとこの木を水の中に押し込みながら触ってごらん」
俺はファラデーに言われた通り、木材を水の中に押し込もうとして反発する力を感じた。
「本当だ。わずかだが、木が水の上に戻ろうとする力を感じる」
その間に、ファラデーはボートに乗り込んでいた。ボートは少し沈んだが浮かび続けていた。
「だから、その浮力が大きければ、大きな船の様な重いものでも浮くんだ。これがアルキメデスの原理さ」
俺はそれを聞くと、自らもボートに乗り込んだ。
そして二人は、サーペンタイン池をボートで周遊し始めた。
しばらく周った後、一陣の突風が吹いてボートと水面が揺れた。どこからか水に浮かんだ花が舞流れて来た。
その花の美しさに惹かれて、俺は手を伸ばしていた。
その拍子にバランスが崩れ、ボートが転覆して、俺とファラデーは池の中に沈んでいった。
水の中で俺は、何故かケジックで見かけた女性の死体を見た気がした。その幻影を振り払うと、ファラデーがいきなりの事に驚いて溺れかけている様子が目に入った。俺はすぐにファラデーを助けて岸へと上がった。
全身ずぶ濡れになった俺は、外套とポケットに詰めた色々なものを取り出して乾かした。ファラデーも同じことをしていた。
突然、そこに現れたのは猫を抱えた少女だった。俺はとっさに外套で顔を隠そうとしたが、間に合わなかった。少女は俺の醜い顔を見たが、特段叫んだり逃げたりはせず、代わりに尋ねていた。
「池で泳いでるの?」
ファラデーは苦笑いを浮かべた。
「いや、そういう訳じゃないんだけど。ボートが転覆しちゃって…」
その後、俺とファラデーは少女といくらか言葉を交わし、最終的に、少女を船に載せて、三人と一匹の猫でボートを漕ぐことになった。
ボートで池を移動する中、少女は花を投げて、水面に浮かべていた。その様子を見ていた俺にも花を少し分けてくれたので、俺も水面に浮かべる事にした。ボートの後ろに、花の軌跡が出来ていて綺麗な光景となっていた。
その内、花がなくなった俺は、何故か、少女も投げたら浮かぶ気がした。同じ綺麗なものだから。
だが、浮かぶ訳がない。俺は何度も溺れかけた少女を救ったし、さっきファラデーからアルキメデスの原理を学んだばかりだから、花と違って少女が水に浮かばない事は分かっている。
もしも俺が生まれたばかりで、その知識がなかったら、俺は花と同じく綺麗な少女を何の悪意もなく投げてしまったかもしれない。
夕暮れ頃、俺たちは再び陸地に上がり、満足した少女はお礼を言って帰った。ファラデーも王立研究所の屋根裏部屋に帰っていった。
その日、王立研究所の屋根裏部屋に戻ったファラデーは見慣れないノートを持ってきた事に気付いた。怪物の持ち物が紛れ込んだのだろう。怪物の日記だろうか。
ファラデーはパラパラとノートめくって見ていたが、段々とその内容にのめり込んでいった。寝食すら忘れそうなほどに。
翌日、怪物がファラデーの元を訪れると、彼は何かの本に夢中になっていた。ファラデーは何かに集中するといつもこんな感じだったから、俺は彼の邪魔をしない様にしばらく黙っていた。ふと、彼が集中している本が気になり、横から覗いて見た。
それは、まだ誰にも見せた事がないヴィクター・フランケンシュタインが書いた自らの創造の記録だった。
俺は怖くなり、彼の気をそらすために話しかけていた。
「それは俺が昨日忘れたものだ。返してくれないか?」
ファラデーは怪物の方を向いた。その時、俺の目に映ったファラデーは、ずっと読んでいたのか目が充血していて、俺を造った直後のヴィクターに似ていた。
「君はこうやって創られたのか。死者から新たな生命を創りだせるなんて、すごい研究だ。これを公表したら反響は大きいよ!」
その顔はどこか無邪気で、同時に俺の創造主ヴィクターに似ていて怖かった。俺は拳を握りながら震えていた。友が俺の創造主であるアイツに変わるかもしれない恐怖、友も結局アイツと同じだという怒り、友を失うという悲しみが入り混った。それはあまりにも互いに結びついていて、電気分解でも、それぞれの思いを分離出来そうになかった。
少しして俺の異変に気づいたファラデーは悲しい顔になって、謝った。
「…ごめん。君の気持を考えたなかった…確かに彼の研究自体は偉大だったかもしれない。でも、だからといって、彼が君にした行為は正当化できない…」
ファラデーはヴィクターの日記を、少し名残惜しそうにしばらく見つめていたが、決意して俺の前に差し出した。
「これは君のものだ。だから君がもうこの件について何も言いたくないのなら、この事については私は公表しない」
俺はそれを受け取り、しばらく二人の間に沈黙が続いた。ファラデーは意を決して真剣な面持ちで言った。
「…もし、君が望むなら私は多分君の伴侶を創れると思う。君の願いなんだろう。伴侶を創りたいかい?」
俺の心には、またヴィクターの時の様に裏切られるという疑念や、あの伴侶が破壊された時の悲しい光景が広がった。俺はしばらくしてようやく、返答で来た。
「…少し考えさせてくれないか」
ファラデーは、何も言わず頷いた。
最初に伴侶を求めた時は、俺に友達はいなかった。だが、今は友達がいる。その友達が、俺に伴侶を造ってくれるといってくれた。なのに、何故俺は迷っているのだろう。
多分、今はただ、ファラデーの真の友になれただけで満足なのかもしれない。
***
マリアの元に近所に住む少女が訪れていた。最近、偶然知り合い、時々遊びに来つつウィリアムの面倒を見てくれるのだった。
「まだ病気なの?」
そう問いかけた少女の声は少し不安そうだった。
マリアの夫ゲンファータは、公園で倒れた所を警官に運んでもらってから何週間も経っていたが、未だ意識が戻っていなかった。
「…ええ。早く治って欲しいのだけど…。所で、最近、何か楽しい事でもあった?」
少女は、満面の笑みで答えた。
「うん。ハイド・パークで遊んでたら、天使さんと悪魔さんが、お船に乗せてくれたの」
「天使はまだいいけれど、悪魔は失礼じゃない?」
マリアは悪魔と言う言葉に何か違和感を感じた。
「だって、小さい人の方は、大天使ミカエル様と同じ名前だったし、大きい人は本当に悪魔みたいに大きかったの…でも、悪魔さんは優しいし、天使さんと仲良しなの。今度また公園に行って、お船に乗せてもらうんだ」
マリアはなぜか、優しい悪魔さんの存在が気になった。
「面白そうね。今度、私とウィリアムも乗せてくれるかしら?」
少女は嬉しそうに頷いた。