13. Reform of the Monster
13. Reform of the Monster
(怪物の改心)
His weakness shall overcome Satanic strength,
And all the world, and mass of sinful flesh
彼の弱さが悪魔的な強さを打ち負かし
全世界と、罪深い大衆を支配するだろう
John Milton ”Paradise Regained” Book I 161-162 line
ジョン・ミルトン 『復楽園』 第1巻 161-162行
「Are you my fiend? (君は悪鬼なんですか?)」
天使マイケル・ファラデーは、悪魔・怪物に、銃口を向けて、今まさに裁きを下そうとしていた。
怪物は苦悩していた。
俺は自ら犯した罪の報いを受けて殺されるだろう。もし殺されなかったとしても、もう二度とファラデーとは会えないだろう。死を覚悟した俺にとっては、ファラデーに殺される事よりも彼に少しも認められない事の方が苦痛だった。だからせめて、俺の本心だけは話しておきたかった。
「I am a fiend. But, I wanted to be your friend. (俺は悪鬼だ。だが、俺は君の友達になりたかった)せめて、最後に俺の話だけは聞いてくれないか。その後に俺を殺して構わないから…」
「…話は聞きましょう」
ファラデーは銃を構えたまま答えた。俺は天使マイケルによって、その魂を秤にかけられる。俺は、アーネストの語った半面の真実を認め、その上でもう半分の真実を語り始めた。
「俺は確かに、多くの人間を殺した。フランケンシュタイン家の多くの者を不幸に追いやった。それは消える事のない俺の罪だ。
俺の創造主ヴィクターが北極の果てで死んだ後、俺の憎悪の対象は俺を生んだ自然哲学者たちへと移った。
そこから俺は、各地の自然哲学者たちに復讐を遂げていった。
王立研究所の助手の君に近づいたのも、上手く利用してロンドンの王立研究所を破滅させるためだった。
醜い俺を見ればきっと怖がって、脅せば言う事を聞くと思ったんだ。
けれど、君は俺を怖がりも拒絶もせずに、代わりに本を貸してくれた。
あの時は、呆然としたよ。
だが、俺はまだ自然哲学への復讐を諦めきれず、むしろこの本を読んで話をあわせて、君を利用しようとした。最初は忌まわしい自然哲学の話ばかりするので、少し苦痛だった。でも、段々と君と話す事自体が楽しくなっていて…。少しだけ自然哲学への理解も深まっていて…。
けれど、俺の自然哲学への復讐の決意は揺らぐことはなく、俺は王立研究所の襲撃を企てた。
その途中、俺は溺れた少女を見つけて、見捨てる事が出来ずに助けた。
溺れた少女を助けたにも関わらず、俺は少女の兄から銃を向けられた。前にもそんな事があったから、どうせ俺がどんなに良い事をしても、誰も分かってはくれないと諦めていた。
なのに君はこんな俺を身を挺してまで庇ってくれて、「友達」とさえ呼んでくれた。
その時、俺は気づかされたんだ。自然哲学者の全てがヴィクターの様なクズではないと。君の様な良い自然哲学者もいるのだと。
俺は、自然哲学者を一方的に断罪してきたが、それは間違いだったのだと後悔した。
本当は今日、君に全ての真実を告げるつもりだったんだ。
俺は君の友達になる資格なんてない。だが、たとえ君に罵られ殺されたとしても、俺は君の事を友達だと思っている」
語り終えた俺はファラデーの目を見て言った。
「もはや言う事はない。どうか君の手で殺してくれ。たとえ偽りだったとしても、君が俺を友達と呼んでくれただけでもう充分幸せなんだ。もう悔いはない…」
ファラデーは無言で撃鉄を起こし引き金を引いた。ハイド・パークに銃声が鳴り響いた。審判の時が訪れたのだった。
怪物は…死んだ……
…いや、死んだ訳では無かった。
怪物は生きていた。新たに負傷してもいなかった。
ファラデーは頭上に向けて銃を放っていたのだった。ファラデーの手は震えていたし、銃をまともに持った事もなくて、狙いが外れたのだろう。
「…君の綺麗な手を、俺の呪われた血で汚すわけにはいかないよな。俺自身で、俺の忌まわしい生命を絶とう。君の手は汚さない。だから離れてくれないか」
俺はそう言って、自らの心臓を貫くために右の拳を構えた。
「死ぬな! 君は、生きていいんだ。君は今の銃撃で、一度死んだ。そして、また生まれたんだ!」
ファラデーはそう言いながら俺の腕を押さえていた。
「……君は、俺を許してくれるのか?」
俺は彼の目を見つめた。ファラデーがいつもの優しい声で言った。
「困った時に力になるのが、真の友だろう? You are my friend! (君は友達だ!)」
俺に差し出されたその手には、『モラリア』第一巻が握られていた。それは、「似て非なる友について」のエッセイが含まれた本。俺が最後にファラデーにあげようとした誕生日プレゼント。
「Friend...Good! (トモダチ...イイ!)」
感極まった俺の口からは、そんな片言な言葉しか出てこなかった。どんな言葉でもこの感謝を表現できなかった。
「本当は…本当はまだ生きていたかった…君と友達になって…普通に本の事を喋ったりしたかった…」
ファラデーも本心を打ち明けた。
「私も他の人と同じ様に、最初、君を見た時は怖くて、お礼の言葉が出なかったんだ。君が拾ってくれたノートのおかげで、私は夢だった王立研究所に務める事も出来た。だから、3月に君に再会できた時は、本当にうれしかったんだ。これであの時のお礼ができるから。
それに君が本を読んでいる時、純粋な好奇心をもった目をしていたんだ。私は君の姿に小さい自分を重ねて、他人だとは思えなくて…。君は私に救われたと言ってくれたけど、私も君に救われたんだ。互いに救われているんだから、君と私は対等の友達なんだ」
Fiend get a friend.
悪鬼は友達を得た。
Monster was rescued.
怪物は救われた。
その瞬間、俺の閉ざされ続けた目が開かれた。
俺の心の中では、涙が溺死しそうなほど溢れていた。しかし現実は、怪物の目からは鱗はおろか、涙の一滴すら出なかった。涙はもう北極点で一度死んだ時に枯れ果てていたから。
それは、天使ファラデーの弱さが、怪物の悪魔的な強さを打ち破った瞬間だった。
***
It's alive!
そいつは生きていた!
He's alive!
彼は生きていた!
ゲンファータは、ハイドパークの草むらに隠れて、怪物とファラデーの様子を見て驚いた。
天使と悪魔が互いに傷ひとつなく仲睦まじく話している。
俺は呆然としていた。
何故、怪物が生きている?
だがウィリアムは、義姉さんは、兄さんは、アイツに殺された。
アイツはただの殺人鬼…悪鬼、怪物のはずだ。
だが、ファラデーと話す様子は、ただの温厚な人間としか思えない。
…ド・ラセーやマリアの言うように、本当に優しい怪物なのか?
…これ以上復讐を続ける事に、意味があるのか?
俺は…俺はどうすれば…いい?
草むらに隠れ、隣で様子をみていた警官が訝しんだ。
「殺人鬼なんてどこにもいないではないか。君の言う二人は仲良く話しているだけだ。多分、友達なんだろう」
だがゲンファータに警官の発言を聞いている余裕はなかった。
「君、聞いているのかね。ちょっと錯乱しているんじゃないか? 阿片でもやってる訳じゃないよな?」
警官が軽くゲンファータを揺さぶると、彼は気を失って倒れた。
もう一人の怪物は、今までの無理がたたり、高熱を出していた。