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Re^2 (Rescuer); of the Frankenstein's Monster  作者: 刹多楡希
第2部 Regain × Resolution(回復×決心)
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12. Rescuers of the Maria

12. Rescuers of the Maria

(マリアの救済者達)


The feelings of kindness and gentleness which I had entertained but a few moments before gave place to hellish rage and gnashing of teeth. Inflamed by pain, I vowed eternal hatred and vengeance to all mankind.


さっきまで抱いていた親切な優しい気持は、悪鬼のような激怒と歯ぎしりに変った。苦痛に煽られて、俺は、人類に対する永遠の憎悪と復讐を誓った。


Mary Shelley ”Frankenstein; or The Modern Prometheus” Chapter 16 Monster's Recall


メアリー・シェリー 『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』 第十六章 怪物の回想



 ゲンファータは、時々Fiend(悪鬼)が跡をつけていないかと振り返り、敗北感を味わいながらロンドン郊外の宿に帰った。

しかし彼は孤独ではなかった。彼には妻子がいた。家族が怪物によって殺され、戦友の大半はロシアで死んだ今、唯一の希望だった。

 妻マリアは俺の異常さに気付き、何が起こったのかを尋ねた。俺は今まで彼女に真相を告げていなかったが、もはやごまかす事は出来ない事を知り、真相を告げる事にした。

「君には言っていなかったが、俺はただ単に傭兵をしていただけではなく、ある目的があったんだ。それは家族を殺した奴への復讐だ」

マリアは驚いたが、夫の行動の裏に何かがあるとは前から思っていた。

「誰に復讐をするんです? その人は何をしたの?」

「あの人でなしは、俺の大切な家族を奪った。兄弟、従兄弟、友人を。俺はフランケンシュタイン家のただ一人の生き残りだ。そういえば、今まで、ゲンファータと名乗っていたが、本当の姓はフランケンシュタインなんだ。もう元の名前に戻るつもりはないが」

「名字さえ捨てて、その人を探すために、怪しい場所を巡っていたのね」

「そうだ。その悪魔が生きている確信はあったが手がかりが少なかった。ようやく居場所を探し出し、今日、アイツと対峙した」

マリアは改めてゲンファータを見回した。服が乱れているのは、その相手と戦ったからだろう。

「…復讐は成功したの?」

俺はうなだれた。

「…いや失敗した。アイツに傷一つ付けられなかった」

「逆にあなたが殺されなくて良かったわ。逃げてきたのね。傭兵のあなたが勝てないなんて、その人は怪物のように強いのね」

俺はマリアが先ほどから抱いている誤解を解くことにした。

「信じられない話かもしれないが、アイツは本当に人間じゃない。兄さんが創った怪物なんだ。その姿は見るだけでおぞましくて、継ぎはぎだらけの黄色い皮膚に、黒い髪で…」

その時、マリアがポツンと言った。

「茶色く潤んだ瞳」

俺は驚いた。

「なぜ、知っているんだ? まさか、この近くに来たのか? アイツは俺を殺す前に、君を殺す気だ!」

そう叫ぶと俺は部屋の扉に鍵がかかっている事を確認し始めた。

「落ち着いて。怪物みたいな人は見ていないし、そもそもこの宿には誰も来ていないわ。紅茶でも飲んで一息つきましょう」


マリアは、紅茶の入ったマグカップを俺に差し出すと話を続けた。

「私が、見たのは、もっと昔の事よ。そう小さい頃、お父さんと遊んでいて川に落ちて溺れかけた時の事。私を救ってくれたのが、その人なのよ。お父さんは私が怪物に襲われそうになっていた所を助けたといっていたけれど、その怪物は私に危害を加えるどころか、むしろ助けてくれたのよ」

 俺は、ウォルトンからその話を聞いていたが、怪物の嘘だと思っていた。本当はその少女を苦しめるか殺すつもりで、運よく父が見つけ失敗したのだと考えていた。

その話はとても記憶に残っていた。なぜなら、俺は何度も少女と弟ウィリアムを比較したから。少女の父の様に、ウィリアムが死んだあの日、俺がもう少し早く見つけられれば少女のように殺させずに済んだと何度も何度も後悔したからだ。

だから、マリアの優しい声を振り払うかの様に俺は否定していた。

「嘘だ! 怪物は君を殺そうとしていたんだ!」

珍しく温和なマリアが反論した。

「嘘じゃないわ! それにその時だけじゃない。多分、あなたが初めて私を助けてくれた時もよ。あなたは川岸で意識を失った私をド・ラセーおじいさんの所に連れて行ってくれただけ。その前に既に溺れていた私を救ってくれたのも、優しい怪物さんです! 姿も少しだけ見たし、『俺は怪物だ。さらば!(I'm monster. Farewell!)』 という声も聞いたわ」

俺はまたしても驚いた。

「まさか。あの時逃げた影はアイツだったのか。だが、確かに俺がアイツを見つけたのは、そこから遠くない場所、遠くない時間だ…。いや、だがアイツはまたしても君を殺そうとしていたんだろう」

だが、マリアは引き下がらず、更に続けた。

「ド・ラセーおじいさんも私が来る前に怪物と話したって言ってたわ。家の近くに住んでいて、影で、薪を割ったりして、おじいさんの家族を助けてくれていたって。フェリックスさん達が追い出してしまったけれど、もう一度会ったら謝りたいって最後まで後悔してたわ」

ウォルトンから聞いたド・ラセーと怪物の交流を俺は思い出していた。

「ド・ラセー老人は、そんなことを思っていたのか…。俺には怪物の存在さえ何度聞いても話してくれなかったのに…」

今度はマリアが驚く番だった。

「なぜあなたがおじいさんと怪物が知り合いだと知っているの? これはおじいさんとの二人だけの秘密のはずなのに」


何故知っているのか。

ウォルトンがヴィクターから聞いた話には、怪物が悲しんだり憐れんだりした話も含まれていたからだ。

だが、それは怪物の単なる口車で、本心は悪しかないのだと俺は考えていた。ただ単に怪物の行動方針や行先の手がかりを得るための情報でしかなかった。


だが、俺はその事を言えなかった。マリアがそれを知ってしまったら怪物を更に庇うだろうから。俺の復讐の意味が無くなる気がしたから。

「あの話は本当だったのか…。アイツは本当に誰からも…だがアイツは俺の家族を奪った…」

俺はマリアに答えるのではなく、独り言の様に呟いていた。


マリアの父に肩を撃たれた時の、怪物の言葉が俺の頭に響いていた。


『さっきまで抱いていた親切な優しい気持は、悪鬼のような激怒と歯ぎしりに変った。苦痛に煽られて、人類に対する永遠の憎悪と復讐を誓った』


怪物は、自らの善行を悪意で返されて、人類を憎悪する様になったとウォルトンは言っていた。俺はその言葉を少しも信じていなかったが、本当にそうだったのかもしれない。


マリアと同じ様に溺れていた娘を怪物に救ってもらったスタール夫人の言葉が俺を苛んだ。

「いくら醜いからって、怪物と間違えるのは酷すぎるわ。全く、男も女も容姿ではなく中身が大事だと何度も言って聞かせたのに…」

更に追い討ちをかける様に、怪物を信頼するファラデーの言葉がこだました。

「あなたの方こそ、人を見た目でしか見ていないんじゃないんですか! 彼は、優しい心の持ち主です」


俺の心は、マリアから明かされた衝撃の事実に揺さぶられていた。

怪物がいなければ、兄さんやウィリアム、家族が壊滅する事はなかった。

だが、怪物がいなければ俺の妻マリアはこの世にいないだろう。そして、俺の息子ウィリアムも。

怪物は、俺から家族を奪い、俺に新しい家族を与えた。

怪物は善から悪に堕ちてしまったのか?

だが俺は…


 しばらくして、沈黙を破ってマリアが尋ねた。

「…まだ、あの人を殺す気なの? 確かに許すのは難しいかもしれない。けれど、復讐を遂げる事に意味はあるの?」

「意味は…ある。アイツに復讐しなければならない。アイツを殺さないと…兄さんが浮かばれない」

「…誰かが受け入れてくれたら、怪物さんも罪を犯さなかったんじゃないの?」

田舎の聖母(Rustic Maria)救済者マリアは二人の間の子供ウィリアムを抱き上げた。

「もし、ウィリアムが皆から虐められて誰も救いの手を差し伸べなかったら。怪物の様になってしまうんじゃない?」

アーネストはマリアとウィリアムから目をそらして叫んでいた。

「あいつは人間じゃない! ウィリアムとは違うんだ! もう何も言わないでくれ!」

何かが壊れる音が響いた。俺は、マリアに渡されたマグカップを握り潰していた。自らの血で手が真っ赤に染まっていた。一瞬マリアと目が合った。マリアは、今まで一度も見せた事のない怯えた目をしていた。

その目は、まるで凶暴な怪物を見るかの様で。


そんな目で俺を見るな!

俺は…俺は…怪物じゃない!



俺はマリアの視線に耐え切れず、宿から逃げ出した。

ロンドンを意味もなく駆け続けながら、思い出したくなかった幼少期の記憶が蘇っていた。


 幼い頃の俺は病弱で、外に出て日の光を浴びる事も出来ず、真っ白で不健康そうな見た目だった。そんな容姿だったから、吸血鬼、怪物だとからかわれた事も何度もあった。

 兄さんの薬を飲んで身体も少しずつ強くなり、外に出る事が多くなったある日、俺は不良少年たちに絡まれた。

 不良少年達にとって、身体の弱い俺は絶好のからかい相手だった。その日は、不良少年達に囲まれた中で、リーダー格の少年と、決闘と言う名の一方的な暴力を受けていた。


 リーダーは身体が大きく力が強くて、俺が歯が立ったことは一度もなかった。

 だが、その日は身体が強くなったせいか、いつもより痛みを感じなかった。

代わりに感じたのは怒りだった。

 なんで、お前だけがこの世の創造主から愛された健康な肉体を持つだけじゃなく、なんで俺はこんな弱い体で、友達もいないんだ。 

何でお前だけが幸せなんだ? ナンデ オマエダケ シアワセ? オマエダケ…


俺は嫉妬に駆られて、思わず、ソイツの首を掴んで絞めようとしていた。

俺にそんな力なんてない筈だった。

なのに、気づいたらソイツは、血を流して倒れていた。

取り巻き達は、俺を「人殺し」だといいながら怯えて逃げていった。


…死んだのか。俺が殺したのか?


我に返った俺は、アダムを殺したカインの様に、自らの罪に怯えた。


そこに現れたのは俺を迎えに来たジュスティーヌだった。

倒れた少年の傍らに呆然と血まみれの手をした俺を見て、彼女は一瞬だけ怯えた目をした。

その怯えた目を俺は、忘れる事は出来ない。


 すぐに、ジュスティーヌがその少年の介抱を行い、少年は意識を取り戻し、生命に別状はなかった。俺が爪で首を引っ掻いてしまって皮膚の表面から血が出ただけで、後遺症などもなかった。


 ジュネーヴでは父さんがある程度の地位を得ていたし、前から少年の悪行が目立ってた事もあり、俺は何の罪にも問われなかった。

母さんや義姉さんは、暴力はいけないと諭したが、暴力を振るった俺におびえる事はなかった。

クラ―ヴァルさんや兄さんは、大っぴらではないが、俺の事を英雄だと褒めてくれたりもした。


その事件以来、俺をからかう奴らはいなくなった。だが、皆俺を怖がって、裏では怪物扱いしていた。

周りの子供たちは話せば応じてくれるが、友達にはなってくれなかった。


それでも、兄さんや義姉さんは俺をいつでも気にかけてくれていたし、俺は一人ではなかった。

更に、弟ウィリアムの面倒を見る様になってから、俺にも友達が出来る様になった。俺は幸せだったのか。


だがもしも俺が…本当に一人で。父さんや母さん、義姉さんや兄さんすらいなくて。

誰も守ってくれなかったら?

俺はどうなっていた?


俺は…

俺は…怪物になっていたのか。


一歩間違えば、誰も認めてくれる人がいなければ、俺は怪物になっていたのか?


俺は怪物なのか?

Am I Monster?


…違う…違う!


俺は… 俺は人間だ!

アイツが怪物だ!


そうだ!

どうせ怪物がマリアを助けたのなんて何かの気まぐれだろう。たかだか二、三の善行で、お前の罪が許されると思っているのか!


 たとえ、マリアのいう事が本当だったとしても、もう手遅れだ。審判の時は来た。

 俺は、怪物と親しい王立研究所の助手ファラデーに、怪物の正体を暴露してやった。

 今頃、その人間と怪物が殺し合い、どちらかあるいは両方が死んでいるだろう。

 怪物が彼に殺されたなら、俺の復讐は終わりだ。自らの手で殺せなかったのは悔しいが、兄さんや家族も許してくれるだろう。

 もし、逆にあの助手が怪物に殺されたら? 怪物をまがりなりにも受け容れてくれた人間を殺したんだ。マリアも、もはや庇いだてはしないだろう。

 だから、俺が代わりに怪物を殺してやる。何れにせよ、怪物は自らの罪により死ぬ運命だ。


俺は彷徨い歩くのを辞めて、辿り着いたウェストミンスター橋の上で、一人笑い声をあげていた。


「君、こんな時間に、そこで何をしているんだ!」

警官に呼びかけられて、俺は物思いから現実に戻った。

 警官か…。こんな夜中に一人で笑っている俺を見て訝しんだのだろう。

 適当にごまかすか……いや、そうだ!

今からハイド・パークに戻り、怪物がファラデーを惨たらしく殺す様を、この警官に陰から見させてやろうではないか。

そうすれば、怪物はもうれっきとしたお尋ね者だ。

俺だけでない。ロンドン中の人々が怪物を否定する。もはや逃げることは出来ない。

俺は無意識のうちに、怪物の様な笑みを浮かべていた。


「警察の方ですか、申し訳ありません。命からがら、殺人鬼から逃げてきた所で…気が動転していたんです。お願いです。仲間を置いて俺だけ逃げてしまったんです。助けてください」

警官は、俺のボロボロな身なりに加え、手から流れた血を見て、信用した様だった。

「現場はどこだ! 案内してくれ!」

 俺は警官を連れて、ハイド・パークへと戻り始めた。


 怪物よ。お前はもうすぐ全ての人類の敵となるのだ。

 そして、俺は人類の敵である怪物を殺し、英雄になる。

 

 誰も優しい怪物の物語なんて求めていない。人々が求めるのは英雄が怪物を倒す物語だけだ。

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