11. Resistance_2 (Resistance to Resistance)
11. Resistance_2 (Resistance to Resistance)
(反抗への反抗)
That we were formd then saist thou? & the work
Of secondarie hands, by task transferd
From Father to his Son? strange point and new!
Doctrin which we would know whence learnt: who saw
When this creation was? rememberst thou
Thy making, while the Maker gave thee being?
我々は造られたものだと言うのか? その創造は
二番目の手の者によって行われた、つまり移された
父からその子へ、と言うのか? 奇妙かつ斬新な意見だ!
その教義をお前がどこから学んだか知りたいものだ! 誰が見ていた?
創造が行われている様を。 思い出せるのか?
お前が造られた、創造主が生命を与えた時を。
John Milton ”Paradise Lost” Book V 850-855 line Satan's words
ジョン・ミルトン 『失楽園』 第5巻 850-855行 サタンの台詞
アーネスト・フランケンシュタインは、自らの半生を話し終えた。
その復讐の物語を聞いた怪物は、改めて自分の業の深さを思い知らされた。
怪物の行為が、新たな怪物を生み出してしまった。
怪物は自らの悪業を後悔し、心の底から謝った。
「…すまない。俺は、ヴィクターに復讐するためとはいえ、罪のない者達を殺した。その結果、フランケンシュタインの生き残りである君に多大な苦痛を背負わせてしまった」
襲ってきた瞬間に撃ち殺すつもりで身構えていたアーネストは、意外な返答に驚いた。
「…謝るというのか?」
怪物は、アーネストの目を見つめて頷いた。
「怪物が謝るって?…ハハハ…何かの冗談だろう? お前は極悪非道の怪物で、謝ることはおろか、罪悪感すら感じていないんだろう?」
アーネストは、怪物を睨んだまま空笑いを続けていたが、怪物は動じずに懺悔を続けた。
「…すまない。君には信じられないだろうが、俺は罪悪感は感じていた。ウィリアムを殺したあの瞬間から…」
「黙れ! お前がウィリアムの名を口にするな! 口では何とでもいえる! 謝るというのなら、態度で示して見せろ!」
怪物の言葉を遮ってアーネストは再び銃を構え直して睨んだ。
「…そうだな。どんなに懺悔をした所で、罪は消える事はない。…俺を撃ち殺してくれ。俺は抵抗しない」
怪物は、無抵抗のしるしに手を後ろに回し、アーネストを見つめながら思っていた。
いずれにせよ、俺はファラデーに真相を話して死ぬつもりだった。だから、ここでフランケンシュタイン家の生き残りの彼に殺される事で、彼の苦しみが少しでも和らぐならそれで構わない。せめてもの償いだ。
「…本気なのか?」
アーネストは、無抵抗の怪物を前にして少し動揺した。
だが俺は半信半疑ながらも軍人として訓練された機械的な動作で怪物の脇腹を撃っていた。怪物が襲って来た時を想定して、次の銃の準備も万全にしたままで。
しかし、怪物の反撃はなかった。怪物は本当に抵抗せず、脇腹を銃弾が貫いていた。
そして、怪物は痛みを抱えながらも、謝り続けた。
アーネストは、その光景に一歩後ずさった。
おかしい。こんなはずじゃない。
生死をかけた死闘の末にようやく怪物を殺せると考えていた。怪物を殺せるのなら、俺は死んでも一向に構わなかった。運が良ければ生き残れるぐらいの気持ちだった。
もし更に幸運が訪れて、怪物を無力化することが出来たら、さんざん甚振ってから殺そうと後ろ暗い想像も何度もした事がある。
今の状況なら、怪物の四肢をもぎ、甚振りながら、殺す事ができるだろう。
俺は復讐を遂げられる。
まずは足を撃って、逃げれないようにしよう。俺は自分自身に言い聞かせて、怪物の足に狙いを定めようとした。
その時、怪物の友達と言っていたファラデーと目が合った。彼の悲しそうな瞳は、怪物を許して欲しいと無言で訴えていた。
俺は怪物を倒す英雄であるはずだ!
だが、ファラデーの視線は、まるで俺の方が怪物だと言っているようだった!
俺にはファラデーの視線が耐えきれなかった。
それは、天使の様な純粋な視線だった。
たとえ憎い怪物だと分かっていても、後悔している存在が苦しむ様を見るのは良い気持ちではなかった。
数多の戦場で、人と戦い殺し続けたからこそ俺には分かる。これ以上怪物を苦しめるのは戦いでも処刑でもない。単なる虐殺だ。
虐殺の虜になった兵士の末路は嫌となるほど見てきた。
俺は…俺は虐殺に憑りつかれた怪物になりたくない。俺は英雄でいたい。…いや人間でいたい。
次の一撃でもう殺そう。この銃で、怪物の頭を粉砕させて終わりだ。
もう悪夢は見たくない。それで許してくれるだろう…兄さん?
兄さんに呼びかけて俺はふと気づいた。さっきから怪物はウィリアムやエリザベス等に謝ると言っていたが、兄さんについては一度も聞いたことがない。
「兄さんは? 兄のヴィクターには謝らないのか! お前の創り主にひざまずき懺悔しろ!」
怪物は、ヴィクターという言葉にはっとした。
今までウィリアムやアーネスト達犠牲者への懺悔の思いでいっぱいだった。
だが、ヴィクターに対しては、謝る事などできなかった。
俺は確かにアイツを苦しめた。
アイツは、きっと他の人々には優しかったのだろう。今ここにいる弟アーネストにも。
だが、アイツから俺が受けた苦しみは、決して癒える事はない。
ヴィクターは俺を勝手にこの世に生み出しておきながら、俺の事を決して認めなかった。
俺が何をした?
ヴィクター、アイツは俺を否定した。
ヴィクターの周囲に不幸をまき散らしたのは事実。
自然哲学者の全てが悪ではないのも事実。
だが、ヴィクターに、アイツにだけは屈するわけにはいかなかった。
怪物はアーネストの返答に答えていた。
「ウィリアムやエリザベスら、俺が傷つけた犠牲者には本当に心の底から謝る。だが、ヴィクターにだけは謝らない!」
アーネストは激怒し叫んだ。
「なぜ兄さんには謝らない! 兄さんは、お前を創造した本人だぞ! 被造物の分際で、創造主を殺して謝らないだと! 跪け! さもなくばお前を裁く!(knien oder strafen)」
そして叫ぶと同時に引き金を引いていた。
怪物の目には、アーネストがヴィクターに見えた。
あのヴィクターが俺に跪いて死ねと命令している気がした。
ヴィクター…俺の創造主。
『失楽園』のサタンは神が自分達天使を造ったのではないと豪語した。
俺はヴィクターに造られた事を否定はしない。
しかし俺は、元は誰かの足だったが、今は自分のものである足で自らの道を歩んできた。
人間には罵倒され、裏切られてばかりだったが、わずかな友達もできた。
俺が感じた悲しみ、憎しみ、喜びも、俺が得た友も罪も、全ては俺が歩んだ道だ。
俺の創造主が歩ませた道ではない。
俺の身体を造ったのは確かにヴィクターだ。
だが俺の心を造ったのはヴィクターではない!
俺の心を造ったのは、俺自身とそして数人の友達だ!
俺はヴィクターにだけは屈しはしない。
My puissance is my own.
俺の力は俺自身のものだ。
I live by my puissance.
俺は俺自身の力で生きている。
I'm not a your possession!
俺はお前のモノじゃない!
俺の身体は勝手に動いていた。目前に飛んで来た弾丸を左手の平で握りつぶし、全速力でヴィクターの元に駆けて、その銃を払い落とした。
神の雷を失った、ヴィクターは叫んでいた。
「謝るなんて…やはり嘘だったんだな…俺も殺すのか? ハハハ! これでフランケンシュタイン家は全滅という訳だ!」
俺は、ヴィクターの心臓を穿つために左腕を振り上げた。その拍子に外套から何かが落ちた。
それは一本の折れたロウソクだった。
友達のファラデーからもらったもの。俺が見た天使のヴィジョンが壊れていた。天使ファラデーの悲しげな顔が俺の視界に入った。
その瞬間、俺は正気にかえった。
俺の目の前にいるのは憎き俺の創造主ヴィクターではない。ヴィクターの弟、憐れな被害者のアーネストだ。
創造主に抗い(Resistance)アーネストを殺そうとした左手に、右手が抵抗(Resistance)した。
自らの右手が正しい事を教えてくれた。(My own right hand shall teach me highest good deeds)
俺は、振り上げた左腕を降ろして少し落ち着きを取り戻し、後ろに下がりアーネストと距離を取った。
「君の家族を破滅に追いやった事は、俺の罪だ。もう決して人間に危害を加えないと誓おう。だが、たとえ地獄の苦しみを受けつづけるとしても、俺はヴィクターにだけは屈するつもりはない」
アーネストは立ち上がり、捨て言葉を残して消え去った。
「怪物の言う事など信じられるか! 今は退いてやる。だが、いつか必ずお前を殺すからな!」
怪物は複雑な思いで、闇に消えるアーネストを見つめていた。
「Are you my fiend? (君は悪鬼なんですか?)」
背後から響いたのは悲しみと冷たさが込められたファラデーの声だった。
その質問と、以前ファラデーが尋ねた「Are you my friend? (君は友達ですよね?)」との違いは、Rの有無だけ。
悪鬼(Fiend)とは、R(Right:右、善)の失われた友達(Friend)を示す言葉。
それは、ヴィクターに、多くの人々に何度も何度も言われ続けた罵倒の言葉。
だが、ファラデーにだけは一度も言われなかった言葉。友達(Friend)とは何度も呼ばれたのに。
今まで何度も言われてもう慣れてしまった罵倒の言葉なのに、ファラデーの口から出たその言葉は俺の心に深く突き刺さった。
俺が背後を振り返ると、ファラデーが銃を向けていた。その姿は、サタンに最期の審判を下そうとする天使ミカエルの様に眩しかった。
天使マイケル・ファラデー いや 俺の友達マイケル・ファラデー。
こんなに優しくて神々しい天使に裁かれるなら、俺はもう思い残す事なんてない。
だがせめて最後に、俺の本当の思いだけは伝えさせてくれないか…




