10. Reload of Heracles from Styx or Beresina Liver
10. Reload of Heracles from Styx or Beresina Liver
(ステュクス川、あるいはベレジナ川からのヘラクレスの再責任/再装填)
And I call on you, spirits of the dead, and on you, wandering ministers of vengeance, to
aid and conduct me in my work.
Let the cursed and hellish monster drink deep of agony; let him feel the despair that now torments me.
そして君ら、死者の霊よ、彷徨える復讐の僕たちよ、なにとぞ我が行いを助け、導き給え。
呪われた地獄の怪物に苦悩を深々と飲ませ、今この身を苛む絶望を彼にも味わわせ給え
Mary Shelley ”Frankenstein; or The Modern Prometheus” Chapter 24 Victor's words
メアリー・シェリー 『フランケンシュタイン』第24章 ヴィクターの言葉
アーネスト・フランケンシュタインはそこで話を中断し、怪物に向かって叫んだ。
「だがお前は死んでいなかった! そう、身代わりを用意してラプラスを騙していたのだ。狡猾なサタンの様にな!」
怪物は、身代わりを用意するつもりなどなかったと弁明しようとしたが、ゲンファータはそれを遮って話を再開した。
それからしばらくは、俺は偽りの平穏をむさぼっていた。怪物を殺す重荷をもう背負う事はないと思っていた。
1812年6月、ナポレオンは大軍を率いて、ロシアを征服するためモスクワに遠征した。偽りの平和をむさぼっていた俺もスイス傭兵としてついていった。
この戦いが終われば、ナポレオンによる自然哲学の帝国が完成したはずだった。
俺たち大陸軍はボロジノの戦いで、ロシア軍を撤退させ、9月半ばには首都モスクワを占領した。ここまでは順調だった。しかし、モスクワを占領しても、アレクサンドル1世を始めロシアの主要な人物は健在で、もう一つの首都サンクト・ペテルブルクも未だ占領されていない事もあり、ロシアは降伏しなかった。
予想よりも早い降雪のせいで、10月半ば、ナポレオンはモスクワから撤退を決めた。そこから、冬将軍と追撃するロシア軍から逃げ続ける悲惨な敗走が始まった。
俺たち大陸軍は、もはや生ける屍の行列に過ぎなかった。
逃走中のある日、俺は敗残兵を見つけた。彼は、死ぬほどの負傷はしていなかったが、もう歩く気力がないらしい。俺は兵士に名前を聞いた。
「…ヴィクトル・ポンスレです。私の事は構わず先へ行って下さい」
ヴィクトルという名前に加えて、自然哲学者らしい雰囲気、エコール・ポリテクニークの学生だったのだろうが、兄さんに似ていて俺は他人とは思えなかった。本当は彼を背負って逃げたかったが、俺にもそんな余裕は無かった。
「すまない。俺にもお前を背負って歩くほどの体力はない。僅かだが、食料を置いていく。捕虜になっても生きて帰って来るんだ!」
俺はなけなしの食料を置いて、その場を立ち去った。
11月のベレジナ川での戦いはその中でも、一番悲惨だった。ヴィクトール・ぺランの指揮の下、俺達スイス傭兵は殿軍を努めた。冷たい川の中に入って橋を組み立てる工兵達や他の兵士を守りつつ、背後から迫るヴィトゲンシュテイン等が率いるロシア軍を向かい討った。
今までの知り合いが目の前で次々と死んでいった。ついに俺達の部隊も耐え切れなくなり、撤退する事になった。
俺は、ベレジナ川にかけられた橋に向かった。橋の上は兵士たちが殺到して非常に混雑していた。俺が橋の近くまで来た時、ふと向こう岸を渡ろうとする小船が見えた。船には女性が乗っていて、対岸にいる男性に向かって「アデュー」と別れの挨拶をしていた。男性の方は、確かフィリップといったか。何度か顔を見た事がある。二人が再会できればいいと俺は願っていた。
どうにか俺は橋を渡り始めたが、重さに耐えきれなくなった橋が壊れて俺は冷たい川へと落ち、そのまま意識を失った。
朦朧とした意識の中、聞こえてきたのは歌だった。
Unser Leben gleicht der Reise
Eines Wandrers in der Nacht;
Jeder hat in seinem Gleise
Etwas, das ihm Kummer macht.
私達の人生は旅の様なもの
孤独な闇の放浪者。
誰もが、それぞれの道を行き
様々な悲しみに遭う。
Karl Ludwig Giesecke “Beresinalied”
カール・ルートヴィヒ・ギーゼッケ作詞 『ベレジナリード』 最初の一節
それは、スイス傭兵仲間の誰かが歌っていた歌。
嘆きの川コキュートスの流れに身を任せ、俺はその心地よい歌を聞いたまま、仲間の所へ行きたいと思った。
そのまま再び意識を失いかけた俺だったが、左腕に激痛が走り、意識がはっきりした。左腕の一部が銃創で変色し、へこんでいたのだった。
そういえば、昔戦ったアイゴールと名乗る盗賊の腕もこんな感じだった。
何かが引っかかり、俺は、忘却の河レーテに流されそうになりながらも、頭の中の記憶を振り返っていた。あるいは走馬燈だったのかもしれない。そして気づいた。
ラプラスの元で見た、砲撃後の怪物と思われる死体の記録と、アイゴールの腕が同じことに。
つまり、砲撃で死んだのは怪物ではなく、盗賊アイゴールだ!
そう、怪物、お前は死んでいなかった!
「アイツは死んでいない! アイツは生きている!(It is alive!) アイツを殺さなければ!」
死にかけた俺は、叫びながら、復讐の念で目覚めた。俺は、アケロン川で死へと誘うカロンをヘラクレスの様に追い払った。
こんな所で死んでなどいられない! いや俺が既に死んでいたとしても、屍になってでも怪物を殺さなければならない!
俺はアイツを殺さなければならない。それまでは死んでも死に切れない。
それにもう兵士の仲間もいない。皆死んでいった。今まで好きだった兵士としての生き方がもうどうでも良くなった。
俺には、兄さんの夢をかなえる事は出来ない。だから、兄さんの悪夢を払う事だけはせめて行ってみせる。たとえ死が待っていようとも、俺は、プロメテウスを苦しめ続けるハゲタカを殺す。
俺は岸に向かって泳ぎ続けた。今や感覚が戻り始めていて、冷たい川の水は、火傷するかの様に痛かった。火の川プレゲトーンを泳いえでいるようだった。だが、俺の復讐の炎は、火の川でさえ涼しいと感じるほどだった。
ステュクス川を泳ぎ切った俺は、岸辺へと辿りついた。
そこで、俺は怪物、お前を殺す重荷を再び背負い(reload)、お前を殺す復讐の弾丸を再装填(reload)した。
そこから数ヶ月かけて、俺はジュネーヴに戻ったが、そこに怪物の手がかりはなかった。
パリに行き、ラプラスなどにも尋ねたが、重要な手がかりはない。
ただ、イギリスに怪物らしき存在が渡ったらしいという情報を頼りに、俺は海を渡った。
イギリスとフランスは戦争中だったし、俺も敵国のイギリスに渡る気などなかったが、もう俺はナポレオンの大陸軍の兵士に戻るつもりはなかった。俺は、ただ怪物の復讐の事だけを考えていた。
ようやく、イギリス・ロンドンにたどり着いた俺は、自然哲学に関する施設や人物を訪ねつつ、怪物を探した。一度王立研究所も尋ねたが、その時は、怪物を見逃した。怪物、お前はそこの助手に上手く取り入って、隠れていたというのに、俺は見抜けなかった。
怪物が目と鼻の先にいると言うのに、俺は見つけられず途方に暮れた。そんな時に、聞いたのが、ラダイトの指導者が怪物だったと言う噂だ。俺は、その噂にお前が関わっている予感がして、即座にラダイト運動が盛んだったウェスト・ヨークシャーに向かった。
そして、そこで怪物が本当に指導者だった事を知り、更にロンドンの王立研究所に向かっている事を聞いた。
俺はロンドンに戻り、そして、王立研究所へ向かう助手のファラデーの跡をつけて、ついにお前を見つけた。
今こそ、たった一人のフランケンシュタイン家の生き残り、アーネスト・フランケンシュタインが怪物に復讐を遂げる時だ。