7. Revengers; or the Monster and Frankenstein
7. Revengers; or the Monster and Frankenstein
(復讐者たち; あるいは怪物とフランケンシュタイン)
Miserable himself that he may render no other wretched, he ought to die.
The task of his destruction was mine, but I have failed.
惨めな怪物は、これ以上他者に不幸をまき散らさない為に、死ぬべきなのです。
怪物を滅ぼすのは私の義務でしたが、私には果たす事が出来なかった。
Mary Shelley ”Frankenstein; or The Modern Prometheus”
Walton's letter description of 9/12 Victor's words
メアリー・シェリー 『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』
ウォルトンの手紙 9/12の記述 ヴィクターの台詞
怪物が堕落してから10日目の事、怪物がファラデーに真相を話す決意をしたのは、9/22の朝の事だった。
その日は、ファラデーの誕生日だった。俺は、最期にせめて友達として誕生日を祝ってから真実を告げようと思った。「似て非なる友」の俺には、本当はそんな資格なんてなかったのだが。
しかし、ファラデーの誕生日を祝おうと思っても、俺にはお金も持物もほとんど無かった。だからといって、人から盗んだり脅したりして得たお金で買った贈り物をあげてもファラデーは喜ばない。
俺は、自分の外套のポケットをひっくり返して、あげられそうなものを調べた。ヴィクターの日記もあったが、これはあげても仕方がないだろう。それに、彼にだけはこの日記は見せたくなかった。俺の醜い創造過程が書かれたこの日記を。
俺は持っていたプルタルコスの『モラリア』第一巻を上げる事に決めた。「似て非なる友について」のエッセイが含まれた、俺の親友エーイーリーがかつて持っていた本。俺にとっては大切なものだった。
だが、真実を告げてもうすぐ死ぬ俺には、友達の見分け方を書いたこの本は必要ない。
俺みたいな偽物の友にさえ優しく接してくれたファラデーにこそ必要なものだ。
そして、俺はファラデーの元を訪ね、ハイドパークの人気のない場所まで連れて来た。公園に着いたファラデーはいつもの笑顔で尋ねた。
「久しぶりだね。最近見かけなかったけれど、どこに行っていたんだい?」
「ああ。少しロンドンを周ってみたくなって。所で、大事な話があるんだが、聞いてくれるかい」
俺が続きを言いかけた時、銃声が鳴り響いて肩に痛みが走った。俺はとっさにファラデーと銃撃の間に割って入った。
弾丸が飛んで来た先には人影が銃を構えていた。若い男だったが、その姿は傷だらけで実戦経験豊富な軍人だと人目で分かった。
男は、銃を構えたまま、近づいてきて、俺を睨んで叫んだ。
「呪われた呪われた怪物め!(Cursed, Cursed Creature!) ようやく見つけたぞ! 俺が誰だかわかるか?」
俺はその顔を見て驚いた。傷だらけだったが、かつて見たアイツに似た顔だちだった。
「…まさか、お前はフランケンシュタインか? だがヴィクターは死んだはず……」
その瞬間、銃弾が怪物をかすめた。若い男が2発目の銃弾を放ったのだった。
「そうだ! 俺はフランケンシュタイン家の生き残り。俺はお前の事を知っている。お前が創られた時も、お前が成した悪事もすべてだ!」
俺は、思いもかけない人物の登場に愕然とした。
俺の造り主、ヴィクターが生きていた?
彼は、北極海の船で死んだはずだ……いや、だがヴィクターが死んだとき、傍にはウォルトンがいたし、俺が死んだと思っただけで本当は生きていたのか?
ヴィクターはあれから病から回復して生き延びていたのか?
俺は思わず後ずさり、その拍子にファラデーが飛び出し、青年の目に入った。
「人間がいたのか。君に危害を加えるつもりは無い。俺はあの出来損ないの悪魔を殺しに来ただけだ。危ないから離れてくれないか」
だが、ファラデーは動かなかった。俺の横に平然と立って、軍人を見つめていた。
若い男はその様子に不審がっていたが、少ししてファラデーに問いかけた。
「…君はもしかして、王立研究所の実験助手ファラデーか?」
ファラデーは、自分の事を知っている軍人の不気味さに少しだけ怯んだが、逃げずに答えた。
「そうです。私がマイケル・ファラデーです。あなたが、私の友達を傷つけるのなら、王立研究所の力を使ってでもあなたを止めます!」
軍人はファラデーの答に納得した様だったが、不気味な笑みを浮かべた。
「やはり君がそうか。…友達? ハハハ…こいつが友達だって? こんな醜い怪物が! 王立研究所の助手が怪物と親しいとは話には聞いていたけれど、本当に親しいとはな…。怪物と人間が友達…フハハ…あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、笑いがとまらない…」
軍人は不気味な高笑いを続けていた。ファラデーは勇敢にもそれに反論した。
「あなたの方こそ、人を見た目でしか見ていないんじゃないんですか! 彼は、優しい心の持ち主です」
軍人はいきなり笑いを辞めて、俺を睨みつけた。
「コイツは、幼いウィリアムを殺した!
純粋なジュスティーヌを罠に嵌めて処刑させた!
花嫁になったばかりの若いエリザベスを殺した!」
俺が過去に犯した罪を知っている。やはり、彼はヴィクター・フランケンシュタインなのか…
軍人のいきなりの告発にファラデーは少しだけ驚いた様だった。
「…何の罪ない人々を殺したなんて、…そんなの嘘ですよね?」
俺は罪を犯していないと答えたかった。だが、ウィリアムもジュスティーヌもエリザベスも、かつて俺が殺した。今は後悔しているとしても、その罪が消える事はない。
いずれにせよ、ここに謎の軍人がこなかったとしても、俺は真実を言うつもりだった。
「…俺が過去に行った事は彼の言った通りだ。俺は罪のない人々をこの手にかけた…」
ファラデーは、俺の過去に驚いていた。だが、それでも俺を庇おうとした。
「…でも、君はきっと後悔して、改心したんだよね?」
天使マイケル・ファラデーよ、どうして悪魔の俺をそこまで信じてくれるんだ?
俺にはそんな資格なんてないのに。
軍人は、俺とファラデーのやり取りに少し驚いていたが、気を取り直し、ファラデーに優しい声で呼びかけた。
「ファラデー。こんな怪物を受け容れる君の優しさは敬服に値する。だがコイツにそんな価値はない。君は騙されているんだ。コイツは、俺の知り合いを殺した後に、自然哲学者たちを襲う事にしたんだよ。だから、君に近づいたのも、王立研究所を壊すためなんだよ。この狡猾な悪魔は君を利用していたんだよ」
この男は、俺がかつて抱いた自然哲学者を殺すという目的まで気付いていたのか…。俺の目的に気付けるのは、俺が自然哲学者から創られた存在だと知っている者のはずだ。
やはり、ヴィクター・フランケンシュタインなのか。
ファラデーは、少しだけ迷いながら俺に聞いた。
「君は私を騙してなんかいませんよね? Are you my friend? (君は友達ですよね?)」
友達だと答えたかった。だが、真実を告げずに「友達」だと平気でうそぶく、偽の友達にだけはなりたくなかった。
でも友達ではないと、騙していたのだと例え、最初の目的はそうだったとしても、今は違うから開き直る事も出来なくて…
本当は自分の口でこの複雑な思いを告げて、懺悔するつもりだったのに…
俺は、ファラデーに返事をする事ができなかった。
俺が返事をしない事に気付くとファラデーは怒りや恐怖ではなく、友達を失った悲しみをたたえた一瞥をした。そして、俺の元から離れ、軍人と俺から同じ距離にある位置に移動した。中立の立場という事だろうか。
その様子を見て、軍人は満足した様子だった。
「怪物よ! お前は北極の果てで死ぬべきだった。俺は、お前を殺すために死の淵から蘇った! 俺はヴィクター・フランケンシュタイン……」
ゲンファータと名乗っていた青年軍人は、改めて怪物へと銃を向けた。
長年の復讐を遂げるために。