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Re^2 (Rescuer); of the Frankenstein's Monster  作者: 刹多楡希
第2部 Regain × Resolution(回復×決心)
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6. Remorse a Tragedy find act of betrayal; or confused under Westminster Bridge

6. Remorse a Tragedy find act of betrayal; or confused under Westminster Bridge

(悔恨の悲劇 裏切り行為への気づき; あるいはウェストミンスター橋の下での迷い)


Remorse is as the heart in which it grows:

If that be gentle, it drops balmy dews

Of true repentance; but if proud and gloomy,

It is a poison-tree, that pierced to the inmost

Weeps only tears of poison!


悔恨は、成長していく心のようなものです。

穏やかな心であれば、さわやかな滴をしたたらせます。

真の後悔という名の。しかし傲慢と憂鬱の心からは

毒の木が育ちます。それは、心の奥底まで貫く

毒の涙だけを流します!


Samuel Taylor Coleridge “Remorse, a Tragedy in Five Acts” Act I, scene 1 20-24 lines

サミュエル・テイラー・コールリッジ 『悔恨 5幕の悲劇』 第一幕 第一場 20-24行



 暗くなったウェストミンスター橋の下で、地獄に落ちた俺は呆然としていた。


 俺は、天使マイケル・ファラデーを騙し続けていた。

 普通の人々が見たら、十中八九誤解する様な状況下で、彼は銃の前に立って俺を庇ってくれた。

俺を友達だと認めて、助けてくれた。

友達だ。俺を下から恐れる訳でも、上から見下す訳でもない。対等な関係だ。

ファラデーは何故、俺みたいな悪魔を友達扱いしてくれるのだろう。

俺にはそんな資格なんてないのに。


俺は放心したままファラデーに尋ねていた。

「…君は、自然哲学者になってどんな事をしたいんだ?」

ファラデーは少し考えてから話した。

「まずは、デービーさんみたいにこの王立研究所で研究成果をあげて発表したいかな」

ファラデーは真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。

「いつも頑張っている君なら、きっと、すぐにデービーも凌ぐほどの自然哲学者になれるよ」

俺は、友達の様に励ましの言葉をかけていた。本当は偽の友達なのに。

「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ。少し恥ずかしいけれど、友達の君になら、続きの夢を話せるかな。もし講師になれたら、私みたいに貧乏な子供達も含めて、子供達に自然哲学を教えてあげたいんだ。できればクリスマスがいいかな。私がデービーさんに手紙をもらったのもクリスマスの事だったし。私が教えた子供たちの中から、新たな自然哲学者が出てくれればいいなあ」


講演による自然哲学者の増加。それは俺が死の底から蘇ってまで阻止しようとした悪夢。

なのに、ファラデーの口から聞くと、それは素晴らしい事にも聞こえた。俺は混乱して、率直な疑問をファラデーにぶつけていた。

「…だが、自然哲学は本当に世界を幸せにできるのか? …デービーだって、実験に失敗して危うく失明する所だったじゃないか…」

ファラデーは真剣な顔をして頷いた。

「…そうだね。多分、これからも、多くの失敗や悲しく辛い事もあると思う。それでも、自然哲学はきっと世界を幸せにできると思うんだ。そんな輝かしい未来を私は信じたい!」


ファラデーは軽く咳をして、笑顔を浮かべて声を張り上げた。

「さて、皆さん。今日は身近なロウソクの話を致しましょう。たった一本のどこにでもある様なロウソク。けれど、このロウソクからこの全世界の法則が分かるのです」

ファラデーは子供に語り掛けるように話しながら、ロウソクに火をともした。

その姿は天使ミカエルと見間違うほど眩しかった。サタンの俺は、その眩しさに耐えきれなくて目を閉じた。

一面に広がる暗闇。

地獄に落ちたこの俺に相応しい光景。

だが、そんな暗闇の中に一筋の光が入ってきて、俺は無意識に光を求めた。


光の先に辿り着いた時、俺はさっきまでいたはずのウェストミンスター橋の下ではなく、上にいた。夜だというのに、橋にはガス灯が赤々と灯り、見た事もない巨大な時計台がそびえ立っていた。


 ここはどこだ? 近くにファラデーはいなかった。ファラデーはどこに行ったのだ?

 途方に暮れた俺は何となく、王立研究所の方へと向かってみる事にした。

向かう途中、誰かが落としたタイムズの切れ端が落ちていた。そこには、1860年12月25日と書かれていた。俺がいたのは1813年だ。ここは未来なのだろうか…

そういえば、ロンドンの街の様子も少し違っていた。同じ所もあったが、見た事のない店もちらほら見かけた。

 そんな疑問を抱きながら歩き続け、俺は破壊するはずだった王立研究所の門を叩いた。

 講義室の中では、子供たちが一人の人物を取り囲んでいた。

 それは、楽園でアダムに世界の成り立ちを教えた天使ラファエルに似たマイケル・ファラデーだった。

 ファラデーは年老いて髪は白くなり、まるでド・ラセー老人みたいだった。だが、その目は今と同じで好奇心に満ちていて老いは感じさせなかった。


 俺は、子供達と共に、たった一本のロウソクから始まる彼の講演を聞いていた。

それは、マーセットの『化学談義』よりもデービーの講義よりも面白くて感動的だった。

 講演が終わると、子供達に交じって俺も拍手をした。


気付くと再び、ウェストミンスターの橋の下にいた。巨大な時計台もガス灯もない。

「あ! もうこんな時間だ。実験の準備があったんだった!」

ファラデーはそう言って、急いで王立研究所に戻っていた。俺は半ば夢から覚めないまま彼を見送った。

俺はウェストミンスター橋の上に登り、ロンドンの街並みを眺めた。

朝焼けに照らされた綺麗な街並み。俺には来るはずのなかった明日の眺め。

 その美しい光景に、俺はどこかで知った俺を否定したもう一人のウィリアムが作った詩を呟いていた。



Earth has not anything to show more fair:

Dull would he be of soul who could pass by

A sight so touching in its majesty:

This City now doth, like a garment, wear

The beauty of the morning; silent, bare,

Ships, towers, domes, theatres, and temples lie

Open unto the fields, and to the sky;

All bright and glittering in the smokeless air.

Never did sun more beautifully steep

In his first splendour, valley, rock, or hill;

Ne'er saw I, never felt, a calm so deep!

The river glideth at his own sweet will:

Dear God! the very houses seem asleep;

And all that mighty heart is lying still!


こうも美しい眺めは地球上にないだろう。

止まらずに通り過ぎるものは鈍感な魂の持ち主だ。

荘厳で心揺さぶるこの光景を目にして。

街は今、衣服の様に纏う。

静かで飾らない美しい朝の風景を。

船に塔にドーム、劇場、教会が並び立つ。

開かれた地と空に。

煙のない空気に、全ては光り、輝いている。

朝日もこれより美しい勾配を照らした事はない。

それが、谷や岩や丘を照らす時でも。

こう深い静寂を私は見た事も感じた事もない。

川は自らの優しい石で流れゆく。

神に祝福を! 家々はまだ眠りにつき

その強大な心臓は未だ動き始めていない。


William Wordsworth “Composed Upon Westminster Bridge”

ウィリアム・ワーズワース 『ウェストミンスター橋の上で』


俺が見た1860年におけるファラデーのクリスマス講演のヴィジョン。

それは『失楽園』で天使ミカエルが楽園を追放されるアダムに示した様な救済の未来なのだろうか。


俺には、彼の夢を壊す事なんてできなかった。

俺は、自然哲学者ファラデーの夢を信じてみたいと思った。


自然哲学者はヴィクターの様なクズだけではないのだ。

ファラデーの様な善良な自然哲学者もいる。

マイケル・ファラデー 第二のプロメテウス。

彼は、神に抗った訳では無い。

人々に自然哲学と言う神の恩寵を伝える天使なのだ。



…だが、これは誰のヴィジョンなんだ?

俺の視点であるはずがない。

何故なら、俺はもうすぐ自殺するのだから。

俺にはファラデーの隣に立つ資格などない悪魔なのだから。


自然哲学を一方的に悪だと決めつけて、邪魔をしてきた俺こそが悪魔だったのだ!


その事を思い出した瞬間、美しい朝の景色が闇に包まれた。

俺は、それから、住処としているハイドパークに引きこもり続けた。

何日かして、ファラデーがハイドパークに来る足音が聞こえた。

「君はどこにいるんだ?」

そう呼ぶ声が聞こえて、俺は恐ろしくて隠れ続けた。ファラデーに顔を合わすことが出来なかった。原罪を犯したアダムとイヴが神から隠れた様に。

俺は、ハイドパークから逃げて、ロンドンをあてどなく彷徨い続けた。

罪の意識に苛まれながら、悪鬼(Fiend)は、友達(friend)から逃げ続けた。


俺が堕落してから9日目、俺はウェストミンスター橋から飛び降りた。

だがこれぐらいの事で俺は死ぬことは出来なかった。

そのまま俺はテムズ川を流されていた。川はそこまで冷たくなかったが、俺の心は、コキュートスで氷漬けにされたかの様だった。



俺は…

俺は…

俺は悪魔だ。

俺はエイーリーを騙して道具として使っていたディッペルと同じクズだ。エーイーリーがファラデーの立場だったら、俺を処刑するだろう…


俺はもう彼を騙す事は出来ない。

俺は自然哲学者を呪っていた。

だが本当に呪われるべきは…


Nay curs'd be thou; since against his thy will

否、お前こそ呪われるべきだ。神の意志に反して

Chose freely what it now so justly rues.

お前は今当然悔いているものを自らの意志で選んだからだ。

Me miserable! which way shall I flie

俺は惨めだ! どこへ飛び立てばいい?

Infinite wrauth, and infinite despaire?

この無限の怒り、無限の絶望から逃げるには。

Which way I flie is Hell; my self am Hell;

どこへ逃げようが、そこに地獄がある! いや、わたし自身が地獄だ!

And in the lowest deep a lower deep

それはとても深く、深くて

Still threatning to devour me opens wide,

大きな口を開けて俺を飲み込もうとしている。

To which the Hell I suffer seems a Heav'n.

これに比べれば、今わたしを苛んでいるこの地獄はまさに天国だ。


俺は、どこかの岸辺に流されついたまま身体を起こす事もせず、自らの苦悩を『失楽園』のサタンに被せて口に出していた。


続きの詩は俺の頭上から響いた。

「O then at last relent: is there no place

ああ、ことここに至った以上、屈するべきだろうか。ないのだろうか?

Left for Repentance, none for Pardon left?

悔い改める余地は?。許しを乞う事は?」

俺は驚いて体を起こして振り返った。背後にいた男は微笑んで言った。

「ミルトンの『失楽園』第4巻の一節だね」

「…誰だ?」

俺の姿を見て、今度は男が驚いた。

「おや、君は、本当に悪魔かな。怪物かね。そうだな。私は、老水夫とでも名乗ろうか」

「ああ、俺は悪魔で怪物だ。姿も心も醜い存在だ。俺を見て逃げないのか?」

男は、俺の事をじっと見つめた。その目は、妙に焦点がずれていて、それでいてすべてを見透かす様だった。

「確かに君は、怪物なのかもしれない。だが私にはわかる。本当の悪魔はこんな後悔じみた事は言わないし、そんな悲しそうな目はしない。だから逃げる必要はないだろう」

何故だろうか。彼には何の抵抗もなく、真実を話す事が出来た。

「老水夫。聞いてくれるか。俺は、昔犯した罪を後悔した。だから、全ての自然哲学者を殺す為に行動を起こした。今まで、それを目的にして歩み続けていた。だが、自然哲学を滅ぼそうとする事、それ自体があまりにも一方的で独善的で、俺は傲慢だったんだ…。俺は、騙していた自然哲学者の優しさに触れて、今度はその事に後悔しているんだ…」

老水夫と名乗った男は諭した。

「後悔(Remorse)には二種類ある。傲慢と憂鬱の心から生まれる後悔は、毒の涙をもたらす。優しい心から生まれる後悔はさわやかな滴をもたらす。君が最初に抱いたのは前者だったのだろう。しかし、きみは今、優しい心から本当の悔恨を抱いたのだ。それは良い事だ」

俺は更に老水夫に問いかけていた。

「だが、俺はどうしたらいい? 俺はあまりにも罪を犯し過ぎたんだ。今更、許しを乞える資格なんてない」

男はテムズ川を眺めながら呟いた。


The self same moment I could pray;

And from my neck so free

The Albatross fell off, and sank

Like lead into the sea.


その瞬間、私は祈りを捧げた。

すると、私の首は解き放たれ

アルバトロスは落ち、沈んでいった。

まるで、海が導いているかのように


コールリッジ『老水夫の歌』第四章


「アルバトロスを殺した事を改心した水夫は、救われただろう?」

俺はその言葉に少し希望を抱いた。

「…こんな俺でも、老水夫みたいに救われるのか?」

「…それは分からない。だが少なくとも、懺悔をする事で、君の心は救われるだろう」

「ありがとう。あなたは俺に本当の後悔を教えてくれた。たとえその先が地獄だとしても俺は真実を話す」

「迷いを振り切れたようで何よりだ。ではさらばだ!(Farewell!)」

別れの言葉を述べて、老水夫と名乗った男は怪物の元を去った。

アヘンを吸ってる時に、こんなにはっきりとした幻覚を見たのは初めての事だとコールリッジは思っていた。



 怪物はファラデーに真実を話す決心をした。

 真実を知ったファラデーは俺を殺すかもしれない。それも、もはや生きる気力がない俺には救いの一つだった。

 彼が俺を殺さなかったとしても、もう俺を友達とは見てくれないだろう。そうなったら、彼の元から消えて、エーイーリーの墓の近くで死ぬことにしよう。

 本当はファラデーと真の友達になりたい。だがそんなのは奇跡でも起きない限りありえない。俺の手はもう取り返しのつかないほど汚れているのだから。



 

 ***


 数日前、ゲンファータは、ヨークシャーからロンドンに戻っていた。ロンドンに王立の施設(Royal institution)は沢山あった。とりあえず、自然哲学の研究で有名な王立協会(Royal Society)を訪ねたが手がかりはなかった。検討がつかなかった。

 当ても無く俺がロンドンをふらついていると、誰かに呼び止められた。呼び止めたのは、ネッケル氏の娘スタール夫人(Madame de Stael)だった。ゲンファータは同じジュネーヴ出身の彼女と面識があったため、彼女と話を交わした。

「あなたがジュネーヴを出てからもう何年も過ぎたけれど、そろそろ戻る気はないのかしら?」

「まだ一つだけやり残した事があるのです。それまでは故郷のジュネーヴに戻る事はできません」

俺は、怪物を殺すまではこの復讐の旅を終わらせる気はなかった。


それから取り留めのない世間話をしばらく交わした後、スタール夫人は新しい話を思い出した。

「一週間ほど前の事なんだけど、娘のアルベルティーヌが行方不明になったの。皆で探して、息子のオーギュストが彼女を見つけて連れ帰ったわ。後で彼女自身から話を聞いて驚いたのは、彼女を見つけた時のオーギュストの行動よ。彼はあろう事か、娘の命の恩人を怪物と間違えてしまったのよ」

怪物という単語を聞いて俺は驚きつつも、話の続きを聞いた。

「娘はテムズ川に落ちて溺れてしまって、そこを命の恩人が救いあげてくれたのよ。それをオーギュストは、娘を気絶させたのが彼だと誤解してしまって。近くにいた命の恩人の友達が助けに入り、娘も目覚めて真実を話したから大事には至らなかったけれど」

その話は、かつて怪物が溺れた少女を救ったと自ら告げた状況によく似ていた。だが、本当に彼が怪物であれば、きっと少女を救う気などなかったのだ。

俺が考えている間にもスタール夫人は喋り続けていた。

「いくら醜いからって、怪物と間違えるのは酷すぎるわ。全く、男も女も容姿ではなく中身が大事だと何度も言って聞かせたのに…」

 俺は、直感的にその怪物が俺の探し求めている存在ではないかと思ったが、平静を装って尋ねた。

「娘さんを助けた人物の名前や居所は聞きましたか?」

「いいえ。聞いていないわ。シャイな人らしくて名乗ってくれなかったの。でも友人の方は分るわよ。ファラデーという王立研究所の助手よ」

「王立のナントカ」とは王立研究所の事だった!

一度、王立研究所の講師デービーと話したが故にリストから外れていた。

どうやら、怪物は、直接自然哲学者を攻撃する事に懲りて、姦計を企んでいる様だ。

「スタール夫人、お話しありがとうございます。もしかしたら、近い内に長年携わっていた問題が解決してジュネーヴに戻れるかもしれません」

俺はそそくさとスタール夫人に別れを告げると、一度宿に戻って装備を整えた。

そして、俺は怪物に裁きを下すために王立研究所へと向かった。


ようやく見つけた! 呪われた呪われた怪物よ! ついに、復讐の時だ!

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