5. Re^2(Rescuer) Evaluation by Friend
5. Re^2(Rescuer) Evaluation by Friend
(友達による再々評価/救済者の評価)
For not to find friends at a time when you want them is hard,
as also not to be able to exchange an inconstant and bad friend for a constant and good one.
友達が本当に必要な時に、真の友達はいないと知るのは辛い事です。信頼できない偽りの友の代わりに、信頼できる親友を持つ事ができないのですから。
プルタルコス 『モラリア』 -似て非なる友について- 第二節
Plutarch “Moralia”-How to Tell a Flatterer from a Friend- Section 2
ゲンファータはウェスト・ヨークシャーに来ていた。
俺はこの地で、ラダイト運動の指導者ネッド・ラッドについて聞きまわったが、多くの人が話したがらなかった。それでも懸命に尋ねまわり、ある人物がネッド・ラッドの側近だった事を突き止めた。
俺は、その人物の元を訪れるなり単刀直入に問いかけた。
「お前は、かつて、ラダイト運動に関わっていたな。 キャプテン・ラッドの正体を教えろ! 人間ではない怪物なんだろう? 」
怪物からベリアルと呼ばれていたその男は、一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐに仮面の様な笑顔を作った。
「何のことでしょう?」
俺は男の不安を取り除こうとした。
「俺は、ある怪物を追いかけている。その怪物がラダイト運動の主導者だったという噂を聞いた。その噂が本当かどうか確かめたいだけだ。お前が怪物と関わりがあった事を誰かに言いふらすつもりは無い。安心しろ」
それでもベリアルは知らない振りを続けた。苛立った俺は男に銃を突きつけて脅すと、男はようやく口を開いた。
「ええ。そうです。私はかつてラダイト運動に関わっていました。しかし、今では後悔をしています。本物のキャプテン・ラッドは人間だったのですが、いつの間にか、怪物に入れ替わっていたのです。わ、私はあの怪物に子供を殺すと脅されて仕方なく従っていたのです」
べリアルの話は、自分に都合の良い様に事実を捻じ曲げた内容だったが、ゲンファータがそれに気づくわけはなかった。
話を聞き終えたゲンファータは怪物の行方を尋ねた。ベリアルは怪物の憎悪に燃える顔を思い浮かべながら答えた。
「アイツは、ロンドンの王立なんとかを壊すと言っていた…」
ロンドンだと…。やはり、あいつはロンドンに潜伏して機会をうかがっていたのだ!
俺は、大急ぎでロンドンへ向かった。
俺がいない間に、誰かが怪物の犠牲にならない事を祈って。
***
怪物が王立研究所の実験助手ファラデーの元を訪れて6ヶ月ほど経ったある日。
1813年9月12日。
14年前、ヴィクター・フランケンシュタインが死に、俺が北極の果てで死を決意した日。
俺はついに、王立研究所の破壊計画を実行に移した。
俺の計画はこうだ。
王立研究所で緊急の講演を行うと偽りの情報を流し、講演会場に人々を集める。
そこで講演を行うのは、デービーでもファラデーでもない。この俺だ。
俺は自らの醜い姿をさらけ出し、ヴィクターが俺を造った忌まわしき過程を説明し、自然哲学の悪しき面を訴える。
それを聞いた人々は、自然哲学の間違いに気づくだろう。
今までの様に、人間ではない俺が自然哲学や自然哲学者を暴力で否定するのではない。
人間同士に自然哲学を否定させるのだ。
知恵の実を食したアダムとイヴが真実に気付き、互いを罵り合った様に。
ラダイト達が俺を裏切ったように、講演を見に来た自然哲学者の支持者たちが裏切り、自然哲学を否定するのだ。
俺の言葉を信じない者には、暴力で従ってもらう。
人々と共に、笑いと希望に満ちた講演を、最高の絶望に満ち溢れた悲劇に変えるのだ。
そして人々の自然哲学への怒りが頂点に達した時、俺は王立研究所に火を放って爆破する。
ガイ・フォークスが火薬で議事堂を爆破しようとした様に。
その中で俺は、自然哲学への呪詛を呟きながら自らの命を絶つのだ。
エーイーリー。いや俺のベルゼバブよ。
見ていてくれ。俺の自然哲学への反逆を。
俺はテムズ川沿いを駆けていた。自然哲学の伏魔殿・王立研究所を潰すために。
俺の隣にファラデーはいない。そして、これから破壊する王立研究所にも彼はいない。
彼は今頃、テムズ川の南で、ロウソクでも探している事だろう。
ファラデーが俺の計画を知ったら止める事は容易に想像できた。サタンに抗った天使アブディエルの様に、毅然とした態度で彼は俺の前に立ちふさがるだろう。サタンは、敵であるアブディエルを認め見逃した。俺もそれに倣おう。
王立研究所が燃え尽きれば、ファラデーは、きっと自然哲学から解放されて目を覚ますのだろう。
それで良いのだ。偽りに満ちた関係だったが、悪くはなかった。天使マイケルは、自然哲学の鎖から離れて飛び立っていくだろう。
だから俺は、わざわざウェストミンスター橋を渡って、テムズ川の南にあるヴォクソール付近までファラデーを連れてきていた。王立研究所からわざと遠ざけて、彼が俺の不在に気付いて戻ってくる前に王立研究所を壊滅させる予定だ。
ファラデーが露天商と話している隙に、俺はその場を離れた。そして、ウェストミンスター橋に向かわず、まだ途中までしか架かっていないヴォクソール(Vauxhall)橋を飛び越え、テムズ川の北側に移った。
公正なる友達(Rightful friend)が背後から追いかけてこない様に。
ファラデーは、何かに没頭すると隣に俺がいても忘れてしまうことがある。今頃、きっと露店に出てる品物に没頭して、俺の事など忘れているのだろう。
そのまま、テムズ川を右手に見ながら、ミルバンクにある建造中の監獄の前を通り過ぎた頃だった。
何かが川に落ちる音がし、俺は音がした方を見て驚いた。
少女がテムズ川を流されていた。
俺は反射的にテムズ川に飛び込もうとしたが、思いとどまった。
今は、何かに気を取られてる場合ではない。急いで自然哲学の伏魔殿に向かわなくてはならない。
別の誰かが少女を助けてくれるだろう。
それに、どうせ助けたとしても、誰も感謝などしてはくれない。
俺は、川から目を離して、王立研究所への道を急いだ。
そのまま走り続けると、ウェストミンスター橋が右側に見えた。ここからはテムズ川を離れて、王立研究所へと向かうつもりだ。
俺はテムズ川の方をちらっと見た。
少女はまだ川を流されたままだった。誰も気づいていなかった。
誰も助けない事に俺は腹が立った。
どうせこの命はもうすぐ終わる。これから人々を傷付ける。だから、少女を救った所で俺には何の意味もない。下手をしたら、王立研究所の破壊の機会を失ってしまうかもしれない。
頭では分かっていた。
だが、それでも俺は目の前で苦しんでいる存在を見捨てられなかった。
俺は川に飛びこんだ。
俺はテムズ川を泳いで、少女を救助すると反対側にあった岸へと上がった。
少女を横たわらせると、体調を確認した。意識を失っているだけで、大事には至っていない様だ。
俺は救った少女を改めて見つめた。少女と思っていたが、まだあどけなさが残るがもう女性と言っても良いのかもしれない。
俺が最初に助けた少女、あるいは次に助けた少女がそのまま成長したらこういう美しい女性になるのだろうか。
そんな事をぼんやりと考えていると、頭上から声がした。
「怪物め、その娘に近づくな! その娘に何をした?」
俺が見上げると、軍服を着た男が銃を構えていた。多分、少女の知り合いだろう。
どことなく、俺の創造主に似てる気がして苛立った。俺は男を睨みつけながら答えた。
「俺は、溺れていた彼女を救ってやっただけだ」
男は一瞬怯んだが、それでも銃の構えは解かなかった。
「お前の様な醜い怪物のいう事など信じられるか。その娘に酷い事をするつもりだったのだろう? お前が彼女を救った証人でもいるのか?」
周りに誰もいないからこそ、俺が助けたのだ。だが、そんな事を言っても通じる相手でない事は分かった。もう今までの経験で嫌と言うほどわかっていた。
これで、溺れた少女を救うのは三度目だ。だが、三度目も変わらない。俺はいつだって善意から少女を救うのに、人々は俺が悪意を持っているとしか見ずに、俺に感謝の言葉ではなく、銃弾や罵声を浴びせ続ける。
どうせこうなるのなら、少女を救わなければ良かった。本当に、無駄な寄り道をしてしまった。
俺に銃を向ける男が、少女への優しさから行っている事は分かっている。初めて少女を救った時は分からなかったが。だが、むざむざと撃たれて痛い思いをするつもりは無かった。
二回目に少女を救った時の様に姿をくらます事も今からでは遅かった。
最後の最期まで、俺の善意は裏切られ続けるのだ。
男が撃ってきたら、予定を少し変更して彼を最初に血祭りにあげようか?
どうせ今日で、俺の命は終わる。だったら、一人ぐらい、道連れにしてもいいだろう? 王子様が怪物に殺される物語があってもいいだろう?
俺は悪魔の様な笑顔を浮かべて、男を睨んだ。銃を撃った瞬間に、男の心臓をこの手で貫くために。
銃の引き金が引かれる直前、聞き覚えがある声が響いた。
「待って下さい!」
俺と男の間に現れたのはマイケル・ファラデーだった。
「銃を降ろしてください。彼はこの子を救ったんですよ。そんな彼に対して銃を向けるのは酷いじゃないですか!」
ファラデーの登場で、男の殺気は和らいだものの、未だに警戒したまま尋ねた。俺と目の前の青年が共犯ではないかと疑っているようだ。
「君は誰だ? コイツとはどういう関係なんだ?」
ファラデーは何の迷いも無く答えた。
「私は、王立研究所でデーヴィーの助手をしているマイケル・ファラデーという者です。彼は私の友達です。その…見た目はちょっと怖いかもしれませんが、良い人です。悪い事をする様な人ではありません」
男は、ファラデーを信じるかどうか悩んでいる様だった。その時、少女が意識を取り戻した。男は少女に呼びかけた。
「アルベルティーヌ! 大丈夫か? 何があったんだ? あの怪物に何か酷い事をされそうになったのか?」
少女は俺を見て少し怯えたが、俺の瞳をしっかりと見つめた。
「違うわ。私は、足を滑らせて川に落ちてしまって。溺れかけていた私をこの人が救ってくれたの…意識を失う直前に見たその茶色い瞳は見間違えようがないわ」
それを聞いた男は今までの非礼を詫びた。
「アルベルティーヌの命の恩人である君を疑ってしまってすまない。ロンドンにも前来たばかりで不慣れだったこともあって、意識を失った妹を見て、つい気が動転してしまってな…」
アルベルティーヌも少し元気を取り戻した様だった。
「本当にありがとうございます。お詫びに今度、お茶でも御一緒にいかがかしら?」
俺は、感謝されるのが恥ずかしくて、外套で顔を隠すと、目を伏せて適当に頷いた。
兄妹はファラデーと会話を交わした後、感謝の言葉を述べて去っていった。
三度目の救出でようやく俺は人に感謝された。正しい事なのにおかしな気分だった。俺はその気分を振り払うかのように、ファラデーに尋ねていた。
「何で、君がここにいるんだ?」
ファラデーは心配そうにして逆に俺に問いかけた。
「それはこっちの台詞だよ。新しいガスランプを見つけたから、君にも話そうかと思ったのに気づいたら隣にいないんだもの。近くを探して、ウェストミンスター橋の辺りまで戻ってみたら、君を見つけたんだ。君の方こそどこに行ってたんだい?」
俺は深くも考えもせず正直に答えた。
「あ、ああ、王立研究所の方に戻ろうとしてたんだ」
そう、王立研究所を破壊する為に。だがファラデーはそんな事をつゆとも思わずに尋ねた。
「忘れ物でもしたの?」
俺は真実を言えなかった。先ほどまで充ち満ちていたのに、王立研究所を襲う気力も削がれてしまった。
時間的にも今回は、王立研究所の襲撃は諦めるべきだろう。
俺は理由を適当に濁して、俺は一番聞きたかったことを尋ねた。
「…そんな所だ。…銃を構えて危ない状況だったのに、どうして君は俺を助けてくれたんだ?」
ファラデーは不思議そうに首を傾げた。
「…友達なら当然の事をしただけだよ?」
俺は天使の発した「友達」という言葉、いや”神の雷”に打たれて、地獄へと堕ちていった。
その瞬間、俺は敗北したのだった。 自然哲学者マイケル、あるいは天使ミカエルに。