3. Rescuer Michael Faraday VS the Satanic Monster in the Field
3. Rescuer Michael Faraday VS the Satanic Monster in the Field
(救済者マイケル・ファラデー 対 悪魔・怪物 草原/場の戦い)
As not of power, at once; nor odds appeerd
In might or swift prevention; but the sword
Of Michael from the Armorie of God
Was giv'n him temperd so, that neither keen
Nor solid might resist that edge: it met
The sword of Satan with steep force to smite
Descending, and in half cut sheere, nor staid,
But with swift wheele reverse, deep entring shar'd
All his right side; then Satan first knew pain,
その力においても、瞬時に相手の攻撃を
避ける早業においても、どちらも遜色は無かった。ただ
ミカエルの剣は神の武器庫から賜ったものだけに
鍛えぬかれており、どんなに鋭い剣も
硬い剣も、その刃に抗えなかった。それが
強い力で構えたサタンの剣に激しい勢いで振り下ろされ、
サタンの剣は真っ二つに折れ、耐え切れなかった。
それどころか、ミカエルは素早く剣を回転させて切り上げ、深く抉った
彼の右側を。この時、サタンは初めて苦痛を知った。
John Milton ”Paradise Lost” Book VI 319-327 line Description of Satan and Michael battle
ジョン・ミルトン 『失楽園』第6巻 319-327行 サタンとミカエルの戦いの描写
ある日、怪物とファラデーは王立研究所から少し歩いたところにあるハイド・パークを訪れていた。天気もいいし、外に出て絵でも描こうとファラデーが提案したのだった。俺はデッサンをしているファラデーを眺めていた。
デッサンのモデルは俺……
ではなく、公園内部にあるサーペンタイン池だった。
俺も、ファラデーをまねて、池の遠い方を優雅に泳ぐ鳥たちを描いてみる事にした。ミイラの遺言を暴いた例の謎の筆記具を使って。
しばらく経ち、自分で描きあげた絵を見ていると背後から声がかかった。
「上手いね。アルバトロスか…」
描き終えたファラデーが、俺の絵を見ているのだろう。
「ああ。かつて同じ種類の鳥と親友だったんだ…」
俺はファラデーへの返答もおざなりに、思い出にふけっていた。
「ふーん……って、そ、それは鉛筆じゃないか!」
ファラデーの興奮した声で、俺は振り返った。輝いた目で、俺の手を凝視しながらファラデーは続けた。
「それも、フランス産の最新式の鉛筆だ。あの二コラ・コンテが作った奴だよ。見せてくれる?」
俺は少し呆気にとられながら、鉛筆と呼ばれた例の筆記具をファラデーに手渡した。
「これは鉛筆と言うのか。ペンと違って、インク壺もないし便利だから何かを書く時に使っていた。そういえば君は何を使って絵を描いていたんだ?」
「私が使っていたのも鉛筆だよ。でも古くて使いにくいものだけどね」
ファラデーが見せてくれたのは黒い塊に木を挟んだものだった。
「この真ん中にある黒いものは、何なんだ?」
「黒鉛だよ。これで、絵や文字が書けるんだ。君の持ってるコンテが作った鉛筆にも、真ん中に黒い所があるだろう。これは、黒鉛の欠片と粘土を混ぜて焼いた芯なんだ。デッサンを教えてくれたマスケリエさんが言ってたけど、黒鉛の量を変える事で、色々な濃さの芯を作る事もできるんだ この芯のおかげで、古い鉛筆みたいに黒鉛が割れたり、手が汚れたりする事が少なくなったんだ」
そう言いながら、ファラデーは黒鉛で黒くなった自分の手を見せた。
「そういえば、こんな珍しいものをどこで手に入れたんだい?」
自然哲学者二コラ・コンテ。直接対峙する事はなかったが、その名は聞いたことがあるナポレオンと共にエジプトに進行した自然哲学者の一人。その一人の発明だとは思いもよらなかった。
俺はそんな思いに捉われながらもファラデーとの会話を続けた。
「フランスに向かう船の中で拾ったんだ」
フランスという言葉にファラデーは敏感に反応した。
「そういえば、君はフランスの人なの? モン・スタールって名前だし」
俺はその時、ようやく気付いた。ファラデーはずっと俺の事をモンスター(怪物)ではなく、モン・スタールと言う名前だと思っていたのだ。
どうりで俺が怪物だと名乗ったのに、怖がりもせず変に納得していたわけだ。ただ今更、俺は怪物だと言う気もないので訂正はしなかった。
「いや、俺はフランスの人ではない。その名前は、愛称みたいなものだ」
「名前だけじゃなくて、君の言葉遣いが少し訛っていて、誰かに似てると思ったんだ。最近になって気づいたんだけど、昔働いていた本屋のリボ―さんに似た発音なんだ。リボ―さんはフランスの人なんだ。だからてっきりフランスの人かと…」
俺の英語が訛っているのは、あまり意識はしなかった。だが心当たりはあった。
「…そういう事か。実は俺が初めて学んだ言葉はフランス語だ。俺に言葉を教えてくれた人がフランスの人だったんだ」
俺に初めて言葉を教えてくれたド・ラセー老人。彼は今、どこで何をしているのだろうか?
もう一度、遠くからこっそりとでいいからその優しい姿を眺め、声を聴きたかった。
「フランス語が喋れるんだ! もしフランスに行く事があったら、教えてくれますか」
俺はファラデーの笑顔に少しおかしく感じて、つい尋ねていた。
「ああ、構わない。だが今、イギリスはナポレオン率いるフランス帝国と対戦中だろう? それに『ガリヴァ―旅行記』が書かれた時代よりも前から、イギリスとフランスは仲が悪いはずだ。そんな国に行きたいのか?」
ファラデーは少しだけ暗い顔をした。
「…うん。確かに二つの国は仲がいいとは言えないよ。でも自然哲学者は国に寄らず平等に話し合えるはずなんだ」
俺はその言葉に、歯ぎしりをしそうになったが、どうにか抑えた。
そうだ。自然哲学者は国にとらわれずに平等だ。どいつも平等に俺を否定し攻撃し実験台にする。
今笑顔を見せているお前も、俺の正体を知ったら、同じことをするんだろう。
だから俺はお前を騙しているんだよ。
俺の思いも知らず、ファラデーは続けた。
「フランスには凄い自然哲学者が沢山いるんだ。ラグランジュにモンジュ、ラプラス…」
ファラデーの口から出る自然哲学者は、かつて俺が標的にした奴らだった。何故だろう。彼の口から聞くと、自然哲学者という悪魔でさえ、天使の様に錯覚しかけてしまう。
だが、その錯覚は、ファラデーの次の言葉ですぐに解けた。
「それに、この王立研究所を作ったランフォード伯も今はフランスに住んでるよ」
「…ランフォードか。良く知っている」
俺は悪魔的な笑みを出しそうになるのをこらえた。
ファラデーはその返答に驚いた様だった。
「ランフォード伯に会った事でもあるの?」
俺は神妙に頷いてみせた。
「ああ。会った事がある。この王立研究所に来たのも彼がきっかけだった」
そうだ。俺は、全ての人々に自然哲学を普及させるという悪事を働いた自然哲学者ランフォードに絶望を見せるためにこの自然哲学者の伏魔殿に来たんだからな。
話が一段落した後、ファラデーは名残惜しそうに俺に鉛筆を返した。
俺は外套のポケットを確認した。鉛筆はまだ何本かあるから、ファラデーにあげても問題ないだろう。 だが、ただであげるのは面白くなかったし、自然哲学者への苛立たしい幻想を聞いたせいか、少しファラデーを困らせたい気分になった。
俺は、この機会を有効利用出来る方法を思いついた。
「君は、本当にこの鉛筆が欲しいみたいだ。では、勝負をしよう。君が勝ったら、この鉛筆をあげよう。俺が勝ったら一つだけ言う事を聞いてもらおう」
簡単な勝負の振りをして、俺が勝利しファラデーを操り、目的を達成する道具とするのだ。
ファラデーは、あまり迷いもなく勝負に乗ってきた。
「分かった。受けて立とう。何で勝負する? 流石に殴りあいとかならやらないよ」
俺は池を眺め、足元に転がっていた石を見つめた。これだ。
「どちらが池の遠くまで、石を投げられるか勝負だ」
ファラデーも同意したので、勝負の方法は決定した。流石にハンデとして、俺はファラデーよりも重い石を投げる事になった。
だが、こんな石など大したことはない。俺は持ち前の怪力で石を池へと投げ込んだ。かなり遠くまで投げたはずだ。
次はファラデーの番だった。その細腕で俺の怪力にどう挑むのかと、俺はもう勝った気分で余裕をこいていた。
ファラデーが小石を投げたが、最初から水面すれすれの低い軌道だった。そんな低い軌道で投げるとは力みすぎて失敗したかと俺は笑いかけていた。
そして、石は高度を下げて水面に落ちそうになった。石は沈み、ここで勝負は決するだろう。
だが、石は沈まなかった。かつてイエスが見せた奇跡の様に石が水上を歩行していた。
そのまま、俺が投げた位置よりも遠くまで石は水面を走り沈んだ。
ファラデーが勝った喜びに浸っている隣で俺は呆然としていた。
「な、なにが起きたんだ! 君は奇跡を起こせるのか!」
俺の大声にファラデーは驚いていた。
「え、ただの水切りをしただけだけど……もしかして、知らなかった?」
水切り? これは奇跡ではないのか? 悪魔にとっては奇跡のように思えても、天使なら当たり前にできる事なのか?
「水切りとは…なんだ? 俺はこの奇跡を見た事はない。こんな俺にも奇跡を起こせるのか。もしできるなら教えてくれないか…」
ファラデーは苦笑いした。
「奇跡なんて大げさだよ。少し練習すれば君にも出来る様になるよ」
それから俺はファラデーに教わり、水切りという奇跡を起こせるようになった。
戦いを終えた頃には日も沈みかけていた。俺は、王立研究所の屋根裏部屋に戻ると、ファラデーに鉛筆を差し出した。
「水切りを知らなかったとはいえ、負けは負けだ。約束通り、君にこの鉛筆をあげよう」
この俺が負けるとは……俺の計画が台無しだ。次はどうすればいい?
そんな物思いにふけっていると、ファラデーに呼びかけられた。
「…そうだ。このロウソクをあげるよ」
俺が少しへこんでいるのに気付いたのかもしれない。勝負に勝ったというのに、彼は更に俺に何かを与えてくれる様だ。どこまで彼は天使の様に優しいのだろう。
「どこの国のものだと思う?」
ファラデーの問いかけに俺は今日一日の話を振り返って答えていた。
「…これもフランスのものか?」
「違うよ。もっと珍しい国。極東の島国日本で作られたものだよ!」
日本。その国の名前は知っていた。
昔、エーイーリーと『ガリヴァ―旅行記』について話した時、リリパットや巨人国、ラピュタを始め、変わった国が色々と出てきたが、どの国も実在しない国だと思っていた。だから鎖国をしている変な国・日本が実在するエーイーリーから聞いた時は衝撃的だった。
「…日本か。本当に珍しいな。…ありがとう」
ファラデーは、暗くなった外を見ながら少し詩的な言葉を使った。
「このロウソクが暗い闇の中でも君を照らしてくれるよ」
その言葉という剣に、俺の右(善)側が抉られた。俺はファラデーを騙している事の痛みを感じた。
***
その頃、ゲンファータはフランス・パリのランフォードを訪ねていた。
「ランフォード伯、怪物の行方を知っていますか?」
ランフォードはぎょっとして、ゲンファータをしばらく見つめた後、口を開いた。
「怪物など知らない。そもそも私は怪物などという非理性的な存在に会ったことなどない。どうせ巷の変な噂に尾ひれがついただけだろう。君はそんな事を聞くためにきたのか。私を脅かすつもりなら早々に出て行ってくれないか」
ゲンファータを半ば強制的に追い出したあと、ランフォードはため息をついていた。
バイエルンで軍務大臣も務めた自分が、スイス傭兵如きに真相を話すなどプライドが許さなかった。そもそも見ず知らずの傭兵を信用する事などできなかった。
怪物に出会ったなどという馬鹿げた真実を誰に打ち明けられるだろうか。
私が設立に携わった王立研究所を潰すと、あの醜い怪物は私に言い残して姿をくらました。
それからすぐに私は、知り合いの自然哲学者達にこの事件を話した。しかし、人々の反応は冷淡だった。数年前までは、自然哲学者を襲う怪物の噂をよく耳にしたのに。
事件を話していたある時、ラプラスが私の肩に手を置いた。
「ランフォード伯。怪物は数年前に死んだのですよ。もっとも、実際には怪物ではなく、自然哲学者を逆恨みしたただの醜い野盗だったのですが。マリー・アンヌ嬢と別れたからと言って、それを怪物のせいにしてはいけませんよ」
ラプラスの言葉を聞くと、人々は笑い始めた。
それから、私は人々に真相を話す事を諦めた。
王立研究所や講師のデービー達は無事だろうか。ランフォードはただ祈る事しかできなかった。
王立研究所に悪魔サタンを打ち破った天使ミカエルの加護がありますように。
ランフォード邸を後にしたゲンファータは途方に暮れていた。
俺が最後に怪物の足取りを見た場所、フランス。
ランフォード伯が怪物を見かけたと聞いて重要な手がかりになると思い、彼を訪ねたのだが外れだったようだ。
残された唯一の手がかりは、ラプラスが怪物を倒したと思った数か月後に、カレーからドーヴァー海峡を渡る怪物らしき姿を見たというものだけだ。
怪物はもうこのフランスには居ないだろう。あまりに人目に付きすぎたし、ラプラスには酷い目に遭わされている。ラプラスの裏を書いて逃げ延びたのに、わざわざ留まる危険は取らないだろう。
フランケンシュタイン家の復讐を既に終えたと思い込んでいるアイツの目的は、自然哲学者への復讐だ。
イギリスは、自然哲学に強く、最近では蒸気機関など機械の製造も盛んだ。怪物には絶好の標的となるだろう。
それに、グレートブリテン島の外れには伴侶が創られそうになった場所でもあるオークニー諸島もある。アイツにとっても因縁深いはずだ。
まずは首都ロンドンを目指し、そこで怪物の情報を集めよう。
俺はマリアとウィリアムを連れて、ドーバー海峡を渡りイギリスに向かった。