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Re^2 (Rescuer); of the Frankenstein's Monster  作者: 刹多楡希
第2部 Regain × Resolution(回復×決心)
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2. Readers of Forbidden Natural Philosophy Books

2. Readers of Forbidden Natural Philosophy Books

(禁じられた自然哲学書の読者たち)


When I returned home my first care was to procure the whole works of this author, and afterwards of Paracelsus and Albertus Magnus.

I read and studied the wild fancies of these writers with delight; they appeared to me treasures known to few besides myself.


家に帰ってからの私の最初の関心は、この著者の全著作と、それからパラケルススとアルベルト・マグヌスの著作を手に入れる事だった。私は大喜びで、これらの著者の放恣な空想を読み、研究した。これらは、私以外ほとんど知らない宝のように思えた。

 

Mary Shelley ”Frankenstein; or The Modern Prometheus” Chapter 2 Recollection of Victor's childhood

メアリー・シェリー 『フランケンシュタイン;あるいは現代のプロメテウス』第2章 ヴィクターの幼少期の回想



 悪魔と化した怪物は、天使マイケル・ファラデーを騙す為に、借りた禁書の表紙を眺めた。その本はジェーン・マーセットの『化学談義(Conversations on Chemistry)』だった。

 忌まわしい自然哲学の本など、ヴィクターが俺を造った日記位しか今まで読んだ事がない。ファラデーは笑顔で楽しい本だと言っていたが、あれでも自然哲学者の卵だ。きっと身の毛がよだつ内容なのだろう。

 だが、あの実験助手に話を合わせて信頼を得るためには、辛くても読まなくてはならない。俺は覚悟を決めて、表紙をめくった。

 まるで呪いでも掛けられたかのように、俺の指はページをめくり続けていた。気がつくと、夜が明け、日が沈みかけていた。

 それだけ面白かったのだ。だが、俺は自分の顔を叩き、正気に返った。忌むべき自然哲学を面白いと思わせるほどの魔力を持った本だ。気をつけろ。俺は騙されているのだ。 

 だが、分からない点がいくつかある。これについて質問をする事はファラデーとの会話のきっかけとなるだろう。更に、自然哲学の弱点も分かるかもしれない。


 そして、俺は次の日の夜、またファラデーの元を訪れた。俺が訪れた時、天使マイケルは避雷針を剣の様に持っていた。だが、彼は悪魔である俺を雷の剣で傷つける事もせず、暖かな笑顔で迎えてくれた。

 俺が『化学談義』の分からない点について質問すると、彼は大英百科事典などを取り出し、簡単な実験をしたりして、丁寧に解説してくれた。


 それからほぼ毎日の様に、怪物は夜中にファラデーの元を訪れるようになった。

 この日々の間に段々と、『化学談義』の教師ミセス・ブライアン(Mrs.Bryan)がファラデーに思えてきた。

 少し腑抜けていたのだろう。そんな ある日、俺はファラデーを呼んだつもりで口からは違う名前が出てきた。

「ミセス・ブライアン。ここはどうしてこうなるんだ?」

ファラデーは驚いたが、すぐにそれが『化学談話』の教師の名だと気付き微笑んだ。

「私はミセスじゃなくて、ミスター・ファラデーだよ。といってもミスターって柄でもないから、ただのファラデーでいいよ」

俺は照れ隠しもあって、取り繕う様に少し本音を出してしまった。

「俺にとっては『化学談義』の先生はミセス・ブライアンでは無くて、ファラデーでつい間違えてしまった。

…俺も、あまりミスター・モンスター(Mr.Monster)と呼ばれるのは好きでないんだ。そうだな…単に君(You)と呼んでくれ。それから敬語も堅苦しいからやめてくれ。俺は身体が大きいだけで、少なくとも自然哲学においては君の方が知識があるのだから」

ファラデーは俺の意外な申し出に少し考えてから再び笑った。

「君の言うとおりにするよ。これからは友達として気楽に話せるね」

友達という言葉に俺は、少し心を揺さぶられた。


You regard fiend as your friend.

But, I,m not your friend, I am your fiend.

お前は、こんな悪鬼の俺を友達と見てくれた。

だが俺はお前の友達ではなく、悪鬼なんだよ。


お前を騙してるんだ。

醜い姿の怪物が、綺麗な心の持ち主なんて、おとぎ話はありえない。醜い姿の怪物は、心も汚れていて醜いんだ。

そうだ。俺の本性を知れば、どうせお前もヴィクターや他の自然哲学者と同じく俺を否定するんだ!

俺は少し感じた良心の痛みを、自然哲学への憎悪でもみ消した。


 この小さな事件の後、ファラデーとの距離は更に縮まった。俺はファラデーと会話を交わしながらも、王立研究所、ファラデー他の職員の行動パターン、王立研究所の内部構造、デービーの行動などの情報をこっそり集めていた。


 俺は話をあわすために自然哲学を学んでいた。

だがいつの間にか自然哲学自体が好きになっている俺がいた。

 俺自身が怖かった。俺は自然哲学という悪魔に魅入られたのだろうか?


 ファラデーは、ここに努める前は、製本職人の見習いをしていた事もあり、本が好きだった。

だから、忌まわしい自然哲学以外の本についても、話す事も多くなった。そんな時は、親友エーイーリーと話している様な錯覚に襲われた。

 たとえ偽りだったとしても、ファラデーと会話する事が楽しくて、目的を忘れそうになりそうだった。


 そんな悩みを抱いていた時、俺はエーイーリーから貰ったプルタルコスの『モラリア』第一巻「似て非なる友について」の存在を思い出し読み始めた。

 それは、今の俺に非常に役立った。似て非なる友と、真の友の違いが書かれていたからだ。俺はファラデーを騙している似て非なる友だが、この本のアドバイスのおかげで、真なる友の振りをする事が出来た。

 


 数ヶ月ほど経った頃、俺は『化学談義』を読み終えた。ファラデーは尋ねた。

「この本は面白かった?」

「ああ、とても面白かったよ」

自然哲学を憎む心もあったが、面白いとわずかに思っていたのは事実だった。

「面白いと思ってくれてよかった。実は私もこの本が面白くて自然哲学に強く惹かれる様になったんだ」

俺は、ファラデーと同じ本が好きだと聞いて嬉しくなった。

だがその思いは、次のファラデーの言葉で打ち消された。

「実はこの『化学談義』は、ここ王立研究所のデービーさんの講演を分かりやすくまとめた物なんだ」

俺は、その衝撃的な事実に唖然としていた。だが、それでは終わらなかった。

「じゃあ、次にこの本をお貸します」

ファラデーは、俺に次の本を手渡した。どこかで見覚えがある本だった。

俺が訝しげに眺めていると、ファラデーは嬉しそうに言った。

「これはあの時君が拾ってくれたノートだよ。デービーさんの講演を私がまとめて製本したものなんだ。君が拾ってくれなかったら、水溜りに落ちて読めなくなったと思う。拾ってくれて本当にありがとう」

天使マイケルのその言葉に、俺は奈落の底に突き落とされた。

もしあの時、ノートの内容が忌むべき自然哲学の写本だと知っていたなら、その場で破り捨てていた。

流石に彼を騙している今は、本を破る訳には行かなかった。


 その日、ファラデーと別れた後、俺は呆然としてデービーの講演ノートを見つめていた。

 何故、禁書だと分っていながらも、ファラデーが何故あんなに大切そうに持っていたのだろう。

 善良なファラデーは自然哲学という悪に染まってしまったのだろう。彼は、『失楽園』や『ウェルテル』の様な素晴らしい本を作る製本職人になるべきだった。

 俺がこのノートを守り、天使マイケルを自然哲学者という堕天使にまで貶めてしまったのだ。



 それから、ゆっくりとデービーの講演ノートを読みながら、俺はファラデーが自然哲学に惹かれた理由が少し分った。

 デービーの講演は自然哲学を忌み嫌うこの俺でさえも危うく騙されかけるほど魅力的だった。あいつはメフィストフェレスの様に綺麗な言葉でだましてファウストを破滅させたように、善良な人々を自然哲学者という悪の道へ引きずり込んでいるのだ。

 このノートからは、ファラデーの自然哲学に掛ける熱意もにじみ出ていた。それが原因で、俺はこのノートに、神々しさと禍々しさを同時に感じていた。

 このノートは、俺を造ったヴィクターの日記に似ているのだ。俺は外套の奥深くにしまったヴィクターの日記とファラデーのノートを代わる代わる眺めていた。



   ***


 その頃、ゲンファータはスイス・ジュネーヴを訪れていた。

ここジュネーヴには 怪物の行き先を示す手がかりはなかった。

ジュネーヴを去ろうとした時、俺の目に少し疲れた様子のマリアが映った。怪物を追う事に少し集中しすぎたばかりに彼女に負担をかけてしまったのかもしれない。

ここには、怪物の正体を知り、対策がとれるウォルトンがいる。マリアとウィリアムをジュネーヴに残し、彼に世話を頼むべきだろうか。


俺は、しばらく考えていた。そして、二人をここに残す事は逆に危険な事に気付いた。

このフランケンシュタイン家があった場所に、怪物が再び来る可能性は高い。

それに加え、むしろ、怪物がウォルトンに接触する可能性もある。

現に、クレンペ先生は殺された。恩師というわずかな情報を元に、北極の果てから数年かけてわざわざ舞い戻ってくる様な執念深い奴だ。

マリアとウィリアムを残すのであれば、ジュネーヴともウォルトンとも関係がない場所の方が良いだろう。

だが、ナポレオンがロシアで負け、戦雲が高まっているこの時期に安全な場所などあるのだろうか。


だが逆に、死の底から蘇った俺が追いかけている事を怪物は知らない。

だから、俺が怪物と対峙するまでは、マリアとウィリアムは一緒に来た方が安全だ。

エリザベスもウィリアムも、一人になった所をアイツに殺された。

もう俺の目の届かない所で、大切な人を怪物に殺させるわけにはいかない。

俺は怪物を殺すまでは、二人の元を片時も離れない事を誓った。

そして、次の手がかりを求めて故郷を後にした。


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