21. Rebel of Industrial Revolution
21. Rebel of Industrial Revolution
(産業革命への反逆)
Rise like Lions after slumber
In unvanquishable number--
Shake your chains to earth like dew
Which in sleep had fallen on you--
Ye are many--they are few.
目覚めた獅子の如く立ち上がれ
不屈の仲間と共に
お前達の鎖を地に振り捨てろ 露はの様に
眠りの中でお前達に降りたものに似た
我等は多勢、奴等は小勢
Percy Shelley“The Masque of Anarchy” last 5 lines
パーシー・シェリー 『無秩序の仮面』 最後の五行
1812年1月、ついにラダイト達は工場を襲撃した。怪物はラッパの様に叫び声をあげると工場の壁を破壊して、ラダイト達の侵入を容易にした。ネッドの的確な指示や怪物の活躍で、ラダイト達は少ない犠牲で勝利する事ができた。
戦勝で沸き立つラダイト達の中にネッドがいなかったため、怪物は再び工場に戻り彼を探した。そこにネッドがいた。怪物に気付くと彼は言った。
「これで、ようやく夢への第一歩だな」
その時、怪物の顔を隠して留めている紐が擦り切れて、顔が露になった。ネッドは怪物の醜い顔を見て驚くと、近くに飾られた長槍を持った古い鎧に走って行った。
鎧が持っている槍で、俺を攻撃するのだと思い、怪物はうなだれた。
ネッドが近づく足音がして、怪物は身構えて顔を上げた。ネッドは槍ではなく、クローズドヘルムを持っていて、今までと変わらない信頼の表情でそれを差し出した。
「お前にも事情があるとは思っていたが、そういう事だったんだな。仮面を取れなんて言って悪かったな。今度から、これを被ったらいい。君が何者であっても俺のとも…」
だが最後の二文字は聞こえなかった。
巨大な機械がネッドの元に倒れ、彼を押しつぶしたからだ。
俺は怒りと悲しみのあまり、周囲の機械を壊しながらネッドに語りかけていた。
ネッド。君がこれから一番必要になる時期なのに、なんで死んでしまうんだ? 君とビルの理想は誰が受け継ぐんだ? 誰が受け継ぐことができるんだ。…君の事を知っているのは…誰がいるんだ?…君の家族や親友はもういない…君の過去を知っているのはもう俺しかいないじゃないか! …だったら、俺が君の理想を引き継ごう!
俺はネッドから受け取った兜を頭にはめた。
兜で顔を隠した俺は、ネッドの無残な遺体を抱えてラダイト達が浮かれ騒いでる場所に現れた。ネッドの変わり果てた姿を見た途端、ラダイト達は一気に静まり返った。俺はネッド・ラッドの亡骸を前にして、ラダイト達に語り始めた。
「われらの首領ネッド・ラッドは死んだ。機械に抗った彼は、機械に殺されたのだ!」
俺は、ネッドの最後の模様を話した。首領を失ったラダイト達は大きく動揺した。その様をしばらく見ていたが、動揺を静めるために一喝した。
「ネッド・ラッドは確かに死んだ。しかし、彼の志は死んではいない。俺はこれからその名と志を受け継ぎ、同じくネッド・ラッドと名乗るつもりだ。皆、力を貸してくれ!」
怪物は常に顔を隠していたが、ネッド・ラッドに次ぐ存在としてラダイト達から既に信頼されていた。その為、この提案は即座に受け容れられ、ラダイト達の間から同意する声が次々に上がった。
「俺を新たなネッド・ラッドと認めてくれた事、感謝する。これから敵は更なる反撃を繰り返し、我等の戦いは厳しい事になるだろう。だが、その聖戦の勝利の先に、われらの約束の地が待っている!」
無秩序の仮面(兜)をつけた怪物は、演説を締めくくった。怪物の叫びに続いてラダイト達が復唱した。
おれたちは機械に判決を下した!
死の判決を!
機械は死んで地獄に堕ちよ!
死を、死を、機械に死を
怪物はネッド・ラッドから名前と兜を受け取り、ラダイト運動を指導して自らも暴れまわった。
4月9日には、怪物の指揮の下でウェイクフィールド(Wakefield)のジョセフ・フォスター(Joseph ・Foster)の工場を襲撃し、勝利を収めた。ラダイト達はそれを称えてフォスターの工場(Foster's Mill)という歌を作り、歌い始めた。
そして俺は、次の標的をリバーズエッジ(Liversedge)のウィリアム・カートライト(William Cartwright)の工場に決めていた。だが、この工場が強固な防備を固めている事を知ったため、下準備が必要だった。その為、自らが戻るまで襲撃しない様にラダイト達に釘を刺して、ロンドンへと向かった。
怪物は馬車で足早にロンドンに移動し、同志バイロンの元を訪ねた。
同年一月末に出版された『チャイルド・ハロルドの巡礼』で一躍時代の寵児となっていたバイロンは、見知らぬ客が訪れる事が多かったため、あまり警戒しなかった。流石に街中で兜はつけられないため、俺はいつもの様に外套で顔を隠していた。
バイロンはまたありきたりな訪客が来たと思い、尋ねていた。
「君も、また『チャイルド・ハロルド』を褒めにきたのか?」
俺は否定した。作品の称賛をする為に、わざわざロンドンまで訪れた訳では無い。
「いいえ。俺が賞賛しに来たのは、あなたが1月に行ったラダイトを擁護した演説です」
バイロンは驚き、思わず問いかけていた。
「まさか、君がキャプテン・ラッドだとでもいうのか? 面白い冗談だな」
俺は頷いた。
「はい。俺がキャプテン・ラッドです。あなたは裕福な貴族議員でありながら、貧乏なラダイト達を擁護しました。その心意気に感激し、お礼を申し上げに来たのです」
その後、俺はバイロンとラダイト運動について会話を交わした。バイロンは突然の事に驚いていたが、労働者達の環境を改善できるよう努力すると言ってくれた。俺は、その返答に満足し、バイロンの元から去った。
去り際に、キャプテン・ラッドと名乗る人物の外套の中が一瞬見えて、バイロンは驚いた。人間の顔ではなく、怪物の顔だった。
バイロンとの対話を終えた俺は、ロンドンにある王立研究所の近くに行き、自然哲学の伏魔殿(Pandemonium of Natural Philosophy)の姿をにらみつけた。
「これが、悪しき自然哲学者ランフォードが創った王立研究所か。今はまだ壊さないでやろう。ラダイト達の抵抗が上手く行けば、その内首都ロンドンまで進軍できるだろう。その時に、盛大に壊してやろう」
用事を済ませた俺は、ヨークシャーに戻るために王立研究所から離れようとしていた。
その時、反対方向に歩いていた青年がつまづいて、抱えていた本が宙を舞った。本は水溜りへと向かう放物線を描いていた。本が好きな俺は、とっさに本を掴んでいた。そして本の埃を払いのけると、青年に差し出した。
「本は大切にするんだな」
青年は本が無事だった事を知ると、俺の方を向いて笑顔になった。
「ありが……」
その瞬間、道路を馬車が通り、風で俺の外套が揺らめいた。そして青年の瞳は感謝から恐怖へと変化した。それに気付いた俺は、瞬時に青年の元から消え去った。
怪物の顔を見た衝撃から立ち直り、青年が気づいた時には、怪物は姿形も無かった。青年の脳裏にはフードの中の人間とは思えない顔が強烈に焼きついていた。その正体は悪魔か何かなのかと考えながら、本をめくり始めた。
本が無事だった事を確かめて青年は思った。たとえ悪魔であってもあの時にお礼を言わなくてはならなかった。
その本は、王立研究所で彼が聞いたハンフリー・デービーの講演をまとめたノートだった。講演を聞いた青年は王立研究所で”自然哲学”の為に働きたいと願っていた。だが、自分みたいな貧乏な製本職人見習いがどうすれば、こんな立派な施設に働く事が出来るのだろう。でも諦めてはいけない。一か八か、デービーさんに手紙を書いてみよう。実験室の掃除くらいはやらせてくれるかもしれない。
製本職人見習いの青年マイケル・ファラデーは自然哲学の楽園(Eden of Natural Philosophy)を羨望の目で眺め、夢を叶える為に再び歩き出した。
***
その頃、ゲンファータは、ライン川ほとりの新居から今まさに旅立とうとしている所だった。
ナポレオンは、大軍を率いてロシアに遠征しようとしており、それに、スイス傭兵である彼も参加する事になっていた。
この戦いに勝利すれば、ナポレオンの元に自然哲学の帝国ができるだろう。
自然哲学の帝国は、俺の夢でもあった。
怪物への復讐も終わり、この戦いに勝利すれば平和な日々が来るだろう。
妻マリアとそして息子ウィリアムと共に、穏やかな暮らしをしよう。
「行ってくるよ。マリア、ウィリアム。ロシアを蹴散らしてすぐ戻ってくるから、待っててくれ」
彼は、マリアの腕に抱かれた生まれたばかりのウィリアムの頭を撫でるとロシア遠征に向けて出発した。