20. Replacement of Man-Machine Interference
20. Replacement of Man-Machine Interference
(人と機械における干渉の代替)
The seed ye sow, another reaps;
The wealth ye find, another keeps;
The robes ye weave, another wears;
The arms ye forge; another bears.
Sow seed,--but let no tyrant reap;
Find wealth,--let no impostor heap;
Weave robes,--let not the idle wear;
Forge arms,--in your defence to bear.
君達が蒔く種子を 刈り取るのは他の奴等だ
君達が捜し出す富を 手にするのは他の奴等だ
君達が織る服を 着るのは他の奴等だ
君達が鍛える武器を 使うのは他の奴等だ
種子をまけ だが、暴君に刈らせるな
富を捜し出せ だが、ペテン師の手に渡すな
服を織れ だが、のらくらどもに着せるな
武器を鍛えろ 自分達を守るため
Percy Shelley“To the Men of England” 5,6 verses
パーシー・シェリー 『イングランドの人々へ』 五、六節
そんなある日、ネッドは昔の知人と再会した。知人はしばらく話した後、手紙を渡して去った。ネッドは渡された手紙を読みに人通りの少ない場所に向かった。
怪物はしばらくネッドを一人にしておいたが、余りに帰りが遅いので様子を見に行った。ネッドは手紙を握り締め涙を流していた。彼は怪物に気付くと悲しげに遠くを見つめながら語り掛けた。
「平和だったあの日から、まだ一年も経っていないのに色々な事が変わってしまった。そういえば君には、まだ俺の過去を話していなかったな。ちょうどいい機会だし、俺の過去を聞いてくれないか」
怪物が頷くと、ネッド・ラッドは過去を語り始めた。
俺はノッティンガムに生まれた。父親は俺と同じネッド・ラッドと言う名だった。父との思い出はあまりなかった。妹のシャーリー(Shirley)が生まれてすぐ、俺が幼い頃に、突然行方不明になったからだ。
父が消えた日、俺はいつもの様に靴下を編み続けている母に行方を尋ねた。
「お父さんは、もう戻ってこないのよ。お父さんは、苦しんでいる仲間を助けるために遠くへ旅立ったのだから」
零れ落ちる涙を抑えようとしている母を前に、俺はそれ以上事情を尋ねる事が出来なかった。
父がいなくなった後、母は靴下を編んで俺と妹を養っていた。だが、俺の少年時代が終わる頃、貧乏がたたり母は亡くなった。靴下は工場で大量生産される様になっていて、昔ながらの方法で母親が作った靴下はわずかなお金にしかならなかったのだ。
俺は、母を守れなかった無力さを嘆いた。自らの力で日々の糧を得る事がこれからの義務だと思った。だが、学問も技術もない俺に働ける場所なんてほとんどなかった。少ない選択肢の中で、俺は近くの靴下工場で働く事に決めた。
それからは、働きづめの日々だった。子供の頃見た母親の靴下編みと違って、靴下工場での労働は過酷だった。毎日14時間働き、失敗をすると罵声を浴びせられたり鞭で叩かれる事もあった。ただ、俺は元々身体は頑強だったし、母親の靴下編みを間近で見ていた事もあり、作業の呑み込みが早く、どうにかやっていけた。
だが、賃金はわずかだったので、しばらくすると妹のシャーリーも働かざるを得なくなった。
夜遅くまで働いて、わずかな賃金を貰う苦しい日々が数年も続いた。だが、それでも、シャーリーと良く訪ねてくる幼馴染みのビル・カートン(Bill・Carton)の三人で、貧しいながらも楽しい日々を送っていた。
ビルと俺とは幼馴染みであり親友だった。一度、殴り合いの大喧嘩をして、ビルの骨を折ってしまった事もあったが、今ではそれも良い思い出になっていた。
妹とも昔から仲が良く、最近では婚約するほどの仲になっていた。俺も兄として信頼できる彼がシャーリーの夫になってくれる事を望んでいた。
その日も、いつもの様にビルと妹の三人で慎ましい晩餐をする予定だった。だがシャーリーはいつまでも帰ってこなかった。
心配になった俺は、ビルと手分けをしてシャーリーを探した。いつもお喋りをしている女性たちから話を聞くと、まだ工場に残っている様だ。
真夜中、俺はシャーリーを探して工場へと戻った。そこで見つけたのは、鞭に打たれ傷だらけになった冷たい妹の亡骸だった。
悲嘆にくれた俺の前に、工場主が現れて目の前に金貨を投げた。
「確か、この女の兄だったな。この女だが、私の愛人にしてやろうとしたが、抵抗してな。鞭で打ったら従うと思ったが、頑固な女でつい打ち続けたら死んでしまったよ。これで妹の死は諦めるんだな」
コイツが殺したのか! 俺は金貨を睨み付けた。こんなちっぽけな金属と妹の命を交換しようとする魂胆が憎かった。
「いらない!」
その返答に工場主はあざ笑った。
「いらないのか? まあ家族が死んで悲しいのは分かるが、少し冷静になったらどうだ。私はこれでも、多少はこの女の死に憐れみを感じているんだ。それに、このままこの工場で働き続けたって、わずかな金にしかならないだろう。これだけの金があれば、もうこき使われずに一生遊んでいけるんだぞ? 良い事づくめじゃないか!」
コイツは何も分っていない。妹の命はお金じゃ買えない。俺は怒鳴った。
「黙れ! この金はお前のものじゃない! 俺たち労働者が汗水たらして稼いだ金だ。お前がシャーリーの代価に払えるものなど何もない。お前の汚らわしい命を除いては!」
俺は、憎悪にとらわれ靴下作成に使うフレームで工場主を何度も殴った。殴り続けた。フレームと工場主が壊れるまで。
工場主はすぐに壊れてしまい、消えない憎しみは、そこら中にある機械に向けられ、片っ端から壊していった。全て壊しつくした後、俺は汚らしい工場主の首にフレームをかけ、工場の上から吊り下げた。俺流の処刑だった。
朝になり、絶望した俺の前に、ビルが合流した。俺は妹の死を告げた。ビルも嘆き悲しんだが、それでも自制心をもって尋ねた。
「お前はこれから、どうするつもりなんだ? 工場主を殺した以上、捕まったら処刑されるぞ」
俺は絶望に暮れていた。
「逃げるつもりはない。妹が死んだ今、処刑場も地獄も同じだからな…」
ビルの拳が俺の顔にとんだ。彼の拳を受けたのは、例の大喧嘩の時以来だった。
「何を言っている! 私はシャーリーだけでなく、親友の君まで失いたく無い。君は逃げろ! ここは、
私がどうにかする」
俺は正気に戻ったが、友人が心配だった。
「大丈夫なのか?」
ビルは微笑した。これが俺が見た彼の最期の笑顔だった。
「ああ。良い方法を思いついたから心配するな。それにこれは私の責任でもある…」
俺は人ごみを避けて、家に戻ると最低限の荷物を持って後にした。数日も経たない内に、ノッティンガムの多くの工場で暴動が起きた。そして彼等の多くがキャプテン・ラッドを主犯としていた。ラッド名義で各地で暴動を起こし、捜査を撹乱させるのがビルの作戦だったのだろう。労働者の不満が燻っていたのは俺も肌で感じていたが、ここまで手際よく出来るとは思っていなかった。俺はビルの才覚を過小評価していたようだ。
この混乱に紛れて、俺はランカスターまで移動し、もうすぐ国外に逃げきれる所まできた。
だが、そこで捕まってしまった。俺は偶然見かけた労働者が虐げられているのに絶えられず、虐待してた奴を殴ってしまったからだ。そいつは最悪な事に警察ですぐに俺の身元がばれた。
そして、俺は岸辺で銃殺されるため、その男に引かれていった。岸辺に深く刺した棒に括り付けられ、男が銃を構えた時だった。町の方から伝令が走ってきて、男に伝えた。
「待ってください。暴動の指導者キャプテン・ラッドはコイツではありません。本物のキャプテン・ラッドはビル・カートンという人物で既にノッティンガムで処刑されました」
親友のビルが死んだ…。俺はあまりの事に呆然とした。男は頷いて伝令を帰させた。
だが俺を縛った縄を解こうとはしなかった。伝令が見えなくなった後、男は悪魔的な笑みを浮かべた。
「お前はここで解放されたが、砂浜に足を取られ溺死した。そういう筋書きだ。本当は今すぐ殺してやりたいが、他の奴等にばれると面倒だからな」
男は、俺に殴られた恨みを忘れていなかった。男はそのまま立ち去り、俺は身動きが取れないまま潮が満ちて殺されるのを待つしかなかった。
何度も助けを呼んだが誰も通らず、諦めかけた時、君が助けに現れたんだ。
ネッドは話し終えると、握っていた手紙を怪物に見せた。
「これはビルが処刑される直前に俺に宛てて書いた手紙だ」
そこには、ネッドの親友ビルの近況が書かれていた。怪物は、手紙の最後の方に目を通した。
「最後に、君に今まで言えなかった真実を話そう。
君が去ってから起きたキャプテン・ラッドによる暴動の事だ。
君が突発的に起こした工場主の殺害が原因で起きた暴動のはずなのに、あまりにも上手く行きすぎていると薄々おかしいとは思っただろう。
上手く行くのも当然だ。この暴動は事前に計画されていたものだから。
私とそして、君の父親の手で。
今は亡き君の父親こそが、噂になっているキャプテン・ラッド、かつて靴下製造の機械を破壊した本人であり元型なんだ。
そして君の父親は、私の命の恩人でもあるんだ。
君の父親は機械を壊してからノッティンガムに逃げてきたが、その後も密かに労働者の為に戦っていたんだ。そこには私の父もいた。ある日、幼い私は単なる好奇心で私の父の後をつけていったんだが、それは私の父と君の父親が、工場を襲撃しようとしている時だった。私はあまりの恐怖に身がすくんでしまい、そこに銃弾が飛んで来た。私は幼いながらも死を覚悟した。だが、私は死ななかった。君の父親が身を挺して守ってくれたからだ。
幼い私は、君たちの父親を間接的に殺した重荷に潰されそうだったけれど、君の母親は、これからも君たちの友達として普通に接してほしいと言ってくれた。私は、それに従い、親友として君とシャーリーを守ろうと思った。
だからこそ君が靴下工場で働くと言った時、私は殴ってでも君を止めようとしたが、逆にこっちが骨折させられてしまったな。私も貧乏だから他の働き口を紹介できなかったし それに自立したいと言う君の覚悟も分かっていた。
だから私は違う方法で君たちを陰から守ろうと努力した。
あの靴下工場の極悪非道な工場主を追い詰める事だ。工場主はかなりあくどい事を行っていたので、証拠を集めて弁護士に協力してもらい、法律的に追い出すつもりだった。
だが、それでも上手く行くとは限らなかった。もし交渉が上手くいかなかった場合に備えて、私は密かに労働者達を組織して工場を襲撃する準備も整えていた。
あと数日もすれば、あの工場主を追い詰める予定だった。工場主を追い出した後、君とシャーリーに真実を告げ、それでも私を受け入れてくれるのなら、改めて正式にシャーリーと結婚しようと思っていた。
だが間に合わなかった。シャーリーが殺され、君も工場主を殺してしまった。私の行動が遅すぎたせいだ。この状況でできる事はせめて君を逃がしてやる事ぐらいだった。
もう交渉の余地はなく、暴動は止めようがなかった。
しばらく暴動は上手く行っていたが、ついに私の身元もバレてしまい、捕まる事になってしまった。これから処刑されるのだろう。
私は、労働者たちから様々な悲惨な話を聞いた。シャーリーよりも辛い目にあった人達もいる。
だからこそ、二度とシャーリーの様な犠牲者を出さないでほしい。
君に最後の希望を託したい。
父親と私の意志を継ぎ、真のキャプテン・ラッドとして労働者達の為に戦ってくれ!」
怪物が手紙を読み終えると、ネッドは自分の無力さに怒りさえ感じていた。
「俺は何も知らず、両親にも友人にも救われてばかりだった。俺は、まだ人々を救えていない」
ネッドは決意して、怪物に手を差し出した。
「俺は、労働者たちが幸せに暮らせる世界を作りたい。もしよかったら、君も協力してくれないだろうか」
怪物は、彼の波乱に満ちた生涯に同情し、ネッドの手を取った。
「ネッド。君と共に戦おう! 地獄の果てまでも」
流浪の身のネッドだが、労働者達の統率を取るのは比較的容易だった。父親と友人のビルが築いた労働者の秘密のネットワークがまだ残っていた事に加え、彼自身が各地で人々を助けていたために信頼を得ていたからだ。怪物の存在も、ネッドと共に人々を助けた事もあって受け入れられた。それに、身の安全の為に顔を隠す者も多く、常に顔を隠している怪物が特段変に見られる事もなかった。
ネッド達は労働者を戦いに向けて訓練し、具体的な工場襲撃の計画を練り始めた。
襲撃の実行が近づいた⒓月、怪物は工場襲撃に関する雑事でケジックに立ち寄った。そこで若い男女の会話を耳にした。青年は憤っていた。
「サウジーがあんな頑固野郎だったとは! 俺の事を悪魔と呼んでたが、アイツの方がよっぽど悪魔だ。政府に媚び売りやがって! ミルトンは老いても立派だったのに。詩人失格だ!」
伴侶らしき女性はなだめた。
「パーシー、落ち着いて。一度家に戻りましょう」
二人は家に戻っていった。
怪物は何故か、見た目も美しく裕福そうな何もかも正反対に見える青年に、ワーズワースに否定された時の自分を重ね合わせていた。
彼も詩の美しさに触れて、詩人に夢を求めたが否定され楽園を失ってしまったのだろう。