19. Refusal of Another William or Paradise ReLost
19. Refusal of Another William or Paradise ReLost
(もう一人のウィリアムの拒絶、あるいは再失楽園)
Mark how the feather'd tenants of the flood,
With grace of motion that might scarcely seem
Inferior to angelical, prolong
Their curious pastime! shaping in mid air
見よ、羽の生えた湖水の間借り人たちが
天使にも劣らぬ優雅な動きで
見るものの心を釘付けにする
遊戯を中空で長く続けている様を
William Wordsworth ”A Guide through the District of the Lakes”
Description of the scenery of the lakes Section First Poem for waterfowl 1-4line
ウィリアム・ワーズワース 『湖水地方案内』 湖水地方の景色について
第一部 水鳥についての詩 1-4行
船から飛び降りた怪物は、陸の見える方へと泳ぎ続け、海岸にたどり着いた。しかし、そこはグレート・ブリテン島ではなくマン島だった。方向を間違えたようだ。俺は、マン島で少し休んだ後、対岸に見えるイギリス本土へと泳いでいった。そして、ホワイト・へヴンからイギリス本土に上陸し、湖水地方のケジックを経由してグラスミア(Grasmere)にたどり着いた。
そこはグラスミア湖があり、木々が生い茂り、数多の水鳥達が優雅に戯れていた。俺はその素晴らしさに感動した。亡くなったアルバトロスのサムと鹿のウィルをここに連れてきたかった。
エーイーリーから借りて読んだワーズワースの詩を口ずさみながら、俺はこの美しい楽園を歩きつづけた。
鬱蒼とした木立を抜けた先にあったのは、綺麗な湖と一人の少女だった。少女と目が合い、一瞬互いの世界が静止した。しかし、そのすぐ後に、少女は怖がりもせず、俺の手を取り呼びかけた。
「一緒に遊びましょう」
少女は近くに咲いていた花を摘むと、湖面に浮かべた。俺も少女から花を受け取り、真似をして花を湖に投げ入れた。それを続けるうちに手持ちの花がなくなってしまった。しかたがないので、少女を抱え上げ、湖の方に……ある背の高い花を摘んでもらい、再び遊び始めた。
湖に花のボートが大量に出来た頃、気付くと少女は疲れて隣で眠っていた。もっと寝心地の良い所へ移動させようとして、俺は少女を抱き上げようとした。
その時、父親らしき男が叫び声をあげて駆けて来た。
「ドロシー! 大丈夫か! 娘に何をした! この汚らわしい怪物が! 娘から離れろ!」
その男は、怪物が詩を口ずさみ、尊敬していたウィリアム・ワーズワース本人だった。
「…俺は、ただ、この子をもっと寝心地の良い所に移動させようと……」
怪物は弁明しようとしたが、ワーズワースはその言葉を遮った。
「嘘をつくな! 娘に酷い事をしようとしていたんだろう! この美しい湖水地方に、お前みたいな醜い存在は目障りなんだよ! 失せろ!」
人間に否定される事には慣れていた。理不尽な状況に憎しみも抱いた。だが、それよりも、この美しい地と詩が、この醜い俺に相応しくないという気持ちの方が強まり、何も抵抗できなかった。
怪物はウィリアム・ワーズワースから拒絶され、近くにあった棒切れをケルビムの回る炎の剣の様に振り回す彼に楽園を追放された。たった一人で。共に楽園から出るイヴはいなかった。
俺みたいな醜い存在には、この楽園に入る資格は無かった。ただ、せめて、サムとウィルだけはこの楽園に入れてあげたかった。
楽園(湖水地方)を追放された怪物は、潮が引いた浜辺を通りランカスターに向かっていた。その途中、遠くから悲痛な願いが聞こえてきた。
「神でも悪魔でもいい。誰か助けてくれ。俺にはまだやらなければならない事があるんだ!」
声がする方へ向かうと、そこでは、男が縛られ身体を浜辺に埋められていた。怪物は自らの醜さについての知恵の実を食していたので、とっさに外套に入っていた布で顔を隠して男に問いかけた。
「お前は何の罪を犯して、こんな目に遭っているんだ?」
縛られた男は答えた。
「確かに俺は罪を犯した。だが、巨悪を滅ぼすために俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだ」
俺は男の瞳を見つめた。俺やエーイーリーの様に、強い復讐心に捕らわれているが、悪人とは思えなかった。俺は、縛られた男を解放した。男は感謝を示した後、驚いて内陸に向かって走り始めた。
「時間が無い!。急げ!」
彼が走り去る様を俺はぽかんと見ていた。すると彼がこちらを振り向き、叫んだ。
「何してるんだ! 君も走らないと巻き込まれるぞ!」
訳が分らなかったが、とりあえず彼と共に走る事にした。しばらく、内陸に向かって走った後、男は立ち止まって岸の方を向いた。
「ギリギリ間に合ったようだ」
岸の方を見て驚いた。さっきまで砂浜があった所に、すさまじい勢いで水が流れ込んでいた。俺は、水割りをしたモーセを見る様な畏怖の目で男を見つめた。
「この辺は、潮の干満が急なんだ。だから俺を埋めた奴らは、俺が溺死したと見せかけるために、浜辺に俺を埋めていたんだ。法律で裁こうにも証拠がないから、自分たちで法律に触れずに、俺を殺そうとしたわけだ」
男はそういうと怪物の方を向いた。
「助けてくれてありがとう。俺はネッドだ。君の名前は?」
怪物は答えになっていない返答をした。
「俺に名前は…ない」
ネッドは、譲歩の提案をした。
「…名乗れないなら、顔だけでも見せてくれないか?」
怪物は首を振った。ネッドは、それ以上追求せずに別の事を尋ねた。
「君はこの辺に住んでいるのか?」
怪物は聞かれていない事まで答えた。
「いや。俺に居場所は無い。この世界のどこにも」
「…そうか。俺も無いんだ。奇遇だな。居場所がない者同士、居場所を探しに」
それから二人は、ヨークシャーの各地で、人助けと悪者退治を続けた。ネッドは腕力が弱い訳ではないが、圧倒的に不利な状況でも、激情に任せて戦いを挑むため、何度も怪物の助けを借りる事になった。一方、怪物の方も、社交的なネッドのおかげで他の人間達とも良好な関係を築けた。
二人は互いに打ち明けられない秘密を持ちながらも、共に行動する内に友情を築き始めていた。
***
その頃、結婚したゲンファータとマリアは、スイス・ジュネーヴを訪れていた。
ここに移り住んできたロバート・ウォルトンから招待を受けていたからだ。
ゲンファータは、ウォルトンの家の扉を叩いた。
「久しぶりですね、ウォルトンさん」
「フラ…じゃなかった…ゲンファータさん、お待ちしていました」
ゲンファータとマリアを、ウォルトンとその姉マーガレットも共に出迎えた。
ウォルトンの家で一息ついた後、お喋りが弾んでいるマリアとマーガレットを残して、ゲンファータはウォルトンと共にフランケンシュタインの墓を訪れていた。
近くに人影がいない事を確かめると、ウォルトンは一番の心配事を切り出した。
「怪物への復讐は終わったのですか?」
ゲンファータはウォルトンの心配そうな眼を見つめ頷いた。
「ええ。復讐は終わりました。少し不本意な形でしたが、怪物は死にました」
それから、ゲンファータは、怪物の死を聞くまでの自らの物語をきかせた。
話が一段落したところで、今度はゲンファータがウォルトンに問いかけた。
「そういえば、ウォルトンさんは、何故ジュネーヴに? てっきり、故郷の英国に戻っているものだと思いましたが」
ウォルトンはゲンファータと別れてからの経緯を語り始めた。
「北極探検から帰った後、私にも英国海軍の一員として働くように命令が出されていました。私は、それに従い、様々な戦いに参加しました。
そして、あの激戦のトラファルガーの海戦に参加した時に、私の神経は擦り切れてしまいました。国と国、人と人とが争う事に嫌気が差してしまったんです。
それに、一度失敗した事もあり、北極探検にまた自らが挑戦する気概も残っていませんでした。
北極探検は、海軍にいたジョン・ロスやジョン・フランクリン等がきっとやってくれるでしょう。私は、彼らに夢を託し、自らは陰ながら支えていくことに決めました。
今の私には、海よりも山の方が居心地が良いんです」
互いの状況を知った二人は、改めて墓の前で祈った。
帰り際、ウォルトンは問いかけていた。
「ここに、奥さんは呼ばなくて良かったんですか? 新たに家族になった人に、あなたの家族が眠っている場所を教えないつもりですか」
ゲンファータは少し俯いた。
「まだマリアは、俺の本当の姿を知らないんです。いつか話さなければいけない事は分かっています」
ゲンファータは、事情を知る唯一の存在であるウォルトンに心の奥底にある思いを吐きだしていた。
「そもそも俺自身が心の整理がついていないんです。自らの手で復讐を下していないからか、実感が湧かないんです。世間で起きているおかしな事柄を聞く度に、怪物の仕業ではないかと疑ってしまうし、まだどこかであの怪物が生きている悪夢を見る事もあります」
ウォルトンは優しく答えていた。
「きっと、あなたは復讐に憑りつかれていたのです。時間が経てば、心も平穏を取り戻すでしょう」
その言葉にゲンファータは少し落ち着いた。
「ええ。心が落ち着いて、マリアに子供が産まれたら真実を話そうと思います。その際には、またあなたにお世話になりますね」
ゲンファータは、墓を後にしながら考えていた。
もし、男の子が生まれたら、その子をウィリアムと名付けよう。
かつて、生を拒絶(Refusal)されたウィリアム・フランケンシュタインと同じ名前を。