13. Reconstruction of Illuminated Pantheon for Natural Philosophy [L^2]
13. Reconstruction of Illuminated Pantheon for Natural Philosophy [L^2]
(自然哲学の啓蒙神殿の再建)
Cela leur a pris seulement un instant pour lui couper la tete,
mais la France pourrait ne pas en produire une autre pareille en un siecle.
彼の頭を切り落としたのは一瞬だったが、
フランスは今世紀中に彼に匹敵する頭脳を生み出せないだろう。
アントワーヌ・ラボアジェの処刑についてのジョゼフ=ルイ・ラグランジュの言葉
隠れ家にしているノートルダム大聖堂の鐘楼の上で、怪物は次なる標的について思いを巡らしていた。ラボアジェ処刑を嘆いた自然哲学者ラグランジュ。
彼の嘆きには苛立ちを覚えた。
ラボアジェの頭脳に匹敵するものがいないからこそ、そんな危険な存在は処刑するべきたったのだ!
ラグランジュはサンクトペテルブルクで悪名を轟かせた、今は亡きキュクロプス・オイラーの弟子でもあった。彼は、フランス革命の動乱を逃れて、まだ生きておりこのパリに住んでいた。
怪物はついにその住居を見つけ出し忍び込んだ。恐怖のあまり立ちすくんでいるラグランジュに、俺が下した判決を述べた。
「お前の悪友ラボアジェも鋭い頭脳を持っていたが、お前もそれに匹敵する頭脳だ。この世界に自然哲学者は要らない。だから、お前の頭を叩き落とす。これ以上、自然哲学という悪が栄えないために」
怪物はギロチンよりも素早く、ラグランジュの頭めがけて腕を振りかざそうとした。その時、若い女性が二人の間に入った。怪物はとっさに手を止めていた。
「退け。俺が殺すのは後ろにいる自然哲学者だけだ」
女性は一歩も引かずに怪物を睨み付けた。
「どきません。自然哲学者を殺すと言うのなら、私をまず殺しなさい。私は、自然哲学者ルモニエの娘でラグランジュの妻です」
目の前の女性が、ヴィクターの妻エリザベスに重なって見えた。エリザベスを殺した時の後悔を思い出して手が出せなくなり、俺はその場を立ち去った。
しばらくして怪物は、ラグランジュが初代校長を務めたエコール・ポリテクニークという自然哲学の牙城を知った。ラボアジェとも知り合いだった化学者フルクロアが、この牙城の創立時に述べた報告を聞いた。
「憎むべきロベスピエールは人道を呪い、自然哲学を地上より葬り去ろうと企てた」
これには憤りを超えて呆れた。俺は彼の過ちを訂正した。
「愛すべきロベスピエールは人道を祝福し、それ故に、自然哲学を地上より葬り去ろうと企てた」
誤った考えで造られたエコール・ポリテクニークは人道の為に破壊しなければならない。
俺は更に、創設に貢献し現在もそこで教えている数学者モンジュも標的と見なした。それに、モンジュは、エジプト遠征にも参加してる存在だった。
俺は破壊するために、エコールポリテクニークの偵察に向かった。そこで、顔を隠しながら、学生と思しき一人に声をかけた。
「君はこの学校の生徒か?」
呼びかけられた人物は頷いた。
「そうですが、何の用でしょうか?」
「モンジュ先生に用があってな。いつもどこにいるんだ?」
生徒は、エコール・ポリテクニークの地図を取り出すと、モンジュがいる事の多い場所を数箇所指差した。俺は地図の出来に感心した。
「ありがとう。それにしても、よく出来た地図だ。私もその地図を買いたいのだが、地図の端に書かれている製作者J・V・ポンスレ氏にはどこに行けば会えるんだ?」
生徒は何故か赤面し、少ししてから答えた。
「それは私が自分で作った地図です。写しがあるので、差し上げますよ」
俺は驚いて、地図と生徒を代わる代わる見比べた。
「君が作ったのか! 売られていてもおかしくない出来だ。これは地図代として受け取ってくれ」
俺はどこかで拾ったお金をポンスレに渡し、彼に親しみを感じて去り際に忠告した。
「君は自然哲学者以外の道を選んだ方がいい。このままでは、いつか不幸な目に会うぞ」
しかしポンスレの自然哲学への情熱は、見ず知らずの存在の忠告で変わるほど、柔な物ではなかった。
俺は、エコール・ポリテクニークの創設者ガスパール・モンジュの襲撃をまず行う事にした。ポンスレから得た情報で、誰にも気付かれずにモンジュの元にたどり着いた。モンジュは複雑怪奇な図形を描いており、その前に立った。下を向いて作図している彼には怪物の足しか見えず、質問にきた生徒の一人と思い尋ねた。
「君も何か質問かね」
俺は皮肉を持って答えた。
「自然哲学の砦の弱点を幾何学的に教えてくれ」
モンジュはその返答に疑問を抱き、顔を上げて驚愕した。その時、本当に質問にきた生徒がその様子を見つけ、走って助けを呼びに行った。モンジュと怪物はその事に気付かず、話を続けた。
「君は何者だ? ナポレオンに敵対する国の者か?」
俺は自嘲気味に言った。
「俺には国も故郷も家族も無い。だが、ナポレオンが自然哲学を擁護するのなら俺は抗うつもりだ。個人的に少し恨みもあるしな。お前を殺した後、エコール・ポリテクニークを破壊するつもりだ」
モンジュは恐怖を抱きながらも毅然と答えた。
「わしを殺すのは構わない。だがこの学校と生徒だけは傷つけないでくれ。この二つはこの国の未来なんだ。壊させるわけにはいかない」
俺はモンジュの歪んだ愛に憤った。この学校が自然哲学を教えている事が、世界の未来を奪っているのだ!
その時、武器を持った生徒達が自分の周囲に集まっている事に気づいた。その中にはポンスレの姿もあった。ヴィクターの友人ヘンリー・クラーヴァルを思い出し、彼を傷付けたくないと思ってしまった。
もしここで、モンジュを襲撃したら、教師だけでなく生徒も応戦に出て多勢に無勢だろう。それに教師という悪魔は別として、洗脳されている生徒達はできるだけ傷つけたくはなかった。彼等は真実を知る前のエーイーリーの様に、自然哲学を学ぶ事が正しい事だと信じ込まされているのだ。
俺はモンジュの処刑とエコール・ポリテクニークの破壊を諦めて逃げた。
エコール・ポリテクニークとは何と酷い施設なのだ! しかし彼等の人数は少なく、対象となるのは一握りのエリートだけだ。
イギリスにある王立研究所は、エリートだけでなく、一般大衆にまで自然哲学を広めようとしているのだ。自然哲学の伏魔殿とも言うべき邪悪な施設だ。いつか破壊しなくてはならない。
そういえば、ラボアジェ、ラグランジュ、モンジュといった強大な悪魔に気を取られすぎて、パリにいるランフォードを襲撃する事をすっかり忘れていた。だが今から、彼を狙うのは得策ではないだろう。既に俺は、パリで何人もの自然哲学者を襲撃し、しかも多くの人々に姿を見られた。ランフォードを始め他の自然哲学者も警戒しているだろう。
ほとぼりが冷めるまでは、パリを離れていよう。
他の標的はないかと思っていた所、パリから少し南のアルクイユで、ラプラスという悪魔がアルクイユ会という組織を作っている事を知った。俺は次の標的を彼に定めた。
***
スペイン遠征から帰還したゲンファータは、久しぶりに、ド・ラセーの家を訪れた。
扉が、人間業とは思えない怪力でこじ開けられていた。そして、誰もいなかった。
まさか怪物が、ここに気付いて、ド・ラセー老人とマリアたちをさらったのか…
ゲンファータは嫌な予感がして、家の周囲を探し始めた。