11. Requiem for Luciferic Friend
11. Requiem for Luciferic Friend
(悪魔的な/光輝く 友への鎮魂)
Sleepst thou Companion dear, what sleep can close
Thy eye-lids? and remembrest what Decree
Of yesterday, so late hath past the lips
Of Heav'ns Almightie. Thou to me thy thoughts
Wast wont, I mine to thee was wont to impart;
Both waking we were one; how then can now
Thy sleep dissent? /new Laws thou seest impos'd;/
愛する友よ、眠っているのか? お前の瞼を閉ざしている
眠りはいったいどのような眠りなのだ? 全能者の口から出た
あの昨日の命令がどの様なものであったか、お前は覚えて
いるはずではないのか? 前には、わたしが自分の心をお前に打ち
明けた様に、お前もお前の心を私に打ち明けたものであった。
お前も私も、目が覚めている時には心は一つであった。
とすれば、お前が眠っているからと言って、意見を異にするはずがない。
John Milton ”Paradise Lost” Book V 670-678 line Satan's words for Beelzebub
ジョン・ミルトン 『失楽園』第5巻 670-678行 ベルゼバブへ向けたサタンの台詞
それから、エーイーリーの体調は日に日に悪化した。ついにある日、死期を悟ったエーイーリーは語り始めた。
「私は孤独でした。知識をどんなに得ても分かち合う友がいません。だから北極点であなたを見つけた時、少しでもいいからあなたと話したいと思いました。それで、あなたを安寧の眠りから起こしてしまったのです。生の苦しみと死の安らぎは、一番私自身が分かっていたのにもかかわらず。お詫びに私が死んだら、好きな本を持っていて下さい。ただ、忌まわしい研究書類だけは焼き払って下さい。あなたも造られたものの苦しみは良く知っているはずです」
俺は頷いた。
「君との出会いは無駄ではなかった。君に起こされなくても俺はあの時には死ねなかっただろう。君に会って初めて、生きていて良かったと思えたんだ」
エーイーリーは穏やかな笑みを浮かべた。
「私もです。短い人生でしたが、辛くても生きた甲斐がありました…」
式たちは、モーツァルトのレクイエムを奏でていた。
少し間をおいて、小人は真剣な顔で俺を見つめた。
「最期に頼みたい事があります。あなたが何度も行ってくれた小さな湖がありますね。あのエルレンゼー湖に私を連れて行って下さい」
怪物は驚いた。
「でも、外に出たら君は死ぬんだろう?」
小人は怪物の目を見つめて頷いた。
「もう残された命は長くありません。一度でいいから、外に出てみたいんです。それに私の人生は私自身で歩みます。ディッペルの定めた寿命に屈する位なら、自ら死を選びます」
俺は友の最期の旅に同行する事を決めた。
「私が死んだらそこに埋めてもらえますか。私の様な超自然の存在でも、死んだら自然の一部となれるのでしょうか?」
俺は小人を肩に乗せ、研究施設の外に出た。湖に向かう間、エーイーリーの体調は悪化し、何度も血を吐いていた。それでも嬉しそうに色々なものを眺めながら俺に語りかけた。
「…これが外の世界ですか。やはり現実世界は素晴らしい。私は現実に存在していたんですよね?」
「君は、確かに存在していた。世界が君の事を知覚しなくても、俺だけは君を決して忘れない」
ついに湖に辿りつき、エーイーリーは湖面を眺めながら言った。
「これが湖ですか。綺麗なものですね。透明な水が集まったはずなのに、どうして湖は青いのでしょう?」
俺は、首をかしげながら青空を指差した。
「頭のいい君にすら分らないのに、俺が分かるわけないだろう。空が青いのと同じ理由だろうか?」
エーイーリーは無邪気に笑った。
「では、これから考えてくださいね。いつか答えが分ったら、私にも教えて下さい」
小人は今までに無いほど大量の血を吐き、空と湖だけでなく地面も青く染まった。小人は怪物の方を向いて最期の言葉を告げた。
「私の様な古い者の時代はここで終わりです…。これからはあなたの時代です。あなたはどんな道を飛翔するのでしょう? できれば私とは違う道を選んで下さい…」
エーイーリーは、イカロスのように命を燃やして現実を追って死んだ。俺は深く嘆き悲しんだが、涙は一滴も出なかった。小人の創造主はエーイーリーに青い血を流し続ける事を強制したが、巨人の創造主は怪物に透明な涙を流す事を許さなかった。
俺はエーイーリーを埋め、小さな墓標を立てて青い血でこう記した。
Here lies one who blue blood
高貴なる(青き)血の者、ここに眠る
俺は研究室に戻ると、本棚にある『失楽園』などの文学の本を鞄に詰め込んだ。その鞄を人通りの多い所に置き、気になった本を一冊だけ抜き取った。そして研究施設と禁書(自然哲学の本)に火をつけ、それらが灰になるのを見届けた。
俺はその場を後にし、自然哲学者の殲滅という現実に戻った。その手にはプルタルコスの『モラリア』第一巻が握られていた。
しかし、俺には次の標的が分からなかった。ふと気がつくと、エーイーリーの操る屍器と出会ったミュンヘン近くの公園に戻っていた。
こちらに向かう足音が聞こえ、怪物は回想から現実へと引き戻された。バイエルン兵の二人組らしいが、こちらには気付いていないようだ。二人の会話が聞こえてきた。
「なあ、ここエングリッシャー・ガルテンって確か前の陸軍大臣が作ったんだよな。確か、ナントカフォードとかいう名前だった気が」
俺はある程度の関心を持って聞いていた。脅して尋ねる方法では得られない情報もあるからだ。しかし、この公園の作り主の話などどうでもよかった。
「ああ、ランフォード伯だろ。確かアメリカ生まれだけど陸軍大臣になった」
「そうそう、ランフォードだ。ここを出た後、どこに行ったんだ?」
「知らないのか。イギリスに戻って、Royal Institution(王立研究所)を作ったぞ」
兵士の話にもうあまり関心はなかった。大臣のベンフォードだかランフォードだか知らないが、王立の施設(Royal Institution)も作った事は俺には無関係だった。彼はこの公園の様な施設を作るのが好きらしい。
「ああ、あの”自然哲学を万人に普及させ、人々の為に応用する”目的で作られた王立の研究所(Royal Institution)か」
俺は驚きの余り物音を立ててしまったが二人は話に夢中で気付かなかった。
Institutionは公園などではなく、”自然哲学の伏魔殿”だった!
”自然哲学を万人に普及させる”だと? あの悪魔の技を万人に解放するというのか? ヴィクターやクレンペの様な奴を幾千も生み出すつもりか。ランフォード、何という奴だ。お前を罰しなければ!
「確か、王立研究っ所のデービーっていう若くてハンサムな講演者が面白い実験をして、女性にも大人気らしいな」
デービーとかいう奴も、誑かされたのだ。まだ間に合うかもしれない。
「そういえば、彼は今どうしているんだ?」
「今はパリで暮らしているよ」
ここに悪魔有り!
パリに向かい、ランフォードに裁きを下してやる。
道に迷っていった俺に、新たな道が生まれた。これも、エーイーリーの導きだろうか。
俺はフランス、パリに向かった。
***
その頃、ライン川では、美しい弦楽器の音が鳴り響いていた。
「いい音楽ですね。モーツァルトのレクイエムですか」
ゲンファータは扉を叩きながら尋ねた。
「おお、ゲンファータさん。久しぶりじゃのう。なぜか、この曲を弾きたくなってのう。マリアの父親が亡くなってから、もう3年以上経つからかのう」
ド・ラセー老人は、ギターを弾いたまま、マリアが扉を開けて、ゲンファータを迎え入れた。
マリアを救って以来、ゲンファータは仕事の合間にド・ラセー家を時々訪れていた。
傭兵として働きながら、怪物を探す日々は、彼の心を消耗させるばかりだった。
そんな彼にとって、ここは心休まる数少ない場所だった。
しかし、彼がここに訪れているのはそれだけではなかった。
最初は、マリアの事が心配で訪れていた。ド・ラセー老人の穏やかさも良かったのかもしれない。
初めてド・ラセーと聞いた時から、何かが引っかかっていた。しかし、あの時はマリアのの命を救う事に専念していたので気づかなかった。
数回、ド・ラセー家を訪問し、その一方で怪物の行動を予測する為に、情報を振り返った時にようやく気付いた。
ド・ラセー家は、あの怪物が隣で暮らして言葉を覚えた一家だった。
俺にとっては、怪物の身の上話など気味が悪いだけだったから忘れかけていたのだ。
俺が事情を知っているのもおかしいので、遠回しにフェリックス達に尋ねたが、すぐに裏は取れた。
ただ、老人はあまり話したがらない様子だった。当事者だけに何かトラウマになっているのかもしれない。
密かに、かつてのド・ラセー家の付近も訪れたが、焼け跡があるだけだった。
今の所、まだ見つかっていない様だが、もし、怪物がここを見つけたら、ド・ラセー老人やマリアがどんな目に合う事だろうか。
アイツは、幼いウィリアムを殺したような極悪非道な奴だ。きっとド・ラセー一家に復讐し、マリアもついでに殺すのだろう。
それを防ぐためにも、俺はド・ラセー家を頻繁に訪れる必要があった。
ただ、ここ一年ほど一向に怪物が出る気配はなく手がかりも失ってしまった。また、ナポレオンからスペインへの遠征命令を受けていた。しばらくここには来れなくなるだろう。
ゲンファータは、ド・ラセーとマリアには、遠回しに、怪物や盗賊などに注意する様に伝えると、ド・ラセー家を去った。
ゲンファータが去ってから、数か月後、ド・ラセー老人とマリアは二人で留守番をしていた。
マリアが退屈そうに呟いた。
「最近、ゲンファータさん来ないね。フェリックスさんとサフィーさんも、二人で遠くに行っちゃったし。少し寂しいな」
老人はマリアの頭を撫でながら言った。
「そうじゃのう。じゃが、しばらくすればまた会えるじゃろう」
その時、戸を叩く音がして、老人は首をかしげた。
「アガサ達が帰ってくるにはまだ早いが、誰か来客かのう。ゲンファータさんなら名乗るじゃろうし」
マリアは飛び跳ねた。
「もしかしたら、優しい怪物さんかもしれない!」
老人は笑い、マリアは誰かと呼びかけた。
「俺は怪物だ!」
前に聞いた声とは違う気がしたが、あの時は意識もうろうとしていたから違う声に感じたのかもしれない。
「本当に怪物さんが来たんだ!」
マリアは喜んで、鍵を開けようとした。しかし、その前に扉は開いていた。強力な力でこじ開けられていた。扉の向こうにいたのは優しい怪物さんではなく、凶暴な『怪物』だった。