10. Resonance of Electric Giant and Magnetic Dwarf; or the Pair of Light
10. Resonance of Electric Giant and Magnetic Dwarf; or the Pair of Light
(電気的巨人と磁気的小人の共振;あるいは、一組の光)
If thou beest he; But O how fall'n! how chang'd
From him, who in the happy Realms of Light
Cloth'd with transcendent brightnes didst outshine
Myriads though bright: If he whom mutual league,
United thoughts and counsels, equal hope,
And hazard in the Glorious Enterprize,
もし、お前があの者だとしたら。ああ、そこまで堕ちて変わり果てててしまうとは
お前は、光に充ちたあの幸福な天国で
一際輝いていた天使だった!
夥しい輝ける天使の群れのなかでさえ。お前がかつて私と血盟を結び
思いと志を一つにし
この偉業に挑んだあの天使だったのか!
John Milton ”Paradise Lost” Book I 84-89 line Satan's words for Beelzebub
ジョン・ミルトン 『失楽園』 第一巻 84-89行 ベルゼバブへ向けたサタンの台詞
怪物が自らの経緯を話し終えると、小人は感慨深げに言った。
「私の創造主は、私に名前を与え育ててくれましたが、道具としか思っていませんでした。それに対し、あなたの創造主は、あなたに名前も与えず育てる事もしませんでした。しかし、少なくとも道具だとは思っていませんでした。非常に対照的ですね」
怪物は友人に話している様に答えた。
「ああ。それに身体の大きさも大分違う。だが、どちらも創造主から耐え難い苦しみを受けた事に変わりは無い」
小人はその返答に微笑むと、改めて怪物をじっくり眺めながら語りだした。
「そうですね。ただ違いはそれだけではありません。あなたは私と同じ錬金術から造られた存在だと思っていましたが違うようです。また、私の様に磁気の力に頼っている訳でもなく、あなたにはどこか雷に似たものを強く感じるのです」
怪物はフランケンシュタインの日記を思い出しながら答えた。
「確かに創造主ヴィクターは錬金術を学んでいたが、それと同じ位、雷の元である電気学に関心を持っていた。最近、発達している新しい自然哲学だ」
小人は納得すると半ば独り言の様に呟いた。
「そういう事ですか。ふと思ったのですが、あなたの電気と私の磁気が合わさったら、どうなるのでしょうか? 光でも生まれるのでしょうか? あるいは、ルシファーみたいに、世界を支配できるでしょうか」
俺と小人は、互いを見つめ笑いあった。
話が一段落すると、エーイーリーは屍器に乗り込み立ち上がり、壁に並んでいる屍器に似た存在を指差した。
「あなたはこれらを北極でも見た事があるはずです」
俺は、北極点での夢の中で見たあの存在だと気付いた。
「まさか、あれは君の仕業だったのか?」
エーイーリーは語った。
「私は塵の子のあらゆる思いを知っています。あれは私が送ったものです。私は、北極の白夜やオーロラを見るのが好きでよく行っていたのです。北極点で半ば死んだあなたを見つけた時は驚きました。今まで、誰かがいた事はなかったからです。だからこそ、ある意味で必然だったのかもしれません。まだ、人類は北極点に到達できないのですから、いるとしたら人間以外の存在だけです」
怪物は尋ねた。
「君がこれらの屍器に乗って、北極点に来たのか?」
「いえ、これは屍器ではなく、屍機(Corpus Machina)です。これらは、私が乗って操らなくても与えられた命令に従って動きます」
小人が一体の屍機の頭部を開くと、中で金属製の円盤が回っていた。
「この円盤に磁気で記録された命令を与えて、その円盤を読み取って屍機は動きます」
小人は屍機の動く仕組みや、眼球代わりにはめ込まれたレンズによって得られた映像を記録する仕組みなど、各部分の説明を始めた。それを聞きながら、怪物は疑問に思った。
「君自身が直接行かずに、こんな面倒な手段を取ったのには何か理由があるのか?」
エーイーリーは悲しげにうなずいた。
「ええ、その通りです。私はディッペルの呪いで、この施設の外に出ると死んでしまうのです。だからこそ、闇のイルミナティの施設の壊滅をあなたにお願いしたのです」
俺には返す言葉が見つからなかった。エーイーリーは話を元に戻した。
「発見した当初、あなたは相当弱っていました。なので、屍機に手術を行わせて、あなたを復活させました」
「そうだったのか。ありがとう。数年眠っていた割に、妙に体が動くと不思議に思っていた」
「かつて8フィート(約2.4m)あった、あなたの今の身長は、6'6''6'''(6フィート6インチ6ライン)(約199cm)。あなたの身体の一部は腐敗していた為、切除せざるを得ませんでした」
俺は、自分の身長を改めて確かめてみた。
「復活してから少しだけ地面が近くなった気がしていたんだが、身長が本当に小さくなっていたのか」
「しかし、あなたを復活させた後、次の屍機を向かわせた時には、あなたは北極にいませんでした」
怪物は目覚めた時の事を思い出していた。目覚めたときには死者がいなかったのだ。
「俺は、この屍機達は俺の夢の中の存在だと思ったんだ。だから、勝手に旅立ってしまった。すまない」
「多分、そうだとは思っていました。私は、あなたを見失った後、屍機を各地に配置して探させました。そして、インゴルシュタットでようやくあなたを見つけ、ミュンヘン近郊のエングリッシャー・ガルテンで、屍機にあなたへの手紙を渡したのです」
怪物は、エーイーリーの話の順序がおかしい事に気付いた。
「ちょっと待ってくれ。エングリッシャー・ガルテンの前に、アメリカでブノワと会っている。彼を送ったのも君だろう?」
エーイーリーは困惑した。
「…ブノワ? 私は、屍機に識別番号しか与えて、名付ける事はしていませんが」
「ブノワは、彼の生前の名だ。アメリカで戦って、共にハイチで戦ったんだ」
それでも、小人に心当たりはないようだった。
「ただ、ブノワはまるで自分の意志を持っているようだった。ブノワは最後に、『仲間がいる。行け、フランケンシュタイン…』と言っていたんだ。俺を仲間と思い、フランケンシュタインと言う名を知っているのは君ぐらいだろう。それに、ブノワが死んだ時、頭の中に同じ円盤が見えて、蛾が羽ばたいて行ったんだ」
エーイーリーはしばし考えた後、口を開いた。
「確かに、アメリカに向かわせた屍機の内、何体かは行方不明でした。その中の一体だと思われます。また、私は屍機にあなたを見かけたら、このフランケンシュタイン城まで来れる様に、『仲間がいる。フランケンシュタイン城に行け』と言う様に命令していました。多分、途中で力尽きてしまったのでしょう。私は、あなたがフランケンシュタインと言う人物から創られた事は知りませんでした。何という偶然でしょうか。
ブノワが自律行動を取っていたのは、もしかしたら、蛾が中の円盤に何かバグを起こしていたのかもしれません。あるいは生前の強い意志が、死してなお彼を突き動かしたのかもしれませんね」
「俺は、ブノワの遺志だと信じたい。俺が出会ったのは彼が死んだ後だが、ブノワは立派な人間だった」
それから、俺はエーイーリーと一年近くを穏やかに過ごした。小人は本を沢山持っていたため怪物に貸し、俺は外に出れない小人の代わりに近くの湖に行ったり、花などを取ってきた。
エーイーリーから『ガリヴァー旅行記』を借りて読んでから、しばらくは互いにリリパット(小人)、ブロブディンナグ(巨人)と呼びあっていた。
しかし、それよりも、エーイーリーをベルゼバブ、怪物をサタンと互いによく呼ぶ様になった。
ミルトンの『失楽園』において、サタンとベルゼブブは共に創造主に反逆し、深い友情を抱いていたからだ。ただ、どちらがサタンかベルゼバブと呼ばれるかについては少し揉めた。
俺は、エーイーリーの方が賢く、自分より年長だからサタンにふさわしいと主張した。しかし、エーイーリーは、動けずハエがたかるしかない自分はベルゼバブの方がふさわしく、俺の方は一人でも楽園(外の世界)に行けるからサタンに相応しいと言って聞き入れなかった。
ついに俺の方が諦めた。
「君がベルゼバブと名乗るなら、俺はサタンとしての友情を貫こう」
その後、『失楽園』しか知らなかった俺に、ベルゼバブは同じミルトンの『復楽園』と『闘士サムソン』を貸した。
『闘士サムソン』を読み終えたある日、穏やかな音楽が聞こえた。そこでは、エーイーリーが屍器に乗り、不思議な回転する黄緑色のガラス(ウランガラス)を触っていた。綺麗な音色はそのガラスから聞こえていた。俺は演奏を静かに聴き、演奏が終わると、小人にその楽器について尋ねた。
エーイーリーは答えた。
「アルモニカという楽器です。フランクリンが創って、メスメルが治療に用いた事で有名ですよ」
俺は、フランクリンと言う言葉に反応した。
「ベンジャミン・フランクリンの事か! 雷を盗んだ忌まわしき自然哲学者!」
小人は、少し反論気味に言った。
「ええ、そうです。彼は、アメリカを独立に導いた偉大な人物ですよ」
エーイーリーは、ぽつりと呟いた。
「確かにディッペルやヴィクターは酷い存在でしたが、自然哲学が全て悪いわけではありませんよ」
しかし、俺にはその意見は理解できなかった。自然哲学者は皆、悪だ。消さなければならない。
エーイーリーほどに頭がいいと、何か余裕が生まれるのかもしれないが、俺にはそれは出来なかった。
「それはそうと、あなたも演奏してみますか?」
俺は頷き、アルモニカの前に座った。誰が作った物であれ、綺麗な音を鳴らす楽器を演奏したかった。
そして、手前にある、回るガラスに指をつけた。しかし、あまりにも強く指を押し付けたため、酷い音がして回転が止まってしまった。壊してしまったと思い、気まずそうな顔をした俺を見て、エイーリーは笑って、弾き方を教えてくれた。しばらくして、どうにかドレミが弾ける位にはなった所で、今日のレッスンは終わりだった。俺は尋ねた。
「さっきの綺麗な音楽は何ていう曲なんだ?」
「モーツァルトのアダージョ ハ長調です。早く上達して、屍機よりも上手くなってくださいね」
アルモニカを片付けた後、怪物は読み終わった『闘士サムソン』を本棚にしまおうとした。それを見ていたエーイーリーは悲しげに言った。
「『闘士サムソン』ですか。その本の中で、サムソンは目が見えなくなった事を嘆いていますが、色々見えていても、それらに関われない方が辛い事を著者ミルトンは知っていたのでしょうか?」
それから怪物は、アルモニカの練習をしたり、ゲーテに会ったりした旅の話を聞かせたり、『リリカル・バラッズ』等の詩を読んだりして、時を過ごしていた。
しばらくして、怪物のアルモニカ演奏が上達したので、演奏会が開かれた。怪物が『モーツァルトのアダージョ』を演奏する周りで、屍機達がリズムに合わせて踊っていた。
怪物の演奏が終わるとエーイーリーが拍手し、屍機がアルモニカでモーツァルトの『レクイエム』を演奏し始めた。怪物は一息つくと本棚へと向かった。本棚には俺が一巻しか持ってなかった『プルターク英雄伝』が全巻揃っていた。俺は、二巻から順番にそれを読んでいき、ついに今日、最終巻を読み終わり本棚に戻した。
次に読む本を探すために戻した本の隣を見ると、同じ作者の『モラリア』第一巻を見つけた。何気なく俺が開いたページは、「似て非なる友について」と言う章だった。その本を手にとって眺めているのを見て、エーイーリーは悲しそうに笑った。
「それは、私達二人には無用の章です。偽物の友と本物の友を見分ける方法について書かれた物だからです」
俺にもエーイーリーの悲しい顔の理由が理解できた。本棚にその本を戻そうとすると、小人がさっきの発言を訂正した。
「いや、あなたにはいつかこの本が必要になるかもしれません。人間の友達が出来る可能性は低いと思いますが、これから先、各地で出会う存在の中にあなたの友達がいるかもしれませんから」
今までの経験から、自分には友達が出来ないだろうと考えていたが、この言葉に少しだけ希望を貰った。怪物が希望を抱いた時、エーイーリーは絶望していた。
「ですが、私自身には友達は決して出来ないでしょう。私はここから出れないので、誰にも知覚されていません。バークリの「Esse est percipi(存在するとは知覚される事である)」の裏は「存在しない事とは知覚されない事である」です。だからそもそも存在すらしていない私には友達ができる事もありません」
俺は、エーイーリーの悲しい論理に強引に反論した。
「俺が君の事を知覚している。だから君は存在している。俺の友達だ。もしこれから俺に友達が出来たら、君にも紹介する。君の友達である俺の友達も、君の友達になれるだろう?」
小人は怪物の友情の篭った反論に笑った。
「そうですね。良く考えれば、命題と裏の真偽は必ずしも一致しませんでした。でも、『友達の友達も、友達』という命題を帰納法的に考えると『世界中の存在が私の友達』になってしまいますよ」
小人はしばらく笑っていたが、それが咳に変わり、ついには血を吐いてしまった。その血の色は青だった。小人は更に血を吐きながら、近くにある瓶を指差して微かな声で言った。
「そこの小瓶を…取って…くだ…さい」
俺は、エーイーリーに小瓶を素早く渡した。小人は瓶の中の液体を飲むと落ち着いたようだった。俺は安心して流れた血を拭きその布を眺め、クレンペの研究室で見た死体が着ていた真っ青な服を思い出した。小人が調子を取り戻して喋り始めた。
「そういえば言ってませんでしたね。私の血は青いんです。ディッペルの祖父コンラッド・ディッペルがディースバッハと共に紺青という染料を開発したんです。当時は評判で、プロイセンの制服もこの色に染められてプロシアンブルーと呼ばれる様になったんですよ。孫の方は、この紺青を基本に私の人造血液を造りました」
俺は心配して尋ねた。
「そうだったのか。それよりも病気なのか?」
「I was cursed by the creator (私は創造主に呪われた) ディッペルは、私に寿命を設定していたんです。その寿命が近づいているんです」
俺は真剣に問いかけた。
「君ほどの頭脳があれば、寿命を延ばせないのか?」
小人は諦めの表情を浮かべた。
「もう何度も試してみました。これでも少しは寿命を延ばせたんです。あなたとの楽しい時間を少しでも長く過ごしたくて…」