8. Re-quest from Illuminati-on Darkness
8. Re-quest from Illuminati-on Darkness
(闇のイルミナティからの依頼 / 闇の啓蒙への再探求)
I paused, examining and analysing all the minutiae of causation, as exemplified in the change
from life to death, and death to life, until from the midst of this darkness a sudden light broke in upon me.
私は、生から死へ、死から生へと変わる特徴的な因果関係について、思案し、調査し、分析しました。そして、この闇のただ中から、突然光が私に差し込んだのです。
Mary Shelley ”Frankenstein; or The Modern Prometheus” Chapter 4 Recollection of Victor
メアリー・シェリー 『フランケンシュタイン;あるいは現代のプロメテウス』第4章 ヴィクターの回想
怪物は、謎の死者の導きに従い、イルミナティの隠れた拠点を探し出して、破壊を始めた。
拠点はヨーロッパの各地に広がっていた。手始めにミュンヘン近郊の拠点を潰した後、俺は西のウルムを目指した。
ウルムへと向かう途中、昔懐かしい光景に出会った。確かここは、ド・ラセー老人達の家があった所だ。
しかし、もうここには焼け跡しかなかった。彼らが引っ越した後、絶望した俺が住居を焼き払ったのだった。
彼らはどこにいったのだろうか。何をしているのだろうか。少しだけ気になった。
ライン川が綺麗で住みたいとか話していた気がする。今度、ライン川の周囲を探してみるのもいいかもしれない。
俺が辿り着いた時、ウルムは戦争に巻き込まれていた。フランス軍とオーストリア軍がこの近くで戦っていた。戦いの混乱に紛れて俺は、拠点を見つけ出した。
ウルムの拠点は、今までと少し違っていた。やたらと直角の建物が多く、警備や実験用の機械人形が散乱していた。デカルトの研究を発展させていたようだ。
この拠点を破壊した帰り道、俺は呼び止められた。
「そこの怪しい奴、止まれ!」
俺は声のした方を振り向いた。遠くで顔までは分からないが銃を構えた軍人だとわかった。
厄介毎に巻き込まれたくなかった俺は、命令を無視して全速力で姿をくらませた。
「怪物め!」と叫ぶ若い男の声が聞こえ、銃弾が肩をかすめたが傷ひとつなく逃げる事が出来た。
ウルムを発った後、このまま西側の拠点を潰す予定だったが、フランス軍が大量になだれ込んでいる事もあり、さっきみたいに道すがら警戒される事が多くなるだろう。
ここは進路を変えた方が良いと俺は考え、一度、ほとぼりが冷めたであろうインゴルシュタットに戻り、隠れていた拠点を壊した。
その後、俺は東へと向かい、チェコ・プラハに辿り着いた。
プラハも闇のイルミナティの一大拠点となっていた。
ルドルフ2世によって、錬金術師やティコ・ブラーエやヨハネス・ケプラーなどの自然哲学者が庇護された伝統が残っているため、潜伏や研究にはうってつけの場所となっていた。
ここの拠点を守る門番は、ラビ・レーヴが作ったゴーレムをベースにしていた。怪力の俺でも互角の相手で、同行していた死者が弱点である額の文字を消せと教えてくれなかったら、俺はやられていたかもしれない。
拠点を潰し終え、内部を探索していると、牢獄に幽閉されている女性を見つけた。
俺は、鉄格子をこじ開け、女性の鎖を外した。女性は目を開けて、俺を見つけたが怖がらず、死んだ様な目をしていた。
「あなたは死神ですか?」
どうやら俺を死神だと思っているようだった。
「俺は死神ではない。こんな醜い姿だが、人間としての心は持っているつもりだ」
「そうですか。あなたが何者でも構いません。もう生きるのに疲れたんです。……殺してください…」
彼女は完全に生きる気力を失っていた。死の方が幸福と思える様な酷い拷問を受けたのだろう。
何故か、他人事だとは思えなかった。俺は彼女の説得を試みる事にした。
「君が本当に死を望むのなら、安らかな死を与えよう。だが死ぬ前に、俺の惨めな生涯を語らせてくれないか? 君の苦痛を和らげる事ができるかもしれない」
女性は頷き、怪物の話に耳を傾けた。
怪物が語り続けるうちに、女性の目には生気と涙がこぼれてきた。
「こんな俺でも、生きようと思った。君は、まだ若い。きっとこれから生きていけばいい事もあるだろう」
少しだけ生気を取り戻した女性は言った。
「ええ…もう少しだけ生きてみようと思います」
元気を取り戻した女性を見送り、俺はプラハを去った。
怪物の背中が見えなくなるまで、女性はその姿を見ていた。
あんな怪物でも生きようと思ったと知り、もはや人間とはいえない自分自身も少しだけ勇気をもらった。
私を説得できるのは、あの怪物ぐらいしかいなかったのかもしれない。
エリナ・マクロプロスは、再びこの長い生命を前向きに生きる事を決めた。
その後、俺はヨーロッパを北東に進みながら、隠れた拠点を潰し続け、ロシア・サンクトペテルブルクに辿り着いた。
サンクトペテルブルク科学アカデミーがあり、オイラーという自然哲学を学ぶサイクロプスが住んでいた場所だった。
その拠点は、今までと違って力づくでは侵入する事が出来なかった。
三角ピラミッドの中央に、本物の目が埋め込まれたオブジェが常に見張っていた。
扉の前には、縦横8マスある四角い床があった。
マスに足を載せると床が沈むのだが、そのまま歩くと、踏んだ床が浮き上がり元に戻ってしまった。
試行錯誤の末、どうやら前後左右に2マス進んだ後左右に進む事で、今まで踏んだ床が元に戻らない事が分かった。
どうやら、この全てのマスを踏まないといけない様だ。しかし、その順番については、俺の頭脳では全く正解が分からなかった。
何日か悪戦苦闘した後、新たな死者が現れ、手紙を渡した。
「チェスのナイトツアーの問題です。
以下の番号通りに、床を踏めば扉は開くはずです。
闇のイルミナティ」
俺が手紙の通り、床を踏むと、扉を開ける事が出来た。しかし、ようやく入った拠点の中では、ほとんど研究が行われていなかった。難しすぎて入れる人がいなくなってしまったのかもしれない。
俺は骨折り損だと感じながら、サンクトペテルブルクを発ち、北へと向かい、フィンランドを海岸沿いに進み、ヘルシンキ、トゥルクを経由して歩き、そこからは泳いでストックホルムに辿り着いた。
そこで自然哲学者ベルセリウスの存在を知った。
俺は、ベルセリウスの元を訪ねた。彼は背を向けて頭を押さえていた。
「お前がベルセリウスか?」
ベルセリウスは振り向かずに答えた。
「今は、話しかけないでくれ」
苛立った俺は、彼の椅子を引っ張り、回転させて自分の方に向けさせた。ベルセリウスは俺を見た瞬間に驚き、椅子を倒して後ずさった。
「お前は誰だ?」
「俺はお前…(I am you...)」
その時、さっきの衝撃で不安定になった薬品が棚から落ち、二人の間に炎が上がった。「俺はお前の敵だ(I am your Adversary)」と言おうとしたが、途中でさえぎられてしまった。物音を聞きつけた人がこちらに向かう足音が聞こえ、俺はこの炎を通り抜ける事は無理だと判断し、消え去った。
炎はすぐに消し止められ、少し薬品が使えなくなったり、本が焦げた程度で、大きな被害はなかった。ベルセリウスは、助けに来た知人に怪物を見なかったかと尋ねたが、誰もその姿を見たものはいなかった。
ベルセリウスは悩んだ。今まで、頭痛の時に軽い幻覚を見た事はあったが、この前の怪物はあまりにも現実味があった。しかしその怪物は、「俺はお前」と言った。もしかして、もう一人の自分なのか? もう一人の自分がいるという噂は聞いた事があったが、今まで真剣に考えた事は無かった。その噂は真実で、凶暴なもう一人の自分に主導権を握られるかもしれない。
それから、ベルセリウスは頭痛の時は他人を傷つけない様に配慮し、密かに、似た様な症例の研究を始めた。
ストックホルムを去った俺は、デンマークのコペンハーゲンを通過中、人と肩がぶつかったが、一言謝るとすぐにまた歩き始めた。怪物とぶつかったコペンハーゲン大学の教授エールステッドは呆然と立ち尽くし、怪物の方に気を取られ、持っていた方位磁針が微かに動いた事に気づかなかった。
俺は、拠点を壊していきながら、キール、ハンブルクを経由して、ゲッチンゲンまで来ていた。そこで、ガウスという悪魔が住んでいる事を知った。彼は、正十七角形という魔方陣に似たおかしな図形の作り方を見つけたりしていた。
俺はガウスの元を訪れ、何をしているかを尋ねた。しかし、彼の返答はまるで呪文の様に意味不明で、彼がヴィクターの様な悪事を何もしていないと感じ、そのまま退散した。
後になって考えてみると、それ自体がガウスの魔術だったのではと俺は疑いを持ったが既に遅かった。
そして、ヴァイマル(Weimar)に着いた俺は、ゲーテがこの町に住んでいる事を知った。
Voila un homme!(ここに人あり!) 俺が昔読んだ『若きウェルテルの悩み』の作者だ! 使命とは全く関係ないが、少しで良いから会って話がしたい。
俺は、ゲーテの家を見つけると二階から忍び込んだ。ゲーテは突然の訪問者に驚いたが、俺は外套で顔を隠しながら言った。
「驚かせてすみません。あなたに危害を加えにきた訳ではありません。私は、『若きウェルテルの悩み』がとても好きで、どうしても一度、あなたに会いたかったのです」
ゲーテは怪物の熱心な話しぶりに、別の点で不安を抱いた。
「君は私が書いた『ウェルテル』が好きだといっていたが、まさかこれから自殺するつもりではないだろうね?」
あのゲーテに少し心配してもらった事に感動した。
「確かに私は、何度も自殺しようと考えました。しかし今は目的が出来たので、自殺するつもりはありません。精一杯、生きていくつもりです」
それを聞いてゲーテは安堵した。
「良かった。…所で、君は私の他の本も読んでいるのかい? 私は今年、戯曲『ファウスト』を出したのだが…」
俺は巨体を縮めた。
「すいません。私はとても貧乏で、あなたの他の本は読んでいないんです。『ウェルテル』を読んだのも偶然拾ったからなんです」
ゲーテは怪物の妙な言動の原因は貧困だと類推し、深く追求すると話題を変えた。
「そうか…。でも、ファウスト伝説ぐらいは知っているだろう?」
「すいません。知りません。どんな話ですか?」
「簡単に言えば、錬金術師ファウスト博士が、悪魔と契約し破滅する話だ」
ファウスト博士に、ヴィクターやクレンペを重ね合わせて憤った。
「過去の錬金術師だけでなく、現在の自然哲学者達も、どうしてファウスト博士の様に誤った道に進むのでしょう?」
ゲーテは共感した。
「君も名前ぐらいは聞いた事があるだろうが、最大の自然哲学者ニュートンの光学を知った時に、同じ様な事を私も思った」
「ニュートンの光学とはどの様なものなのですか?」
さっきから妙に下の階がうるさかったが、ついに怒鳴り声が聞こえてきた。しかし、ゲーテは構わず話を続けた。
「ニュートンは、色彩の変化はプリズムで分解してできる七つの色を、ただ組み合わせたものだと考える。まるで死体を継ぎ合わせたものを人間と呼ぶ様なものだ。私はそうではないと思う。まだ完璧にはまとめていないが、色彩の変化は光と闇の調和だと考える。つまり生きた人間同士が手と手を取り合ったりする事で、色彩の変化が生まれるのだ」
ニュートンの光学の説明はあまり理解できなかったが、ゲーテの比喩にぞっとし、彼以上にニュートンと自然哲学を憎悪した。
「そうです。自然哲学は悪です。世界から消し去らねばなりません」
ゲーテは、怪物の言葉に少し顔色を変えた。
「いや、自然哲学のすべてが悪い訳ではない」
尊敬する作家からの思いがけない発言に、言葉を失った。その時、二階を駆け上がる音がして扉が開き、女性が入って叫んだ。
「あなた、大丈夫なの!」
扉を開いた時の風で外套で隠していた俺の顔が露になった。俺は、女性と目があい、その瞬間女性は悲鳴を上げ気絶した。更に誰かが駆けつけてくる音がした。もうこれ以上長居する事は出来ず、二階の窓から逃げた。
二階の窓から外を眺め、ゲーテは考えていた。一体あれは何だったのだ? 私が書いた『ウェルテル』の愛読者だったが、あれは果たして人間だったのか? メフィストフェレスが私に取り入ろうとしていたのか?
考えても答えは出そうに無かったため、彼は視線をベットで気絶したクリスティアーネの方に向けた。彼女が気絶した直後、アルザス軽騎兵が二階に上がってきて事情を説明してくれた。一階に、酔って手の付けられないフランス兵が二人いて、二階にいるゲーテを襲おうとしたため彼女と軽騎兵がフランス兵を追い出し、彼女はゲーテの無事を確認するために二階に上がったのだった。
思えば、彼女がアウグストを生んでから十五年以上経っていたが、世間体を気にして正式に結婚していなかった。そんな事を考えていると、クリスティアーネが目覚め、ゲーテの顔を見つめた。
「あの恐ろしい怪物はどこへ行ったの?」
ゲーテは尋ねた。
「君は勇敢にフランス兵を追い払ったのに、怪物は怖がるのかい?」
彼女は赤面して答えた。
「フランス兵は、あなたと同じ人間ですから怖くありませんでした」
ゲーテはその返答に笑い、決意した。
「危険に遭遇して、改めて君の大切さが分かった。正式に結婚式を挙げよう」
数日後、ゲーテとクリスティアーネは正式に結婚し、二人だけで式を挙げた。
***
怪物はどこだ!
ゲンファータは、怪物を探し続けていた。ジュネーヴで復讐を誓って以来、怪物をウルムで一度見たきりで、再び見つける事が出来なかった。
ただでさえ手がかりが少ない事に加え、戦争の混乱が、怪物の探索を悪化させていた。
ナポレオン率いるフランスと、各国との平和は束の間に過ぎず、再び戦いが始まっていた。
今や、俺はナポレオン側のスイス傭兵となっており、責務を全うしなければならなかった。
俺は大陸軍の一員として、1805年9月に、ウルムでオーストリア軍を破った。
そして、ウルムでこの目で実際に怪物を目撃した。怪物の方は遠かったせいもあってか俺には気づかなかったようだ。怪物を追いかけたが、オーストリア兵の横槍が入ってしまい、見失ってしまった。
その後は、すぐに12月にアウステルリッツの三帝会戦に参加し、オーストリア・ロシア軍を打ち破った。
更には、1806年10月のイエナ・アウエルシュタットの戦いにも参加したりといった忙しさだった。
怪物は各地を転々としている様で、噂を聞いてから現地に向かっても既に怪物は去っていた。
後手に周り続けているので、先手を打つ必要があるだろう。
一カ所だけ、怪物が来る可能性がある場所を知っている。また、そこに行くことにした。
ライン川のほとりにあるド・ラセーの家。怪物が言葉を学習した優しい老人のいる場所に。