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「お客様の席はこちらですよ」
感情があるのかないのか、抑揚のない声でそう言った男は見苦しい風景が見えないように気を使ってだろうか、筋肉の固まりとは離れた席を用意してくれた。
ひとまず食事風景に不快なものが写り混まないだけましだと言うところか。それにしても、ここで男が声をかけなかったら僕は感情の赴くままに鞄の中の瓶を投げつけていたことだろう。
タキシードに命を救われたな、肉の塊。
「ご注文がお決まりになりましたら、お声がけ下さい」
定型文化されているのだろうそんな言葉を口にすると、優雅に一礼し他へ足を運ぼうとする彼を僕は引き止める。なんてことはない、注文が決まっているからだ。前に滞在していたときに食べ逃してしまったあのメニュー、
「鴨の丸焼きをください」
てっかてかに油の乗った鴨が丸々一匹焼かれているのだ、前の時は他のメニューの犠牲になって食べ逃してしまったが、この機会に食べないわけがないだろう。ここに来るまでに頭の中は鴨だらけ。口の中も鴨を食べる気満々なのだ。
「鴨の丸焼きですか......申し訳ございませんお客様、鴨の丸焼きは本日売り切れてしまいまして」
な、な、なんと!
「なんでないんですか!まだお昼ですよ!夜の分とかあるでしょう」
嘘だろ。
真っ昼間から売り切れとはどういうこった。
「本日入荷いたしました鴨肉は、先ほどいらっしゃいましたお客様方が全てご注文されてしまいました。申し訳ございません。数日後再入荷致しますので、その際に是非お立ち寄りください」
先ほどいらっしゃいましたお客方?
なるほど、そういうことか。あの筋肉の塊、自分の同族とも言える肉の塊を食べやがったな。それも、ありったけ!
やっぱりさっき殺しておくんだった。見た目も不快、その行動も害悪。僕にとって奴らの存在価値はゼロだ。ぜひ消えてくれ。
「ヒトツモナインデスカ?」
楽しみにしていたからこそ、この現実が受け入れられなくて固い物言いになってしまった。でも、それほど残念で、ショックで、あいつらを消してやりたい。
「はい、一つもございません」
タキシードの彼はやはり感情の見えない声で話す。その声に申し訳なさがあれば少しでも許してやろうという気にもな......らなかっただろうが、万に一つの可能性で気分が変わったかも知れないというのにこの有り様だ。
害虫は手っ取り早く駆除してしまおうと、心に誓った。