3話 黒炎と魔氷
謎の転校生が転入し、教官との特訓が始まった日の放課後――
「はぁ…、特訓疲れた~!早く帰ろうぜ~」
「おいおい、初日だってのにそんな調子で大丈夫か?」
ため息を吐く俺に蓮が呆れたように言う。
「だって、アイツ超厳しいんだぜ?」
「しょうがないよ!教官から直々にレッスン受けられるだけでも十分すごいことなんだからがんばりなよ!」
笑顔でそう励ます奏に俺は力無く頷く体力しか残っていなかった。
俺達が教室を出ようとした、その時…
「柊先輩」
俺は急に名前を呼ばれて振り返った。
「ん?あぁ。お前か、転校生」
「どーも。桐生幽夜です」
「ちょっと待ってよ~、幽夜く~ん!」
廊下の向こうから妹のこなつが走ってきた。
「どうしたんだ?こなつ」
「あ、お兄ちゃん!幽夜くん、お兄ちゃんに用があったの?」
「ちょっとね」
「んで?桐生、お前の用ってのは?」
「ちょっと柊先輩にお願いがありまして」
俺は何となく予想がついていた。
「俺と模擬戦がやりたい、とか言うつもりか?」
「話が早くて助かります。その通りですよ」
「悪いが俺は遠山教官から特訓を受けているんだ。そんな暇は…」
「1ヶ月」
「え?」
突然言葉を遮られ、驚く俺に桐生は続けた。
「1ヶ月後なら大丈夫ですよね?特訓って言ったってそんなに時間は掛からないはずです。そんなに大層な、禁忌の魔法なんて特訓してる訳じゃないんでしょ?」
コイツ、もしかして…
「…はぁ、分かったよ。1ヶ月後、模擬戦やろう」
「感謝します、先輩」
――次の日…
「んで、1ヶ月後に模擬戦の約束をしてしまったと?」
「は、はい…。何というか…」
「言い訳なら聞くぞ、柊」
「後輩の頼みを聞くのも先輩の役目かな~、と」
「この…、バカモンがあああ!!」
「ひぃー!スイマセーン!!」
朝から怒られちゃったよ…、一日メンドクセー。
「まぁ、約束してしまったモノはしょうがない。1ヶ月で仕上げるぞ」
「えーと、それはつまり…」
「ああ、内容をもっとハードにする!」
勘弁してくれ…
「はぁ、分かりました…」
――そして模擬戦3日前…
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
「うむ、これなら実戦でも使えそうだな!」
俺は何とか当日までに『一応使えるレベル』までには到達した。
「ありがとうございました、教官」
「だが、まだ不安定な状態だ。使うときは気をつけろよ?」
「了解!」
「じゃあ、3日後の模擬戦がんばれよ!」
こうして俺と遠山教官の特訓は終わった。あとは模擬戦までにどれだけ休めるかだ。
俺は寮の部屋に戻り、とっくに寝付いている蓮を起こさないように静かに帰宅した。
「桐生幽夜、油断できないな…。もう遅いし、とりあえず寝るか」
俺はベッドに潜り込み、眠りに落ちた…。
──そして3日後、模擬戦当日…
「がんばれよ、ヤスヒロ」
「遠山教官から特訓してもらったんだもん!大丈夫だよ!がんばれヤスヒロ!!」
「あぁ…!」
(まさか、2ヶ月の間にこのフィールドで模擬戦を2回も経験するなんてな…)
前回と違うのは、ハイドによって破壊されたフィールドが元通りになり、完全に室内となっていることだ。
(炎使いとしてはありがたいことだな…)
「柊さん、そろそろフィールドへ」
「は、はい…」
俺は今回の審判を務める女性教官に促され、フィールドに入った。
「いい試合にしましょう、柊先輩?」
「あぁ、よろしくな、桐生」
観客席のは遠山教官と理事長が座っている。最前列に座っているのは、許可を出すとき、見えやすいためだろう。
スー…、ハー…、よし、いくぞ!
「それでは、柊ヤスヒロと桐生幽夜の模擬戦を始めます」
「殺すつもりでお願いしますよ?先輩」
「何だと?」
「でないと…、あなたが死んじゃいますから」
「大した自信だな?」
「それに…、どうせこの戦いを観戦できる人なんていないんですから」
「どういう意味だ?」
「始まれば分かりますよ」
困惑する中、審判の合図が出される。
「始めっ!」
「ククッ、スペル、《隔絶》」
桐生がスペルを唱えると、俺と桐生は謎の光に包まれる。
「何だ!これ!?」
閉じていた目を開けると見慣れない空間が広がっていた。
「今のスペル、《隔絶》は任意の範囲の空間を切り取って、強制転移させる魔法です」
「転移…だと…?じゃあ、ここは一体…?」
「柊先輩、実はもう気づいているんじゃないですか?多分当たってますよ、その予想」
…!そうか…、やっぱりコイツは…
意識した瞬間、怒りがこみ上げてくる。
「お前は!黒皇教団か!そしてここは教団の…」
「正解です。僕は黒皇教団のシャドウ。先日はハイドさんがお世話になりました」
「お前たちのせいで…!」
「あ、そうそう!観客はいないと言いましたがそれはやめにしましょう。つまらないですしね」
巨大なスクリーンに俺達が移し出される。おそらく、向こうでも見えているのだろう。
「さて、始めましょうか!」
「うぉおお!スペル!《灼炎》!」
俺は自分を中心に炎の渦を発生させた。
これで近づけないはず!と思ったその時…
「その程度ですか…、スペル《吹雪》」
シャドウの発生させた吹雪によって灼炎は相殺されてしまう。
「くっ…」
「どうしたんです?使わないんですか、『禁忌』の力…」
「やっぱりお前、俺の《終焉》が目的で…」
「えぇ、もちろん!あ、そうだ!僕が勝ったらお願い聞いてくださいよ!」
「ふざけるな!何を言って…」
「その代わり、あなたが勝ったらお願いを聞いてあげますから」
「何だと…?」
「どうするんです?」
「いいだろう!やってやるさ!」
「では、お互い全力でいきましょう。『禁忌』という名の全力で…」
「望むところだ!まずは、スペル!《変身》!」
俺を赤黒い炎が包み、髪や制服の一部が赤黒く染まっていく。
「なるほど、これで魔力が高まるとはおもしろいです!」
「いくぜ!スペル!《終焉》!!」
俺の周りで赤黒い炎が燃え上がる。
「じゃあ、僕も。スペル、《絶対零度》」
桐生の周りに氷壁ができる。そして…
「炎が…凍ってる…?」
「僕の《絶対零度》は万物を凍てつかせる魔氷…。あなたの《終焉》は全てを燃やし尽くす灼熱の黒炎…」
「相性抜群だな」
「全くです」
俺達は笑ってしまう。
「さて、始めましょうか」
「ああ」
「凍てつかせろ、《絶対零度》!!」
「燃やし尽くせ、《終焉》!!」
相反する2つの禁忌がぶつかり合い、フィールドが消し飛ぶ。
「くらえ、桐生!ハァアア!!」
「まだまだ!柊先輩!ウォオオ!!」
ドォーーン!!
「うわぁああ!」
「ぐはぁ!」
2人はフィールドに倒れてしまった。
「なぁ、桐生。引き分けの場合はどうなるんだ?」
「さぁ、どうしましょう?」
「一つ、聞いていいか?」
「何でしょう?」
「お前は何で、黒皇教団なんかに入ったんだ?」
「僕には姉がいるんです。そして、三年前には両親もいた。でも、父さんと母さんは事故で死んでしまった。そんなとき、孤児となり差別を受けていた僕達を受け入れてくれたのが教皇だったんです」
「教団のボスか…」
「はい…、僕は嬉しかった。だからどんなことでも教皇の力になりたかった。たとえ、禁忌にてを染めても…」
「無駄話はそこまでです、シャドウ」
「ハイドさん…」
「ハイド!何をしに来た!」
「柊君、君に用はない。今日は失敗者を始末しに来ただけです」
「何だと?」
「シャドウ、いや桐生幽夜。君はミスを犯した。よって、ここで死になさい!」
「やめろ!」
「ハイドさん、なぜ…?」
「教皇の御命令だ」
「そ…んな…」
「幽夜ー!」
「柊先輩…?」
「お前の居場所はここにある!アカデミーなら、みんなならお前を受け入れてやれる!だから…」
俺は残った力を振り絞って叫んだ。
「偽の絆と、ハイドと戦えーーー!!」
「はぁ、僕の負けだよ。それが柊先輩のお願いなら…。てか、疲れてるんで力貸してよね」
「タメ口上等!やってやろうぜ!」
「な、裏切るのか、シャドウ!」
「先に裏切ったのはそっちでしょ。てか、禁忌使いでもないアンタが同じ幹部なんてムカついてたんだよね」
「そういう訳だ」
「き、貴様らァァァ!!」
「「スペル!《禁忌の氷炎》!!」」
「グァァァアアア!!」
「疲れたな、幽夜」
「疲れたましたね、ヤスヒロさん」
「帰るか」
「帰りましょう」
「敬語に戻ってるけど?」
「当分はこれで」
「じゃあ」
「はい」
「「スペル《転移》」」
俺達はアカデミーへと転移した。
「おかえりー、ヤスヒロ!!」
「あとでいろいろ聞かせてもらわないとな」
そうだ、コイツらも、見てたのか…。説明、メンドクセー。
「おかえり、幽夜!」
「うわ、こなつさん!?」
「なんだなんだ?隅に置けないな、幽夜」
「ヤスヒロさん、からかってませんか!?」
「そんなことはないぞ。こなつを…よろしくな…」
「べ、別に僕達はそういうんじゃ…」
「わーい!幽夜~!」
「うわぁ!泣くなよこなつ!」
「さん付け卒業だな」
蓮がそういってからかうと、
「あー、もう!そうだ、理事長!僕に罰は?」
「無論ある…」
理事長は真剣な口調で言った。
「こなつ君を頼んだよ」
「理事長まで…、分かりました!分かりましたから!」
新しく加わった仲間、魔法の制御、この模擬戦で勝ち取ったものは多い。
みんなの笑い声が夕暮れの空に響く…。
To be continue…