すばらしきこのせかい
世界は"悲劇"によって終末する。
機械仕掛けの神は、頂点に立つ丘に、"悲劇"に命を出す。
「ジークフリート、国を打ち滅ぼせ」
灰色の肌をした長身の青年は、機械仕掛けの神に頭を垂れる。
「女王、死に逝くまで人類を酷使しろ」
心臓を模した王冠を被る女王は、言われるまで無いと、鼻を鳴らす。
「ロミオ、恋人を思うか、ならば世界に復讐を」
アーミーナイフを持つ少年は、唇を噛み締めるあまり、唇が切れ、その部分から血を流していた。
「世界は我々に何をした? 物語を悲劇で終わらされ、喜劇も歌劇も何も無い。私達は世界に何をした? そう。何もしていない、ただ悲劇の物語の登場人物とだけで、殺され、犯され、騙された」
機械仕掛けの神は、その百の眼で全ての従う者を見る。
皆の眼は既に光を拒絶し、黒き瞳でまた機械仕掛けの神を見ていた。
その目に宿るのは怒り、憎しみ、悲しみ、憎悪、憤怒、欲望、殺意、破滅――――この世の全てに対する負の感情だ。
「許せるか?この世界は私達を悲劇で終わらした。ならば、我々がこの世界を悲劇で終わらせても道理が往く」
錆びれた腕を天に向ける。曇天の空。冷たく降り注ぐ雨の粒。例え晴れだとしても、彼らはその光まで憎んでしまいそうだ。
機械仕掛けの神は、手を空に向ける。錆びれた手は、何を掴んだのか。
「―――――――壊そう、世界を」
その掴んだ手を、下に振り下ろす動作と共に大地に叩きつける。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
―――――瞬時、獣に近い咆哮が、空を震わせる。
神に魅了された約数千人の"悲劇"は、流星のように散り散りとなる。
――――とある王国にて
「―――フン、随分と小汚い城だこと、しかし喜びなさい、この国は私の物にしてあげるわ、今日から私が"女王"よ!!」
唯我独尊の女王は、大声を張り上げ、地に伏した王族達に宣言する。
運の悪い事にその日は日曜日で、神に対する祝福をする為に王の子孫兄弟が集まっていたのだ。
王族達には足が無い、事故ではなく、障害などでもない。
つい先程まで王としての権限を持っていた筈が、この女の連れの騎士よって足諸共剥奪されてしまったのだ。
騎士と言うよりは盗賊と言った方がいいだろう、彼の白い鎧は所々破損し、鎧として機能していない、それに何より、盗賊と思わせるのが、本来剣を収める鞘が消失しており、そのまま刃が剥き出しになっていて、その剣には赤黒い液体が張り付いている。
恐らくは、人を殺した際に付着したのだろう。その吐き気を催す刀身が、彼を盗賊と思わせてしまう一番の理由だった
女王は倒れた国王をの真上に立ち、赤いヒールを履いた足でその額にアイスピックで突付く様に踏みつけた。
「あ―――ッあぐ…ぐぁ」
痛みを堪えながら、王としての尊厳と意思を持ち続ける。女王はつまらないと思ったのか足を引き、すぐ傍にある王座に座る。
「あーつまんないの……そうだわジークフリート、この邪魔な糞豚共を処刑しなさい―――あ、勿論首切りね」
「分かりました……女王」
血痕の付いた大剣を持ち上げ、国王に向ける。
「ま、待て、待って――下さ。私は、私を殺しても―我が家族を、国を信頼する民を傷つけ――――」
そこまでの言葉が、国王の最後の言葉だった。
ジークフリートと呼ばれる青年が、その邪悪な大剣で、王の首を切り裂いたのだ。
「―――は?誰に命令してんのよ?ムカついた、ここにいる全員死刑ね、ジークフリートさっさと豚共を始末して」
何事も無いような静寂の際、一人―――国王の娘が、甲高い悲鳴を上げた。
それが引き金の様に、王族達は悲鳴と憤怒の声を張り上げた。
ただ二人―――女王とジークフリートはその光景に安堵感を覚える。
女王は、その悲鳴を聞き、頬を赤らめながら王座を立ち、
「あ―――は、は―――――はははははははは!!五月蝿いわよ豚共!家畜の悲鳴に駆けつける農民はいないわ!!早く、早く首を掻っ切りなさい!!」
部屋中に響き渡る阿鼻叫喚、その声をまるでクラシックを聞く様に耳を傾ける。
そして、絶命の音がする度に、喘ぐ様な篭り声を漏らして行く。
数少ない平和を主張する国王の城は、"悲劇"が訪れて僅か一時間で壊滅した。
"個"を重視した星達は、世界を跨いで、全てを飲み込んだ。
黒い煙が漂い、大地が水を欲しがる。次第に渇いた大地は地を割き、"暗闇"の入り口を作り出した。
村人はその理不尽を味わう。男は惨殺、女は犯され、子供は奴隷となって市場を歩く。
泣くものは殺され、笑うものは死罪。反乱するものは残酷な結末を迎える。
"悲劇"は"悲劇"をこの世界に復讐を果たし、そして世界を、世界自身を"悲劇"へと変える。
そうした結果、"悲劇"によって世界は七日で終結した。
最早この世界に希望や奇跡と言う生易しい言葉は存在しない。
"悲劇"は、絶望と災厄を撒き散らして頂点に君臨する。
そして――――――――。
「―――脆いもんよなぁ、この世界ってもんわ、案外のぉ……」
傍観者は、崩れかけた古い図書館の中から登場する。
その"物"は、蜃気楼の如く、この世界から現れた。
帯の代わりに熊の毛皮を巻きつけ、その腰帯に刀を差し、木製の甲冑を着けた伊達男は、背中に巨大な鉞を背負う。
「――――しょうがねぇけん、助けちゃるか」
一重の目蓋で、変わりゆく世界を眺めながら、この世界を助けると断言した。
その言葉につられる様に、廃棄の図書館から"物語"が溢れ出る。
それはランチバスケットを持った少女だったり、ターバンを巻きつけた老人だったり、聖剣を掲げる好青年だったり。
まるで物語の中に入ったような、夢の中の者達。それらは個で、兵。
これにて、"物語"はそろう。そして今。"悲劇"に対抗する"物語"が動き出す。