この長い人生に
西暦3480年。人類は自身も認める頂点へと立った。
全ての物事はコンピューターが決め、個人の人格や寿命さえも、コンピューターが管理するようになった。その設計を組み立てたのは、一人の女性。リリア・カーライト。設計したのは10歳の時。天才少女だ。
しかし、そのような世界になっても、やはり貧困の差は激しく、貧しいものは上層階級から見下され、コンピューターの「保護」も受けられないシステムになっている。その貧困階級の青年、カイウス・フォナー。
二人が出合ったその瞬間から、人類の未来は変わる……。
シャカシャカと、テンポのいい音楽が流れてくる。その音楽はスピーカーから流れ、この時代では年代もののCDプレイヤーに繋がっている。
カイウスは、ところどころほつれているソファに寝転がっていた。
「もう、日が昇ったな……」
カイウスの座るソファの背もたれに、眩しすぎるくらいの陽の光が当たっている。時折雲で隠れるせいか、柔らかな光に変わる。
「今日のスケジュールは? ……誰に聞かずとも零なんだけどな」
浅い溜息をついて、カイウスはソファから飛び起きる。床に放置していたジャケットを拾い、肩にかけると鍵を念入りにかけて外へ出た。
機械音がずっと響く、薄暗い部屋の中。リリアは機械の設計図を睨んでいた。
『お疲れのようですね。コーヒーでもお飲みになられますか?』
一体の執事型ロボットが、リリアに近づく。リリアはコーヒーを受け取ると、それを一気に飲んだ。
「ありがとう、美味しいコーヒーね」
ロボットはニコリともせず、リリアからコーヒーカップを受け取ると、その場を去ってしまった。
「愛想のないロボットね。感情のあるロボットでも作ってみるかな……」
呑気にそんな言葉を呟いて、沢山あるボタンの一つを押した。あっという間にカーテンが開き、朝日が差し込む。
「久しぶりに外に出てみましょう。外出用の服を持ってきて頂戴」
執事型のロボットは一式の服を籠に入れて持ってくると、部屋の隅に下がった。
「出来れば出て行って欲しいんだけど。私、今から着替えるから」
ロボットは素直に、部屋から出て行った。
「やっぱ感情のあるロボットは必要みたいね」
リリアは呟き、服を着替え始めた。
カイウスは仕事を求めて、町のあちこちを彷徨う。そのうちに、ロボットを連れた女性に目が留まった。
「なんだあの女。こんな町でロボットなんて引き連れるもんじゃない」
カイウスは眉を顰めて、女性に近づいた。
「やっぱりここらへんに居る人間の方が、感情豊かよね。ここらへんで一番近いカフェを探して」
リリアは辺りを見渡し、自分に向けられている視線に気がつかずにロボットに指示を与える。そのうちに、見知らぬ男性が近づいてくるのに気がついた。
『博士には近づいてはなりません。お下がりください」
ロボットは淡々と言う。男は気にも留めずに近づいた。ただし一定の距離は保っていたが。
「ここらへんでそんなゴミ……いやロボットを連れて歩くもんじゃない。さっさと上層階級のある区域に戻りな、博士」
男はそのまま立ち去ろうとしたが、リリアは腕を引っ張って止めた。
「待ちなさい。ロボットをゴミ扱いするなんて酷いわ。こちらに来なさい」
リリアはロボットに男を抑えてもらい、カフェに向かった。
「いや、ロボットなんてゴミ以外の何者でもないだろ」
カイウスはリリアから視線を逸らし、ロボットを指差す。
「何て酷い事を言うの? わかった、彼等が感情を持っていないからね? なら、私が一年以内に作ってあげるわよ」
リリアのその発言に、カイウスは鼻で笑った。
「冗談。カーライト博士なら、それも可能だろうが」
「あら、あなたカーライト博士のファーストネームをご存じないようね? 私はリリア・カーライトよ。どう、もうゴミだなんて言えないでしょう?」
自慢げにそう言うリリアに、カフェに居た客が敵意の眼差しを向けた。
「あんたがあのカーライト博士だと? へえ、ずいぶん別嬪さんじゃないか」
カイウスは肩をすくめて、席を立つ。ロボットがそれを止めようとしたが、カイウスはそれをかわした。
「おねェさん、そんな言葉、ここで言っちゃだめだぜ」
ロボットの頭を拳銃で打ち落とし、ロボットが動かなくなったのを確認すると、愕然としているリリアを抱えて、カフェを出た。
「ちょ、私をどこに連れていく気?」
「みんなの頭が冷めるまで、あんたには俺の家にいてもらう。有無は言わせないからな」
リリアは口をつぐみ、大人しくカイウスの家に向かった。
「へえ。これって何年もののレコーダーなの?」
「違う。CDプレイヤーだ。2013年製造だったと思う」
「うわぁ、すっごい古い。なのにちゃんと動くのね」
「当たり前だろ」
リリアはCDプレイヤーを色々な角度から見て、言う。
「新しいの買いなさいよ。私が作ってあげても良いわ。こんなボロッちいの、時代遅れよ」
鼻で笑うリリアを横目で見て、カイウスは鼻で笑った。
「寝言言ってんじゃネェよ。あんたらのお陰でこんな生活が出来るんだ。なんなら、絶好の絶景スポットにでも案内するぜ。ついてきな」
カイウスは着いて早々、リリアを連れて外に出た。
「悪いが歩きだ。日没までには着くと思う」
リリアは眉を顰めさせながらも、後に続いた。
「さあ、ここがその絶景スポットさ」
そこは、大量のコンテナと、機械の部品が散乱するゴミ捨て場だった。
「なによ、ただのゴミ捨て場じゃない」
「そんなこと言うなよ。ほら、傍に行ってみ」
リリアは言われるままに傍へと行った。すると、そこに広がる光景は、あまりにも無残なものだった。
コンテナの中身は廃棄されたロボットで一杯だった。彼等は集団で過ごしている。彼等を壊しているのは、最新型のロボットだ。どうやら一日に壊すロボットの目安があるようで、一定の量を壊しては、ゴミの山に放り投げる。そのゴミを、人間があさり、いい部品が見つかると袋にそっと入れていた。
「嘘、でしょう? まったく、こんな大掛かりな冗談……」
カイウスは、首を横に振る。
「あんた、ロボットの末路を知らなかったのか? 飽きれた。 だから上層階級は嫌いなんだ。特にロボットを便利な使い捨ての道具としか思っていない、あんたみたいなタイプが」
カイウスは、一つのコンテナに近づくと、扉を開く。仲ではロボットが一塊にまとまっていて、こちらをじっと見つめている。
「いい。おまえらはここに居ろ」
カイウスはロボットに命令する。ロボットはカイウスをじっと見つめている。
リリアはへなへなと地面に腰を下ろす。
「私が作ってきたロボットは、そんな、廃棄処分なんて……」
「人間……いや、あんたら上層階級は、新しいものが発売されると古いものを捨てるだろう? こんなバカスカ捨てられる物に、人間の仕事を奪われて、職を追われたやつは何億人と居るだろうよ」
カイウスの声を聞きつけたのか、コンテナに収容されていたロボットが、扉を開けてこちらを見ている。リリアはそのロボットを見た。するとロボットは集団でこちらにやってきて、リリアに手を差し伸べる。
『服が汚れてしまいます。さあ、立てますか?』
リリアは素直に立ち上がり、ロボットの手を握り締める。
「あなたたちは、いつからここに居るの?」
『我々が廃棄されたのは3330年です。今は廃棄処分待ちです』
動物のような黒い瞳で、ロボットはリリアとカイウスを交互に見つめる。
『もしや、あなた方は我々を廃棄処分しに来たのですか?』
その言葉を聞くと、他のロボットは一斉に後ろに一歩下がった。
『廃棄処分されるのですか』
『とうとうこの日が来ましたね』
『私はまだ、壊されるよりここに皆で居た方がいい』
『私も同じですよ、0−35j』
ロボット達の声を聞き、リリアは目頭を熱くさせた。
「私、間違ってたのかな……。ロボットにも、長く生きることで感情が生まれるものなのね……」
「間違ってなんかいなかったさ。ただ理解できなかったんだ、その先にあるものを」
リリアはロボットの手を放し、決意したようにカイウスを見る。
「あなたも同じロボットなら、わかるでしょう。私がどうして何百年も生きているのか」
カイウスは肩をすくめ、リリアを見る。
「同じ、ロボットか。あんたは最新式に作り変えてるだけだろ? 俺たち紛れて生きてきたロボットは、そういう体として作られたロボットの寄せ集めの中で、自我が生まれたロボットの生き残りだ。もともと人間の精神を入れていた分、人間に近い生活と、頭脳と、感情を持てる。だけど、俺だっていつか廃棄されるさ」
リリアは空を見上げる。もうすっかり陽は落ち、闇夜が迫っている。
「私は人類に役立とうと、自分をロボット化してまで生きてきた。脳をプログラム化して、体は組み立てて、もしその体が古くなっても、新しく出来るように改良してきた。アンドロイドみたいになっても」
カイウスは自分たちの周りに居るロボットの視線を受けて、目を伏せた。
「……それで人類が幸せなら、いいと思った。でも、どうやら幸せではないようね……」
「そうだな。今の人類は、あんたが居るからこそこの社会が成り立っている。あんた、脳のプログラムは今頭の中に入ってるのだけか?」
リリアは、こくりと頷いた。
「いい事教えてやるよ。この世に生きている人間で、生身はそういない。殆どあんたが開発したアンドロイド化している」
カイウスには、リリアが息を呑む音が聞こえた。
「もう人類じゃない。ロボットの世界だ」
わずかに残されている人間から、精子と卵子を取り出し、人工授精して育て、立派な大人になったら脳のプログラムをロボットに移す。完璧なアンドロイドだ。
「その世界を考え付いたのは、あんただ」
リリアは、顔をゆがませる。たしかに、性格も寿命もなにもかも、コンピューターに支配されるはずだ。
「さて、人類のために生きてきたあんたの役目は、もう終わっているに等しいんじゃないか? あとはわずかに残っている人間に全てをゆだねて、ロボットは起動停止にしたらどうだ」
リリアはカイウスをにらみつける。カイウスは息を漏らした。
「これでも何百年と生きてるんでね。もう、死にたい気分なのさ」
リリアは驚いた表情をし、それから悲しそうにうつむいた。
「人間にとって、一番の喜びなのは、死ぬ事、なのかしら……」
カイウスは頷く。そしてリリアの肩を叩いた。
「やっと、気がついたな。何百年もかけて、あんたを見てきた甲斐がある」
カイウスはおもむろに懐からネックレスを取り出すと、リリアに渡した。
「これは……。あなた、もしや……」
「そうさ。あんたが始めて作ったロボットさ。なんどかあんたにアンドロイド化してもらったが、そのうちの廃棄された数台の一体が、俺さ」
リリアは、涙でも拭くかのように頬に手を持っていって、拭いた。
その後、二体のロボットを中心として、ロボットが集団自殺をした。それぞれ幸せそうな顔をしながら……。
感情の動くまま書いたので、なんかもうストーリー性ないです。
あとは、もう指摘する所がありすぎて逃げます(逃