セクション04:募る恋慕
「ああ、あれか? ああ言った方が一番手っ取り早いと思って言ってやったんだ」
「……え?」
違和感を覚えた。
何か、違う。自分が思っていた事と。
「シルヴィは養子だからな、俺と見た目が全然似てねえだろ? だから俺が兄貴だって言っても信用してもらえねえかもしれないだろ? だから言ってやったのさ、俺の女だってな」
「まさか――演技だったのですか?」
「そうだよ。お前を助けるためのな! なかなかうまかっただろう?」
得意げに問いかけるバズ。
やはり、自分の考えは思い違いだったようだ。
少し失望したが、それ自体は自分を助けるためにした事だ。単純に文句を言う事はできない。
「どうして、あんな紛らわしい事――」
それでも、思わずつぶやいてしまった。
「ん、何か言ったか?」
「いいえ、何でもありません。ありがとうございます兄さん」
「じゃ、戻ろうぜ。ストームとツルギが待ってる」
そうして2人は、飛行場へと戻っていった。
飛行場に戻った2人を待っていたのは。
「こ、こらストームッ! 少しは、自重しろ!」
「いいじゃない、こんな気持ちいい野原の上でこうするのも!」
「こ、こういうのを見て、不快に思う人だっているんだぞ!」
「そんなの気にしないもーん!」
「き、気にしろーっ!」
野原の上で寝転がりながらじゃれ合っているように見える、ストームとツルギの姿だった。
* * *
夜。
シャワールームに、水の流れる音が響く。
立ち込める白い湯気と降り注ぐ湯の雨の中で、ラームは1人立ち尽くしていた。
普段まとめている髪は解いており、濡れて背中に貼りついている。
一糸まとわぬその体はとてもほっそりしているが、胸は十分膨らんでおり、美しい曲線を描いていた。
「私、何してるんだろう……」
うつむいて、自問自答を繰り返す。
それは、友人のストームがツルギと恋人同士になってから繰り返してきた問いだ。
あの2人ほど極端ではないが、ラームも同じ事を望んでいた。
大好きな兄と一緒に飛ぶだけでなく、仲睦まじい学園生活を送る事を。
だが、現実は違う。
兄の本命は自分ではなく他の女子であり、全然自分をその目で見てくれない。さりげなくアピールしてみても、全然その気を変えないほどに。
コンビを組んでからというものの、以前にはなかった妙な距離感ができてしまっている。
そういう意味では、ラームの夢はまだ完全に叶った訳ではなかった。
それに気付いたのは、つい最近の事だ。
「兄さん……」
今日助けてくれた時の兄は、演技だったとはいえ、とてもかっこよかった。
そんな兄が、やっぱり愛しい。
兄さんが欲しい。
自分のものにしたい。
他の誰のものにもなって欲しくない。
でも、どうしよう。
このままだと、どこか知らない場所へ行ってしまいそう。
なのに、どうしたらいいかわからない。
ストームはどうやって、ツルギとのあの関係を手にしたのだろう。
初めて孤児院で会った時の彼女は、大洪水で家族を失ったショックからか、とても暗い性格だった。ラームがどうしても放っておけず、気にかけていたほどに。
だが学園で再会した時、彼女の性格は180度変わり、とてもアクティブになっていた。アクロバットチーム、ロイヤルフェニックスに入るという夢を見つけたからだ。
そう、彼女の力の源は夢。
夢のために飛び、夢のために戦い、夢のために勝つ。
いつもそう言っているように――
「やっぱり、このままじゃ嫌」
ぎゅ、と胸元で握っていた手に力が入る。
そう。夢を叶えたいなら、ここで立ち止まる訳にはいかない。
戦うんだ。
戦って勝つんだ。
ストームがいつも言っていたように。そうしなければ、ずっとこのままだ。
だが勝つためには、今のままではいけない――
「この気持ち、ちゃんと伝えなきゃ」
そうつぶやいて、ラームは決意を固めた。
自分が思い描いた夢を、今度こそ形にするために。
* * *
シャワールームを出たラームは、バスローブを着て髪をまとめ、居間に戻る。
『次のニュースです。スルーズ海軍の新たな旗艦となる予定の新型強襲揚陸艦サングリーズが、今日正式にスルーズ海軍に配備されました』
テレビでは、軍関係のニュースが流れていた。
「あーあ、あれだけナンパしても電話帳がこれだけって、とほほだな……俺もまだまだ努力が足りねえって事か」
だが当のバズはテレビを見ておらず、ソファの上で携帯電話の画面を見つめながらそんな事をつぶやいていた。
緊張で胸が高鳴り、体が動かない。
いつものように声をかければいいだけなのに、それすらもできない。
そんな自分に喝を入れ、ラームはテーブルに置いてあったリモコンを手に取った。
『このサングリーズの配備を持って、スルーズ海軍は空母レギンレイブの退役以来保有していなかった空母戦力を事実上復活させただけでなく――』
テレビの電源を切る。
急にテレビの音がなくなった事で、バズはラームの存在に気付いた。
「あ、上がってたのかシルヴィ。すまねえ。じゃあ俺――」
そう言って立ち上がろうとしたバズの手に、素早く自らの手を重ねた。
「どうした?」
バズが不思議そうに顔を上げる。
顔を向けられて再び体が硬直する。
顔中に熱が帯びるのを感じて、思わず顔をうつむけた。
「……あ、あの、兄さん」
「何だ?」
言葉が止まってしまう。
何を言いたかったのか、緊張のあまりわからなくなってくる。
でも、言わなきゃ――
「兄さんは――その、私をナンパしたい女の子だとは、思わないんですか?」
ラームはゆっくりと、ふと思い立った疑問を投げかけた。