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セクション02:ナンパ好きな兄

「おかえりー! いいフライトだったね、ラーム!」

 帰ってきたラームを真っ先に出迎えたのは、ストームだった。ツルギの乗る車いすも一緒に押してきている。

「あれだけ操縦がうまかったなんて、思いもしなかったよ」

 ツルギも、そうコメントした。

 ストームは、青いメッシュが入った茶髪と空色の瞳が特徴的な、明るく元気な少女。

 対するツルギは、その印象通り生真面目な性格だがとても整った顔立ちをした少年だ。

 ストームは青いカーディガン。ツルギは灰色のパーカー。2人共、思い思いの私服を着ているが、首から下げたドリームキャッチャーのペンダントだけは共通していた。

「ありがとう。ストームもツルギ君も」

「ねえねえツルギ、あたし達もあれに乗ってみよっか?」

「いや、遠慮する」

「えー、どうして?」

「ストーム、あれで絶対アクロバットやる気だろ?」

「せいかーい!」

「む……言っとくけど、あれはアクロバットできる飛行機じゃないからな?」

 楽しそうにトークを繰り広げる2人。

 そんな2人に、ラームは1つ聞いた。

「ところで、兄さんは?」

「え、バズ? そういえば、いないね」

 ストームは思い出したようにきょろきょろと周囲を見回す。

「確か、用を足してくるって言ってたけど――」

「おーい!」

 ツルギが言いかけた所で、果たしてジャケット姿のバズがやって来た。

 まるで何事もなかったかのように駆け足でやって来るその姿に、ラームは顔をしかめた。

「すまねえシルヴィ、ちょっと席外してた」

「目に留まった女の子をナンパしてたから、ですよね?」

 ラームはバズをじっとにらみ、理由を当ててみせる。

 途端、バズは動揺して目を泳がせた。

「え……お、面白いジョークだな。だが俺は断じてそんな事――いてててて!」

「嘘ついたってわかりますよ! 空の上から見たんですからね!」

 ごまかそうとするバズの耳を、ラームは強く引っ張る。

 ごまかしが通じないとわかったのか、バズは気まずそうに目を逸らす。

「いや、その……ほんの出来心だったんだよ。用を足して戻ろうと思ったら、たまたま目に留まって――」

 言い訳を聞いていると、ますます腹が立ってくる。

 ラームは一旦耳を引っ張っていた手を離し、無言でバズの頬をはたいた。

「っ!? ひ、人の話は最後まで聞いてくれよ!」

「聞きたくもありません! 最低です兄さん! そんなにナンパがしたいなら、勝手にしてればいいです!」

 そう言い放って、ラームはバズに背を向けた。

 そのまま去って行く。もう知らない、と。

「はあ、なんか今日はついてねえな……」

 去り際、バズのそんなつぶやきと。

「バズ、ナンパには成功したのかな?」

「あの様子だと失敗したみたいだな……まあ、いつもの事だけど」

 ストームとツルギのそんなやり取りが聞こえた。


     * * *


 飛行場から離れた野原に、ラームは1人座り込んだ。

 手に取って眺めるのは、普段肌身離さず持っている望遠鏡。

 バズが最初にくれたプレゼントであり、ラームにとっては思い出深い品だ。

 だがそれも、すぐにやめた。

 そして、そのままうずくまる。冬の風が、妙に冷たく感じた。

「どうして、兄さんは――」

 あれだけナンパ好きになってしまったんだろう。

 養子となったばかりの頃は、あんなに女好きな人ではなかった。

 飛行機を見るために欲しかったが買えなかった望遠鏡をプレゼントに送ってくれたほど、いつも妹の事を第一に気遣う優しい兄だった。

 なのに学園に入った時には、いつの間にか今のようになってしまっていた。気遣ってくれない事はないが、それよりも他の異性にずっと多く目を向けている。

 兄にとって自分は、その程度の存在になってしまったのだろうか。

 兄妹だから、そうなって当然なのは当たり前かもしれない。

 でも、悔しい。

 自分にとっては形式的なものに過ぎない関係で、そうなってしまう事が。

 自分はこんなにも、兄の事が好きだというのに――

「ねえ君」

 見知らぬ声がして、はっと我に帰る。

「望遠鏡、落としてたよ」

 顔を上げると、そこにはいつの間にか見知らぬ男がいた。

 年は兄よりも若干上程度だろうか。彼は、手に先程までラームが待追っていた望遠鏡を手にしている。

 自分にとって思い出の品である望遠鏡が、どこの馬の骨とも知らない人間に触られている。

 それはラームにとって、たまらなく不愉快な事だ。

「返して!」

 ラームはすぐに男の手から望遠鏡を奪い取った。

「ああ、ごめんごめん。訳ありの品だったみたいだね」

 どうやら男に悪気はないらしく、穏やかな笑みを浮かべている。

 顔は結構いい方かもしれない、とラームは思ったが、残念ながらタイプではない。

 こんな男が何の用だろうか。まさか、兄のようにナンパする気なのだろうか。自分はあまり目立たないように、いつも地味な服装にしているのに。

「ところで君、眼帯してるんだね。その右目、どうしたの?」

 そして男は、穏やかに聞いて欲しくない質問を投げかけてきた。

 答えに詰まる。

 生まれつきない、と答える訳にはいかない。そうすれば、自分から「悪魔の子」だという事を明かしてしまう事になる。

 かと言って、ごまかせる自信もない。

 そうして黙り続けていると。

「……まあいいや、聞かないでおこう。片目といえば、『キュクロプス』の話、知ってる?」

 男はラームに、そんな話題を振ってきた。

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