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セクション02:離陸中止

 2人の乗るストライクイーグルは、翼に付いた舵をぱたぱたと動かし始めた。

 それを目で見て確認したラームは、振り返って自分とは似ても似つかない兄に報告する。

「以上ありません、兄さん」

「よし、それじゃ行くぜ!」

「はい!」

 マスクを装着し、ヘルメットにあるサンバイザーを下げて、準備を整える。

 そして左手で手すりを、右手で膝の上に置いていた小型望遠鏡を握る。

「ブラスト2、離陸する!」

 少年が、スロットルレバーを押し込む。

 すると、2人の乗るストライクイーグルはアフターバーナーを点火し、力強いスタートダッシュで滑走路を駆け出した。

 そのまま順調に加速していく。

 このままあと数秒もすれば、リーダー機のように滑走路から浮かび上がり、快晴の空へと舞い上がれるだろう。

 誰もがそう思ったであろう、その時。

『Warning! Engine fire! Right!』

 突如として、警報音が鳴り始めた。

「な、な、何だ!?」

 困惑する少年。それはラームも同じだ。

 すると、後方からぼん、と何かが爆発したような音が聞こえた。

 振り返ると、右エンジンのノズルから赤い炎が何度も噴き出している。

 爆発のような炎。明らかにアフターバーナーのものではない。

「離陸中止!」

 少年はすぐさまエンジンパワーを下げ、ブレーキをかけた。

 機体の背部から、細長いエアブレーキが展開し、車輪のブレーキと共に機体を減速させる。

 右エンジンの危機は去ったが、速度が速すぎる。

 離陸を中止するタイミングが遅かったのかもしれない。滑走路の半分を過ぎても、まだ速度は緩やかにならない。

「まずい! 止まらねえ!」

 あっという間に迫りくる滑走路の端。

 その先にあるのは、遥かに広がる青い海。

 もし滑走路内で止まれなければ、機体もろとも海の中に飛び込む事になる。

 そんな海が、あっという間に迫ってくる。

 このままでは止まれない。

 止まれるはずがない。

 機体ごと海に放り出され、そのまま沈んでいく様を、嫌でも想像してしまう。

「シルヴィ、脱出に備えろ!」

「――っ!」

 ラームは恐怖のあまり緊急脱出の事も忘れ、思わず目を閉じていた。

 そしてその直後、機体に強い衝撃が走った。


     * * *


「全く、貴様らは何をやっているのだ! ネットの展開が間に合ったからよかったものの、ローテート速度を超えた時は、どんなトラブルがあろうとも離陸を中断できないと教わっただろう! 違うか、バズ!」

「その通りです! 申し訳ありません、フロスティ教官!」

 怒鳴り続ける教官を前に、バズと呼ばれた少年は姿勢を正して謝るしかない。

「そしてラーム、貴様もちゃんと速度をモニターしていれば、バズに忠告する事ができたはずだ! それもできないようならば、貴様が後ろに乗る意味などないんだぞ!」

「も、申し訳ありません……」

 ラームもまた、顔を僅かにうつむけて謝るしかなかった。

「罰として、貴様ら2人は後でグラウンド50周だ!」

「ええー!? それは勘弁してくださいよ!」

「ええ、ではない! これは命令だ! 単機で飛ぶ事になったストームとツルギへの迷惑料だと思え! 30分後にグラウンドに来い! いいな!」

「イ、イエッサー!」

 バズが反射的にしたであろう敬礼に、ラームも思わず続けて敬礼していた。

「全く、これだから子供は――」

 そう吐き捨てて、フロスティは2人の前を去って行った。

「いやー、怖え怖え」

 バズが胸をなで下ろしてつぶやいた。

 しかし、ラームの心中は穏やかではなかった。

 ゆっくりと振り返ると、そこには滑走路の端で巨大なネットに引っかかって止まっている自らの乗機があった。


 結論から言うと、2人は辛うじて海に落ちずに済んだ。

 滑走路には、機体が緊急停止できずにオーバーランした時のために、クラッシュネットと呼ばれる巨大な網があり、それが機体を受け止めてくれたのだ。

 急停止できなかった原因は、速度が速すぎた事。

 離陸を中止する事ができないローテート速度に達していた事に、2人は気付かなかったのだ。

 全ての双発飛行機は、片方のエンジンが止まっても安全に離陸・飛行する事ができるように設計されている。本来ならば、異常が発生した右エンジンを停止させたまま一旦離陸し、周辺空域を周回してから着陸するべきだったのだ。

 ともあれ、先に離陸したリーダー機は、たった1機でフライトに臨まなければならなくなってしまった。一旦始まってしまった以上、僚機が欠けたからと言ってフライトの全てを中断する事はできないのだ。


「また、私のせいで――」

 起きてしまった。

 ラームは、悲しそうにそんな事をつぶやく。

 もう数えきれないほど経験してきた事だが、直面する度に胸が痛む。

 すると、彼女の小さな肩に、大きな手が置かれた。

「いいや、シルヴィは何も悪くねえ」

 バズだった。

 今回のインシデントの事を全く気にしていないかのように、平然としている。

「判断をミスったのはパイロットの俺の方だ。責任は俺にある。巻き込んじまってごめんな」

「いいえ! 兄さんは何も悪くありません!」

 その言葉に、ラームは思わず反論した。

「悪いのは、全部私なんです。私が『悪魔の子』だから、兄さんは判断を――」

「何だ? 俺がシルヴィに見惚れたからミスったとでも言うのか?」

「え――!? に、兄さん、いきなり何を――!?」

 予期せぬ発言に、ラームの頬が一気に熱を帯びる。

 兄が自分に見惚れた、と堂々と言う事は、兄は自分に気があるという事で――

「――なーんてな! そういう訳じゃねえだろ? だからシルヴィは何も悪くねえって事さ。それでいいだろ?」

 だが、すぐにへらっと笑ってみせるバズ。

 それが、彼の本心ではない事の種明かしになった。

 顔の熱が、僅かに冷める。

「そんな訳で、考えるのはもうやめだ。いつまでもクヨクヨしてたら生きていけねえ。後はフロスティの罰をとっとと消化する事だけ考えればいいさ。さ、行こうぜ」

 そう言って、バズは歩き出す。

 先程の言葉がいつものジョークだとわかると、騙されたように感じて不愉快になる。

 だが、そんな兄の事は、どこか憎めない。

 それが、彼女の見慣れた兄の姿だから。

 どんなに不幸な事があっても、普段と変わらぬジョークが言える、その陽気さ。

 そんな兄が羨ましい。

 そして、どんなに不幸な事があっても、決して妹を責めない、その優しさ。

 そんな兄の事が――

「兄さん……好きだから、不幸にしたくないのに……」

 そうつぶやいて、持っている望遠鏡を強く握りしめたラームは、バズの後をゆっくりと追いかけていった。


     * * *


 少女の名は、シルヴィア・ブルーナ。

 TAC(タック)ネーム、ラーム。

 スルーズ空軍航空学園フライトオフィサー学部戦闘機科のWSO(ウィソー)候補生だ。

 だが、その身が背負う宿命は、今も彼女を苦しめ続けている――

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