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セクション08:アンネの夢

「いや、リーパーの組み立てに顔を出すって聞いたからさ――」

「一体何用かね? わらわはこれから作業に入るのだ。用件があるなら手短にしろ、大男」

 気さくに話すバズにも、冷たい視線を向けてくるアンネ。

 ふと、彼女がかけている眼鏡の右レンズに何かが映って見えた。だが、小さすぎて何が映っているのかわからない。

 よく見ると、右のフレームには何やら小さな画面のようなものが付いている。どうやらあの眼鏡は、普通の眼鏡ではないらしい。

「じゃあ手短に。こないだは、俺の大事な妹を助けてくれてありがとな」

「……!?」

 アンネが僅かに目を丸くし、息を呑んだのがわかった。

「そのお礼と言っちゃ何だが――」

「もうよい。わらわは作業に入る」

 逃げるように、背を向けて戻っていくアンネ。

 ちょっと、まだ話終わってねえぞ、というバズの呼びかけも無視し、整備員達と共に作業に入り始めてしまった。

 ラームは、バズがナンパする気だったのではないかと思ったが、話があっという間に終わってしまった事もあり、聞かないでおいた。

「ユーグの言う通り、本当に人間嫌いなんだなあ……」

 お手上げだ、とばかりにバズがつぶやくと、早速リーパーの組み立てが始まった。

 台の上に置かれた胴体に、まず車輪(ギア)が装着され始めた。アンネは慣れた手付きで電動ドライバーでネジをはめていく。

 整備員ではない彼女が分解された機体の組み立て作業を平然とこなしているのを見ていると、さすがはロボット工学の天才と納得してしまう。彼女はあの手さばきで、いくつものハンドメイドロボットを製作してきたのだろう。

 ただ、時折指先で虚空をなぞっているのが気になった。

「あの……見物ですか?」

 突然、背後から声がして振り返る。

 見るとそこには、いつの間にかロタールの姿があった。

「ああ、まあな。君は確か――ロタールだっけ? アンネちゃんの相棒の」

「あ、はい。もしかして、アンネに――」

「じゃあ、ちょっと聞かせてくれ。アンネちゃん、時々あんな仕草してるけど、何やってるんだ?」

 ちょうどいいとばかりに、バズは虚空をなぞるアンネを指差しつつロタールに問う。

「ああ、アンネの眼鏡はコンピューターなんですよ」

「コンピューター?」

「いわゆる、ウェアラブルコンピューターって奴です。レンズに映る画面を、スマホみたいにスライドしてるんですよ」

「ほう……じゃあ、あれは伊達眼鏡っていう事なのか?」

「いや、伊達眼鏡って訳じゃないです。アンネは、光に弱いですから」

「光に弱い……?」

 その言葉には、ラームも反応して顔を向けていた。

「見てわかると思いますけど、アンネはアルビノですから、太陽光を浴びると、紫外線の影響を受けやすいんです、生まれつき。だから目に強い光が入ると、目を傷めちゃうんですよ。だからアンネは、光を嫌っているんです」

 ラームは息を呑んだ。

 アンネが引きこもっているのは、話で聞いたように人間嫌いだからと思っていたが、それだけが理由ではなかったなんて。

 アンネは自由に外に出られないという、生まれ持った宿命を背負っていたのだ。

 片目がない自分と同じように――

「……」

 ラームは自然と、作業中のアンネに歩み寄っていた。

 あっ、とロタールが声を上げたが、無視する。

 アンネは近づいてくるラームに見向きもせず、作業を続けている。

 車輪(ギア)が装着され、胴体に脚が生えた状態になると、今度は丸い機械が取り出された。

 センサーボール。リーパーの目となる偵察用のカメラだ。アンネはその状態を念入りに確認すると、機首下に装着し始める。

 そんなアンネの背に、思い切って声をかけた。

「あの――」

 アンネが肩越しに赤い瞳をラームに向けたが、すぐに戻し作業を続ける。

「何だ? 今作業中だ。話しかけないでくれたまえ」

「1つだけ聞かせて。どうして、私を助けてくれたの?」

 途端、アンネの手が止まった。

「……なぜそんな事を聞くのだ?」

「え? ちょっと、気になっただけ――」

「もし『金が目的だ』とでも言ったらどうするのかね?」

 とげのある問いに、ラームは何も言えなくなってしまう。

「……そういう事だ。人を助けた理由など、どうでもよかろう。知らない方が幸せという事もあるのだよ、キュクロプス」

 さあ帰れ、作業の邪魔だ、とばかりに再び赤い瞳を向けてくるアンネ。

「そう……ごめんなさい」

 答えを得る事が期待できないと悟ったラームは、それだけ言ってアンネの前を去る。

 どうして答えないのだろうか。

 自分の事を嫌っているのか、それとも単に言いたくないだけか。ただ、前者ではないような気がした。何となくだが。

「……待て。1つだけ忠告してやる」

 すると。

 数歩と進まない内に急にアンネが呼び止めた。

 驚いて振り返ると、アンネは背を向けたまま言った。

「周りが何を言おうと気にするな。そなたはそなたのやりたい事だけやればよい」

「え?」

「この広い社会の中で、全ての人間に好かれる事などできぬ。それだけ人間とは愚かな生き物だからな。だが、それを己の行動を縛る理由にしてはならぬ。例えどんなに嫌われる事になろうとも、そなたの『夢』だけは決して忘れるな。わらわも、そうやって生きてきた」

 電動ドライバーでネジをはめながら、アンネは言う。

 自分と同年代にも関わらず、まるで半世紀以上生きたかのように成熟した言葉だった。

「いつかこの手で、スルーズ初の国産UAVを作り出すためにな……」

 ふと立ち上がったアンネは、リーパーの機首をそっと撫でつつ、つぶやいた。

 スルーズ初の国産UAV。それが、アンネの夢なのだろうか。

 スルーズは工業力が弱いため、多くの兵器を輸入に頼らなければならないのが現状だ。事実、半世紀以上前には戦闘機の開発を試みたものの、日の目を見る事はなかったという。

 そんな国だからこそ、国産の軍用機を作り出す事は悲願だ。現在、多くの小国家がUAVの開発を行っている。スルーズも負けてはいられないと、アンネは思っているのかもしれない。

 引きこもりながらも、彼女は自分なりに夢に向かってがんばっているのだろう。

 なら、自分も負けてはいられない――

「さあ、話は終わりだ。そなたにはこの後予定があるのではないか?」

「え?」

「では眼鏡よ、現在時刻を」

 ぴっ、と音がして、アンネの眼鏡に映る画面が切り替わった。

「今10時53分だぞ」

「あっ! 行けない!」

 時刻を告げられて今日の予定を思い出したラームは、慌てて戻ろうとアンネの前を後にする。

 だが、数歩進んだ所で忘れていた事を思い出し、足を止めた。

「アンネリーゼさん」

「ん」

「今日、あなたと話せてよかった。ありがとう」

「……ふん、礼には及ばぬ」

 アンネの返事は相変わらずぶっきらぼうだったが、どこか嬉しそうにも聞こえた気がした。

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