救命ぐるみ
急すぎる展開あり
私は多分、命を狙われている。
そんなことを思い続けて早20年。まだまだ私は元気です。
命を狙われている・・・はじめてそう思ったのは20代の後半だ。
いつもの会社への通勤途中。
草むらに光る物体を見つけ、それがライフルのスコープだった時以来だ。
最初は「えっ、私?」とつい右手を使って私の顔を指してしまったのだが。
それ以来、なんだかそわそわして仕事にも私生活にも集中できなくなった。
別段、何かが私を襲ったことはない。
マスコミが凶悪な事件ばかりを載せていくから、被害妄想を抱いてしまったのか。
だが、そんなのいつだってそうだっただろうし。
やはり・・・思い違いか・・・いやでも・・・。
こうして私は20年の時を経た。
いつもの自宅への退勤途中。
「あなた、保身を求めていますね」
どこかから声がする。
「誰ですか?」
「こっちですよ、こっち」
声のする方に行くと、それは古ぼけた雑貨店であった。
雑貨店の主人は、今年で白寿だそうだ。
それを感じさせないほどに、その老翁は元気そのものだ。
「思えば、私も運が良かった。戦争を乗り越え、幾多の災害を乗り越え、病も手遅れになる前に治療することが出来た。」
主人の顔は白髪も抜け落ち、目は窪み、しわがところどころに刻まれていた。
こんなにもボロボロなのに、私は圧された。
「あのう、私を呼び出した理由とは」
「私の運の良さを、あなたに差し上げよう」
身寄りもなく、老衰するのも時間の問題。ならば、他人に託して逝きたい。
これが孤独な翁の言い分だ。
「本当に、これで保身できるのですか」
「私が保証しましょう・・・」
私に託されたのは、小柄なクマのぬいぐるみであった。
こげ茶色の体色に、紫色のリボン。雑貨屋にありそうな商品である。
主人によると、このぬいぐるみには自分の幸運を送り込んであるため、
これがある限りは、どんなことがあっても天寿を全うできるということらしい。
そのぬいぐるみを無料で引き取って、私は帰宅した。
翌日。
草むらに光る、ライフルのスコープを見つけた。
それも通勤中に2桁は見かけた。
私の顔が蒼ざめたことは言うまでもない。
会社に着けば、社長の額に穴が開いており、社員がざわついていた。
「落ち着け、落ち着け」
私の直属の上司がこの場を収めようとするも、突然胸を押さえて倒れてしまう。
一瞬にして我が社の将来に暗雲が立ち込めた。
暗雲が立ち込めたのは空もだった。
天気予報など糞くらえと言わんばかりに、どす黒い雲が全体を覆う。
通勤しているときは雲一つすらなかったのに。
私はあの雑貨店に走った。
雑貨店は、中にいた主ともども炭になっていた。
火災によるものだろうが、どうやら意見を問うことは不可能になったらしい。
・・・私はやりきれない気持ちになって、自宅に戻る。
自宅の玄関から妻と子供たちが手を振っていた。
まあ、大雨警報でも出て、早退にでもなったのだろう。
とりあえず背広を脱いで、これからについて考えてみよう。
私は守るべきものへと駆けていった。
その時、我が家の上空から爆弾が落ちてきた。
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・・・というわけで、私は今白寿を迎えた。
あの瞬間は、いまだに忘れられない。
相手国の突然の宣戦布告に、我が旧家は不運にも選ばれたのだから。
だが私自身は幸運だったらしい。
雑貨店に文句を言おうと外に出た数分後に、我が社は爆破されたのだから。
ちなみにあの戦争は、すぐに終わった。
結果だけ言うと、相手国が調子づいたのはあの宣戦布告の時までだった。
閑話休題。
私自身は今のところ、無事に暮らしている。
あの時、家の焼け跡からあのぬいぐるみが無傷で見つかった時は、涙が出てきたものだが。
病気は幾度も起こした。生死の境を何度もさまよった。そして生存し続けた。
数百年に一度起こるとされる大災害も乗り越えた。
その結果として、私は思う。
・・・あの翁に一杯喰わされたか。
ああ、あのことを忘れるところだった。
最近、ぬいぐるみを近所の子供にくれてやった。
あんまりにも欲しい欲しいというものだから「物好きだな」と呟きながらな。
そして翁は散歩へと出かける。
そして同日の夕方、射殺体となって発見された。
ぬいぐるみに罪はない