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駄文拾遺集

嘗ての行きつけと、今後の付き合いについて

作者: 秋鑑
掲載日:2026/04/04

嘗ての行きつけと、今後の付き合いについて


「全く度し難い」目の前の小太りの女は、見るからにプンプンと言った様子で怒っている。短い手足をバタバタしながら、如何にも私はこれ程までに怒っていると、全身で表現している。

参ったものだ。久々に入った馴染みの呑み屋。いつの間にかタッチパネルなんて悪魔の道具を設えていて、店内も明るくファミレスの如く。此れだけは撤去を免れたらしいカウンターに収まる事が出来たのは幸いだった。いつからこの国では呑み屋に「オシャレ」とか「カワイイ」とかが必須条件となったのか・・・。懐かしい(しかし、パステルカラーに塗られてしまった)カウンターを眺めながら、となりの女の終わらない愚痴を聞かされる羽目になった。そんな午後の話です。


「〇〇の香り漂う~」「××と驚きのコラボ~」etc.高々焼き鳥風情に、なんでそんな二つ名が必要なのだろう・・・などと愚にも憑かない事を考えつつ、串モノおまかせ5本と梅水晶、小鯵の南蛮漬けをチョイスして、トリアエズナマも注文にねじ込んで送信。自分の取り敢えずの注文を終えてから、隣の席の女へ視線を向けてみた。女はタッチパネルに鼻がつかんとするほど顔を近づけて(つつましいその鼻は、横から見ると本人の額とほぼ等しい高さしか確認できなかった)格闘中の様子。ややたれ目のどんぐり眼を、可能な限り釣りあげて画面を睨んでいる。まるで、爆弾処理中の主人公が最後に赤と青のコードを選んでいる様な勢いで・・・。


・・・仕方がない・・・懐が痛まない限りにおいてはフェミニストである私は、一応、生物学上は女性であるたれ目女に助け舟を出すことにした。「ご苦労なさっておられる様ですね?奥方さん」

声をかけた瞬間、たれ目女(小動物っぽいし、タヌ子にしましょうか)は、食性分類上は肉食獣の様な目つきで此方を睨みます。しかし、私が代わってタッチパネルの操作をしようかと申し出ると、途端に上機嫌になって何度も頷いて見せる。笑顔になると中々に愛嬌がある顔立ちで、体形や短い手足も手伝ってゆるキャラみたいです。

基本的に好き嫌いなく何でも食べると仰るので、タケノコの煮物とアスパラベーコン、そして狸豆腐・・・で、生ビールを注文してあげました。

まずは生ビールが届いたところで、後は待つだけだと理解したタヌ子は上機嫌でビールに口をつけ、串焼きのレバー(もっとファンシーな名前だったが・・・)をパクついていた。・・・それな、私のなんだが・・・。


私も常連の端くれを気取ってはいたが、タヌ子は輪をかけた大常連・・・と、言うより主の如きモノだと名乗って来た。なんでも創業時には既にお店に居て、以来3代の店主の姿をカウンターから眺め続けて来たとの事。

最初はバラックにちょっと飾りがついた程度の掘っ立て小屋だったお店は、近所にあった商店街のお客を取り込んで繁盛したらしい。東京でオリンピックがあった頃、店舗もモルタル製に建て替えられ、近所で初めて導入されたテレビで初めてマラソンを見たそうです。

小さな体で大容量。タヌ子はジョッキを重ねますが、まだ入りそうな感じです。先ほどの注文をすべて平らげ(狸豆腐は名前が気に入らないらしくコッチ押し付けて来ましたが)さらに、串焼きや揚げ物を注文していきます(タッチパネル担当である私は大忙しです)。呆れるほどの健啖家です。


ビールからホッピー、そして日本酒とタヌ子さんのエンジンは大回転です。ただ、「杉の香かおる」日本酒は「甘すぎる」らしく、お気に召さなかった様子。二級酒の地方酒がお好みで、癖が強い方がおいしいとの事。この店の日本酒は「呑みやすすぎて日本酒の気がしない」のだそうです。

昔はタヌ子さんも自分で濁酒を作ったりしたそうです。まあ、途中から酒税法が厳しくなって云々言ってました。そんなこんなで、タヌ子さんはカウンターから、店主たちと一緒にお店を盛り上げて時間を積み重ねて来たのだそうです。時代は移り変わり、皆が歩いて行き来していたお客さんたちは、いつの間にか車に乗って数キロ先のショッピングモールに入り浸るようになり、それに伴って近所の商店街もだんだん寂れてきました。それでも、タヌ子さんたちは「ここへ来ると、帰ってきた気がする」と言ってくれる常連さんたちを大事に、お店を続けてきたのだそうです。しんみり語りながら、私の皿から馬刺しをくすねるタヌ子さん。人が食べているものが気になって仕方がない様子です。


「それなのに・・・」タヌ子さんの眉間に縦しわが浮かびます。ノスタルジー溢れる思い出話の章から、血沸き肉躍る愚痴話の章へと、ターンが変わった様子です。

もともと体が丈夫とは言えなかった三代目は、先だってのコロナ騒ぎの時に入院。一旦は退院したモノのお店を続けるのは難しいと引退を決意。帰って来なかった四代目に期待することなくお店も閉める事にしたのだそうです。タヌ子さんは、内心非常に残念に思ったものの、続いてきたものを辞めるという重い決断をした三代目の心情を思いやって受け入れる事にしたそうです。

「最初に捕まり立ちしたのが、お店の三和土だった子が、自分で決めた事だからねえ」

タヌ子さん、自分の子供のように語ります。


なるほど、一時耳にした店仕舞いの話は本当だったのだな・・・。晩節を汚す事なく、締めやかにプライドを持って終わりを迎える・・・そういう最期もあるのだなあ。と、思いしんみり耳を傾けていたのですが、だとするとこの目の前のファンシーなカウンターは何なのでしょう?

タヌ子さんが荒ぶります。「そんなこんなで終わろうって時に、四代目が帰って来たんだよ」忌々し気に、牙を剝いて嚙みつくように話しだします。ちっちゃな牙ですが・・・。タヌ子さんによると、料理の勉強をすると専門学校へ行ったはずの四代目は、何故かパティシエを目指すと言い出して、都会のナントカ言うケーキ屋に就職してしまったのだそうです。それは良い。自分の道を見つけたのだからと、三代目は勿論、タヌ子さんも快く応援するつもりだったのだそうです。「ところが、四代目。修行もそこそこ、師匠にあたる方にもう学ぶことは無いと啖呵を切って店を飛び出し、流浪の旅へ・・・。」センス代わりに割りばしで台をパンパン叩きながら朗々と語る語る。


「自分磨きと東へ西へ・・・。まずはケーキ屋、つづいて和菓子屋。パン屋を追い出されたら蕎麦屋、カレー屋、喫茶店。挙句は、飲食離れて運送業者や倉庫整理。ウーバーイーツを経て、ついには廃品回収・・・。それを最後に音信不通と、相成りました~」パンパン。

荒ぶるタヌ子さん、私の皿から鶏のから揚げをひとつ失敬するとモグモグしながら一息入れます。

「最早帰らぬものと見なされて、勘当同然の有様と成ったよし。」パンパン

・・・あんまり騒ぐとお店に迷惑かなあ…と、思いながらも、止めて止まらぬ雰囲気に、差し出すかいなも迷い気味。とばかり、私も面白くなってつい見続けちゃいます。

「日頃のご愛顧有り難く。店を閉めるとお知らせを。出そうと決めたその夜に。ボンのクラが帰って来たという話の流れ。」ここで、私の所に配膳されたジョッキを一気に煽ってカウンターに勢いよくおきます。ポンと間の抜けた小太鼓の如き音がします。「ボンクラ四代目が申すには、浅はかだった若気の至りも成長の、登竜門とぞ思召せ。いずれつぶれるお店なら、私が代わって・・・あ・・・しんぜよう~」ポン


お店を閉める事にやはり思うところのあった三代目は、四代目の話に乗ったそうです。外で苦労をしてきたからこそ、出来る事も有るだろうと。

「で、このざまよ」タヌ子さんが、忌々し気にファンシーなカウンターを叩きます。本人は、バンバン叩いているつもりなのかもしれませんが、ペチペチと音がしてます。

「あのボンクラは、若い娘も来れるお店にしなきゃ生き残れない。とか言い出して、内装を少しいじる事になったの」と、タヌ子さん。改装が終わるまでタヌ子さんもカウンターから撤去されたそうです。仕上がりに不安を感じながらも、2か月。タヌ子さんは三代目の言葉を信じて待ったそうです。で、いざ落成式とばかりにお店に入れて貰った時の衝撃は、ビートルズの来日を上回るものだったそうです。ファンシーカラーのカウンター。見慣れた小上りは消えて、鉄を多用した丸テーブルが数脚。パステルカラーの天井。常連に請われるままに増えていたメニューは、大胆にカットされ、代わりにパンケーキとかのスイーツがこれまた大胆に登場していました。せっかく残ったメニューも「究極の~」「衝撃の~」「圧倒的な~」etc.・・・変な二つ名がついていた。「震える感動の串レバー」って何?「破壊神降臨!万人がひれ伏す至高のもつ煮」って食べていいモノなの?

インパクト重視のネーミングに、タヌ子さんも呆れるやら腹立たしいやら。

本来なら、自分が破壊神になって全てを無に帰したい衝動を、鋼の精神力で抑え込んでいるのだそうです。まあ、タヌ子さんが破壊神になっても、手足が短いし破壊範囲はたかが知れてるとは思いますが・・・。

「ワンパンよ!ワンパン!あのボンクラを黙らせるにはそれで充分よ!もう!私の修めた42の必殺技を端から食らわせてやるんだから!」と、息巻いてます。・・・42も技を掛けたら、それはワンパンじゃないんじゃないかな?


さんざん荒ぶった後、何杯目かのジョッキ(ホッピーになりました)を飲み干すと、少し落ち着いたみたいです。


「そうは言ってもね、三代目にも頼まれちゃったしね。それでもお店が残ってくれてることは良いことだとも思ってるの」タヌ子さん、少し落ち着いたみたいです。齧っているフライドポテトは、タヌ子さんのだったか私のだったか・・・。

「私は、お店がこれ以上変にならないように見張らなきゃなの!これからも忙しいわよ!」と拳を振り上げています。手が短いので、単に伸びをしているように見えますが・・・。そんなタヌ子さんの決意にエールを送っていると、ポンと肩をたたく人がいます。振り返ると、それなりに料理人に見える服装をした中年男がたってます。

「どうも。店主です。先代のお客さんですか?」・・・ああ、この人が噂の四代目か・・・。ヤバい!タヌ子さんが42の必殺技を仕掛けるかもしれん。荒事は苦手だが喧嘩は止めねば・・・と、振り返るとタヌ子さんが見当たりません。あの女、逃げたな・・・。

「やっぱり、ちょっといじりすぎましたよね」四代目が少し寂しそうな目をしながら話してきます。言われるほど、破天荒な人物では無さそうです。メガネの奥の眼差しも落ち着いた印象を与えます。もともと客数の少ない店内で、注文も途切れたので小休止と言った風情でした。


常連と胸を張るのも憚られるけど、否定しても話が長くなるだけだろうと、常連の顔をしながら四代目メガネさんにしましょうかの話を聞きました。

メガネさん、家を飛び出してからさんざん苦労を重ねて草臥れて、実家に戻って再起を図るつもりが、帰宅したその夜に閉店のお知らせをするとか言ってる家族会議の席に突撃してしまったと。ちょっとの間お世話になろうと思っていた相手が店仕舞いでは話にならない。ここは、延命させるべく「跡を継ぐ」と伝えたところ、なら修行のやり直しだと奮起すると踏んでいた三代目は、目に涙を浮かべながら「ならば、お前に任せる」と、変な方向へ決断してしまったそうです。メガネさん、内心はしまったと思ったものの、履いた言葉は戻せません。ちょっとの間だけ居場所が出来ればよかったのに・・・と言う事で、無理難題を突き付けて呆れて諦めてもらう作戦を考えたそうです。それが「若い娘が来やすいお店」作戦。店舗内装を、原型も残さずに改装して常連すら来なくなるような提案をすれば、三代目も「まだ任せられん」となるのでは?と、無茶な改装計画を提案したところ、中身も見ずに「お前も外で苦労してきた身だ。やれることやれんことは、身に染みているだろう。お前が学んだことを信じている」とか言って、Goサインが出てしまったと・・・。


「結果が、このざまです」


どこかで聞いたような言葉で絞められたメガネさんの独白。まるで舞台の書き割りの表裏の様に、感じます。同じことを聞いたのに、タヌ子さんとメガネさんとで、受ける印象はまるで変ります。「今でも、放り出したいのですか?」と、なんとなく聞いてみました。メガネさんは、ちょっと照れくさそうに笑って「いいえ」と、否定します。

「始まりはいい加減でも、動き出してしまえば巻き込んでしまう人たちもいます」と、ここはやや神妙に話しだします。「仕入れ先。紹介してくれる雑誌。パンケーキを食べに来てくれる学生さん。私が呼び込んでしまった人たちです。」「最初は、このままなし崩し的にパンケーキ屋にしてしまおうと考えていました。ところが、こんなに見た目が代わってしまったお店に、常連さんたちがポツポツ来てくれるのです」「正直、居酒屋メニューなんて何にも教わっていません。多少勉強していたので、模倣は出来ますけど・・・。だから、おそらく元の味とは全然違うモノになっているはずです。」「でも、常連さんたちは足しげく通ってくれます。パンケーキの売り上げは、儲かったり儲からなかったりと、波が激しいのですが、呑み屋の方は良くも悪くも一定です」「両方あって、はじめて経営が成り立っています」「ありがたいお話です」


「常連さんに聞いてみたんです。味も違うし、店内はこんな有様。嘗て良かった部分は、たぶん殆ど残っていないのでは?なのに何故この店に来てくれるのですか?と」「常連さんは、口々に色々な思いで話をしてくれます。この店で始めてテレビを見た事。商店街のお祭りで、出店を出してくれと頼んで快く引き受けてもらったこと。地上げ屋と喧嘩になってお店の扉を壊してしまったこと。だんだんと商店街がシャッターばかりになって行く中、それでも営業を続けてくれた事。今もお店を開いてくれている事」「正直驚きました。店をめちゃくちゃにしたと思っていたのに、彼らからは七転八倒しながらもなんとか店を開け続けようと足掻いているように見えているというのです」「だから、一緒に頑張っていこうって、今は思っているんです」

思っていたよりもかなり真面な人です。こんな思いでいてくれるなら、私も今後通う事にしよう。そう思えました。

「それとね。常連さんたちが言うんですよ。自分たちが来ないと、アイツが寂しがるって」「創業時からずっと看板娘で、このお店を思う時、料理より先に思い浮かぶんだそうです。」そう微笑みながら向けた視線の先を見ると、カウンターの上に帳面を抱えた狸の置物が鎮座してました。なんでも、着物を着ているので、おそらくは雌なのでそうです。

狸の置物を見ながら私はふと思いました。タヌ子さんの払いも私になるのかな・・・。


まあ、本人も反省はしているみたいだし、もう少し歩み寄ってみたら?と、心の中で呟きつつ、タヌキの置物を眺めます。

「そうだね。初めて親を呼んだのが、お店の小上りだった子が、自分で決めた事だしねえ」・・・とか、タヌ子さんの声が聞こえた気がします。

「まあ、守り神みたいなものでしょうから、大事にしてください」と、店主に告げると、「そうですね。私が産まれる前からあそこで頑張ってるんですからね。愛想憑かして居なくならないだけでも有難いことです」店主も苦笑していた。


終わり

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