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終末の旅路  作者: 知世
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完成しなかった物語

 書店は、街の外れにあった。それは、ひどく静かな建物だった。静かすぎて、まるで、音という概念そのものが、この空間から削ぎ落とされているように感じられる。自動ドアは動かない。ガラスの向こうに見える閲覧席には、誰も座っていない。


 私は、扉の隙間から中に入り、ゆっくりと、館内を歩いた。天井は高く、本棚は、どこまでも続いているように見える。背表紙には、色とりどりの文字が並んでいるが、それらはすべて、もう、誰にも読まれることのない言葉たちだ。


 本の匂いが、嫌いではなかった。紙の匂い、インクの匂い、それらが混ざり合った空気は、生きていた頃の世界を、ほんの少しだけ、思い出させる。


 窓際の机に、一冊のノートが置かれていた。革張りの、黒い表紙。角はすり減り、背は、何度も開かれた跡で、柔らかく歪んでいる。なぜか、それが、この場所で、いちばん大切なもののように思えて、そっと、手に取った。


 ページを開く。そこには、几帳面な文字で、短い文章が、いくつも書き連ねられていた。冒頭の一行だけ、強く、強く、書き直された痕跡が残っている。


「物語はいつも書けなかった言葉の方が多い。」


私は、その言葉に、不思議な引力を感じながら、次のページをめくった。そして、指先が、文字に触れた瞬間。





 最初に感じたのは、深夜の静けさだった。部屋は、古いワンルーム。机と、ベッドと、天井まで届く本棚。本棚には、小説、詩集、哲学書、エッセイ、古い文庫、装丁の剥がれたハードカバーが、ぎっしりと詰まっている。


 私は、机の前に座っている。ノートパソコンの画面は、白いまま、何時間も、変わっていない。カーソルだけが、一定の間隔で、点滅している。


 私は、小説を書こうとしている。正確に言えば、小説を書こうとして、 書けずにいる。


 大学生の頃から、ずっとそうだった。授業が終わったあと、喫茶店でノートを開いては、冒頭の一文を書き、それを消し、また書き、また消す。才能がないと、誰かに言われたわけではない。向いていないと、指摘されたこともない。むしろ、文章を読んだ友人や、ゼミの教授は、決まって、こう言った。「いい文章だと思うよ」「続き、読んでみたい」その言葉を、私は、どこか、信じきれなかった。


 いい文章とは、完成した作品に対して、言われる言葉だ。途中で止まったままの文章を、いいと言われても、それは、評価ではなく、慰めのように感じてしまう。


 私は、自分の中に、物語がある気がしていた。誰にも言えない感情。名前をつけられない違和感。生きることの、うまく言葉にできない重さ。それらを、文章にできたら、きっと、誰かの心に、何かを残せる。そう、思っていた。


 でも、いざ、書こうとすると、何も出てこない。いや、正確には、出てくる。断片的なイメージ。印象的な言葉。情景のかけら。けれど、それらを、物語という形に、まとめ上げる手前で、必ず、立ち止まってしまう。


 自分の文章が、ひどく、脆く、頼りないものに見えてしまう。こんな言葉で、本当に、誰かに届くのか。これを書いて、意味があるのかそんな疑問が、指を、止める。私は、完璧な一文を書こうとしている。最初の一行で、世界を掴みたい。読者の心を、一瞬で、引き寄せたい。


 でも、そんな一文は、どれだけ考えても、生まれない。だから、私は、書かない。正確には、書き始めない。書かなければ、失敗しない。下手だと、証明されない。才能がないと、突きつけられない。私は、書けなかった作家でいることで、書けなかっただけの人よりも、少しだけ、ましな存在でいられる気がしていた。それは、自分を守るための、小さな嘘だった。


 昼間は、アルバイトをしている。書店。静かで、本に囲まれた場所。新刊の棚を整え、レジに立ち、返品の段ボールを運ぶ。この仕事が、嫌いではない。本の匂いの中にいると、自分も、まだ、書く側の世界に、少しだけ、近づいているような気がするから。


 しかし、同時に、棚に並ぶ本たちを見るたび、胸の奥に、小さな痛みが生まれる。これらは、すべて、書かれた物語だ。完成された文章。形になった言葉。誰かの人生の、何年分かの時間が、ここに、物質として、存在している。それを、眩しく思う。そして、少しだけ、憎らしくも思う。


 どうして、みんなは、書けたのだろう。どうして、私は、書けないのだろう。


 私は、夜になると、部屋に戻り、机に向かう。パソコンを開き、白い画面を見つめる。カーソルが点滅する。それを、見ているだけで、一時間、二時間、過ぎていく。


 その間、何もしていないわけではない。頭の中では、何度も、物語を書いている。登場人物がいて、風景があって、会話があって、感情の動きがある。でも、それらは、言葉にした瞬間、途端に、安っぽく、平坦で、つまらないものに、見えてしまう。


 私は、自分の内側にある世界と、言葉になった文章との間に、あまりにも大きな落差を感じて、絶望する。だから、消す。書いては、消す。消しては、書く。最終的に、画面には、何も残らない。


 ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。「向いてないんだろうな」そんな言葉が、頭に浮かぶ。でも、それを、誰かに言うことは、できない。「じゃあ、やめたら?」と、言われるのが、怖いからだ。


 私は、書くことを、やめたくない。でも、書けない自分を、これ以上、直視するのも、苦しい。だから、私は中途半端な場所に、ずっと立ち尽くしている。作家になりたい人間。でも、書かない人間。夢を持っている人間。でも、何も成し遂げていない人間。そのどちらにも、なりきれないまま、時間だけが、過ぎていく。


 ある日、私は、書店で、一冊の小説を手に取る。新人作家の、デビュー作。帯には、大きな文字で、こう書かれている。「圧倒的才能、現る。」私は、その言葉に、心臓をぎゅっと、掴まれたような気がした。嫉妬ではない。羨望でもない。もっと、違う感情。「自分は、 一生、 こうはなれないんだろうな」という、諦めに近い感覚。


 その本を買った。帰宅して、ページをめくる。文章は巧みで、情景は鮮やかで、登場人物は生きているように動く。私は、読みながら、何度も、立ち止まる。こんな文章、自分には、一生、書けない。その思いが、読み進めるたびに、強くなっていく。


 それでも、書きたい。この感情が、何なのか、私は、うまく説明できない。嫉妬とも、憧れとも、違う。たぶん、これは、救われたいという気持ちだ。誰かの文章に、自分の感情を、代弁してもらうことで、自分の中にも、ちゃんと言葉になるものがあるんだと、信じたかった。


 その夜、久しぶりに、ノートを開いた。パソコンではなく、紙のノート。なぜか、紙の方が、失敗してもいい気がした。私は、ペンを持ち、ゆっくりと、一行、書く。「物語はいつも、書けなかった言葉の方が、多い。」それは、物語の冒頭でも、テーマでも、なかった。ただ、そのときの自分の状態を、そのまま、書いただけの言葉だった。でも、私は、それを書いた瞬間、少しだけ、楽になった。


 完璧じゃなくていい。面白くなくてもいい。誰にも読まれなくてもいい。とりあえず、書けばいい。その単純な事実に、私は、ようやく、触れた気がした。


 それから、私は短い文章を、いくつもノートに書いた。どれも、物語とは呼べないものだった。風景の描写。思いついた言葉。誰にも見せない独白。でも、それらは、確かに、書かれた言葉だった。


 それが嬉しかった。嬉しいという感情を、久しぶりに、はっきりと、感じた。それでも、私は、小説を書き上げることは、できなかった。短編も、中編も、長編も。物語の途中で、必ず止まってしまう。登場人物が、どこへ行くのか、わからなくなる。物語の終わらせ方が、見えなくなる。私はそのたびに、ノートを閉じ、机から離れ、また、だめだったなと、思う。


 だが、以前と違って、完全に書くことをやめることはなくなった。書くと言うより、書こうとすることが習慣になった。それは、進歩なのか、停滞なのか、私には、わからなかった。ただ、時間だけは、確実に、過ぎていく。


 二十代が、終わる。三十代に、入る。周囲の友人たちは、結婚し、子どもを持ち、昇進し、転職し、人生を、次の段階へと、進めていく。私は、相変わらず、書店で働き、夜に、ノートを開き、途中で、ペンを止める。夢を追っている人というより、夢にしがみついている人に、なっている気がした。


 ある日、母から、電話がかかってくる。


「最近、どう?」


「まあまあ」


 いつも通り、そう答える。


「小説は、書いてるの?」


 少しだけ、間を置いてから、答える。


「……うん。まあ、少し」


 嘘ではない。でも、本当でもない。母はそれ以上、何も言わない。


「無理しないでね」


「体だけは、大事にしてね」


 その言葉が、なぜか、胸に刺さる。私は、誰からも、期待されていないことに、安心しながら、同時に、少しだけ、寂しくも感じている。


 私は、自分の夢を、誰にも、説明できない。説明しようとすると、それが、あまりにも、曖昧で、脆く、現実味のないものに、思えてしまうからだ。


「作家になりたい」


 その言葉を、声に出すたび、自分が、少しだけ、嘘をついているような気がする。作家になりたい人は、書く人だ。でも、私は、書けない。書けない人間が、作家になりたいと、言っていいのだろうか。私は、その問いに、答えられないまま、年月を、重ねていく。


 四十代に入る。体力が少しずつ落ちる。目が疲れやすくなる。夜更かしが、つらくなる。それでも、私は、ノートを開く。白紙のページを見ると、相変わらず、胸の奥が、ざわつく。でも、以前ほど、怖くはなくなっている。どうせ、うまく書けない。そう思いながらも、それでも、ペンを持つ。それは、希望ではない。でも、絶望でもない。ただ、習慣に近い、何かだ。私は、それを、嫌いではなかった。


 ある冬の日、私は風邪をこじらせ、しばらく、仕事を休む。熱が出て、体がだるく、ベッドから起き上がるのもつらい。久しぶりに、昼間の時間を、部屋で、過ごす。窓から、弱い光が、差し込む。ベッドの上で、ノートを開く。書く気力は、ほとんど、ない。でも、何もせずに、ただ、天井を見つめているのも、しんどい。だから、ゆっくりと、ペンを動かす。


 そこに書かれたのは、物語ではなく、自分自身の独白だった。


「私は、作家になれなかった。でも、書きたいという気持ちを、完全に失うことも、 できなかった。たぶん、私はその間の場所で、一生、生きていくんだと思う。」


 それを書き終えたあと、しばらく、ノートを、見つめる。そして、なぜか、涙が出てきた。悲しいわけではない。悔しいわけでもない。ただ、自分の人生を、初めて、正直な言葉で見つめた気がして、気持ちがゆるんだのだ。


 私は、そのページを、破り捨てなかった。そのまま、ノートに挟んでおいた。


 それからも、私は、書き続けた。物語は相変わらず、完成しなかった。でも、短い文章や、断片的な言葉は、少しずつ溜まっていった。ノートは、一冊、また一冊と、増えていく。それらは、どれも、本にはならない。賞も、評価も、名声も、何も、もたらさない。でも、私はそれらを捨てなかった。なぜなら、それらは、「書けなかった人生」の、すべての証拠だったから。


 私は、ある日、ふと、こう思う。


「もし、誰にも読まれないなら、それは存在しなかったのと、同じなのだろうか」


私は、その問いに、すぐには、答えられなかった。でも、少し考えてから、こう、思い直す。


「少なくとも、書いていた間、私は確かに、生きていた」


 それだけで、十分なのかもしれない。私は、作家になれなかった。でも、書こうとし続けた人間には、なれた。それは、胸を張れることなのか、それとも、ただの言い訳なのか。今でも、わからない。


 それでも、私は今日も、ノートを開く。白紙のページを前に、ペンを持つ。完璧な一文は、相変わらず、書けない。それでも、私は書く。それが、私の、生き方だった。




 私は机の前で、立ち尽くしていた。手の中には、黒いノート。ページの隅々に、丁寧な文字で、書かれた断片たち。どれも、物語としては、完成していない。しかし、どれも人生の時間を、確かに宿している。


 あの書けなかった作家は、誰にも知られなかった。名前も、作品も、世界には、残らなかった。でも、彼はずっと、書こうとしていた。それだけで、人生と呼べないだろうか。


 私は、自分の旅を思う。私は、答えを探して、歩いている。でも、もしかしたら、答えは、完成した言葉や、明確な意味の中に、あるのではないのかもしれない。書けなかった作家の人生は、教えてくれた。


 完成しなかったことも、形にならなかったことも、それでも、生きていた証になるのだと。ノートを、元の場所に戻す。窓から差し込む光が、机の上に、静かに落ちている。


 その光の中で、小さく息を吸い、吐く。私はまだ、何者でもない。でも、何者でもないまま、歩いている。それだけで、十分なのかもしれない。


 私は、図書館を出る。外は薄曇りで、空は淡い灰色だった。私は、また、歩き出す。書かれなかった物語を、胸の奥に静かに抱えながら。

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