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終末の旅路  作者: 知世
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世界の終わり、終わらない私

 終わった世界で、私だけが終わり損ねていた。

 世界は、音を失っていた。風は吹いているはずなのに、耳に届くものはなく、建物の隙間を抜ける空気の動きだけが、視界の端で揺れているように見えるだけだった。信号機は点かず、看板の文字は剥げ、歩道に伸びた雑草は、人の気配が消えてからも時間だけは進み続けていることを証明している。


 私はひとりで歩いていた。


 舗装の割れ目を踏みながら、かつて人間の流れがあったはずの通りを進む。足音だけが、やけに大きく響く。建物の壁にぶつかって跳ね返り、空に吸われ、また私の足元に戻ってくる。その反響を聞くたびに、ここにいるのが本当に私ひとりなのだという事実が、何度でも確かめられる。


 人は、もういない。


 それは確信というより、諦めに近い感覚だった。声を出して呼びかけたこともある。最初の頃は、廃墟の街角で、駅の構内で、スーパーの自動ドアの前で、名前も知らない誰かに向かって何度も叫んだ。返事がないことに慣れるまで、ずいぶん時間がかかった。


 今はもう、声を出さない。誰もいないことを確認する作業は、私の中で必要なくなっていた。


 世界は終わったのだ、と思う。


 ただし、終わったという言葉が示すような、爆発や炎や悲鳴の記憶はない。瓦礫の山も、死体の列も、焼け焦げた地平線もない。ただ、人だけが消えた。街も家も道路も、すべてが、ほとんどそのまま残っている。昨日まで誰かが生活していた部屋が、今日も同じ形のまま、ただ空っぽでそこにある。


 終末とは、こんなにも静かなものなのだろうか。


 私は歩きながら、ポケットの中で鍵束を鳴らす。いくつもの鍵が、互いにぶつかって小さな音を立てる。その音が、この世界で唯一の、人工的なリズムのように思える。どれがどの家の鍵だったのかは、もう覚えていない。必要なのは、ただ扉を開けられることだけだ。


 今日の宿を探して、私はマンションのエントランスに入った。自動ドアはすでに動かないが、手で押せば開く。中は薄暗く、外光だけがロビーの床に長い影を落としている。掲示板には、色あせたチラシが貼られたままだ。「町内清掃のお知らせ」「ペット飼育に関する注意事項」「防災訓練のご案内」。どれも、実施されることのない未来に向けて書かれた文字だ。


 エレベーターは止まっている。私は階段を上がる。二階、三階、四階。手すりに積もった埃に指が触れるたび、粉が舞い上がり、細い光の中でゆっくりと落ちていく。誰にも踏まれなくなった時間が、ここには堆積している。


 七階の廊下で、私は足を止めた。


 扉の一つが、わずかに開いている。誰かが最後に閉め忘れたまま、時間だけが過ぎたのだろう。私はノブに触れ、静かに押し開けた。


 中は、普通の部屋だった。


 狭い玄関、脱ぎ捨てられたままのスニーカー、壁に掛けられたコート。台所には、洗いかけのマグカップと、乾ききったスポンジ。冷蔵庫の中には、腐敗して粉のようになった食材の残骸が、かつての食事の形跡として残っている。カレンダーは、二年以上前の日付で止まっていた。


 私は靴を履いたまま、部屋に上がる。床は埃で白くなっていたが、歩くとその上に足跡が残る。それが、私がここにいるという証拠のようで、少しだけ安心する。


 窓際には、小さな机が置かれている。その上に、写真立てが一つ、伏せられたままになっていた。私は、それを裏返す。


 ガラスの向こうに、二人の男女が写っていた。三十代くらいだろうか。特別美男美女というわけでもない、どこにでもいそうな顔つきの男女が、少しぎこちない笑顔で並んでいる。背景は、海辺の防波堤のようだった。風が強かったのか、女性の髪が横に流れている。


 恋人か、夫婦か、あるいはただの友人か。


 それはわからない。だが、少なくとも、この写真が撮られた瞬間、この二人は確かに生きていて、確かにここに存在していたのだと思うと、胸の奥に小さな圧迫感のようなものが生じる。


 私は、無意識に写真立てに触れていた。


 指先が、冷たいガラスに触れた、その瞬間。




 目を開けると、私は、朝の光の中にいた。


 白いカーテン越しに差し込む日差しが、部屋の中を淡く照らしている。どこかで、目覚まし時計の電子音が鳴っている。私は、その音に対して、はっきりとした苛立ちを覚えながら、布団の中で体を丸めた。


 あと五分。


 そう思う自分の心の声が、妙にはっきりと聞こえる。私は自分が誰なのかを考える前に、もうその声の主としての感情を、自然に受け入れていた。


 五分が、十分になり、十五分になる。頭の奥で、「起きなければ」という意識が、弱く、しかししつこく鳴り続けている。だが、体は動かない。動かしたところで、何が変わるわけでもないという感覚が、重りのように胸の上に乗っている。


 最終的に、私は観念して目を開ける。


 天井には、うっすらとした染みがあり、その形が、なんとなく地図のように見える。私は毎朝、この染みを眺めながら、世界のどこか知らない国を想像する癖があった。そこでは、私は別の人生を生きていて、別の仕事をしていて、別の名前で呼ばれている――そんなことを、何の意味もなく考える。


 意味がない、という感覚は、私の日常に常に貼りついていた。


 ベッドから起き上がり、床に足を下ろす。冷たい感触が、少しだけ目を覚まさせる。部屋は狭く、六畳一間のワンルームだ。机と、本棚と、使い古したソファと、テレビ台。テレビはもう何年も点けていない。代わりに、壁に向かって置かれた机の上には、ノートパソコンと、積み上げられた書類がある。


 私は、会社員だった。


 その事実は、名前や年齢と同じくらい、どうでもいい情報として頭の中に収まっている。営業部所属。入社して八年目。可もなく不可もなく、目立たず、失敗もせず、出世もせず。毎日、同じような時間に起き、同じ電車に乗り、同じような会話をして、同じように疲れて帰る。


 悪くはない人生だ、と人は言うかもしれない。


 だが私は、自分の人生を「悪くない」と評価することすら、どこか他人事のように感じていた。 洗面所で顔を洗う。鏡の中には、三十五歳の男がいる。目の下にはうっすらと隈があり、髪には寝癖がついている。どこにでもいそうな顔だ。私はその顔を見ながら、いつもと同じことを思う。


 この人は、誰だろう。


 自分の顔なのに、他人のように感じる。その違和感は、もうずいぶん前から、私の日常の一部になっていた。子どもの頃は、もっと自分の輪郭がはっきりしていた気がする。何が好きで、何が嫌いで、何をしたいのか、したくないのか。だが、いつからか、それらはすべて薄れていき、残ったのは「やらなければならないこと」だけだった。


 歯を磨きながら、スマートフォンを見る。未読のメッセージはない。ニュースアプリには、政治、経済、芸能、災害予測。どれも、自分の人生とほとんど関係がない出来事の集合体だ。私は、それらを眺めながら、「世界は自分がいなくても回る」という事実を、毎朝、確認する。


 確認したところで、何かが変わるわけでもない。


 キッチンでコーヒーを淹れる。インスタントだ。マグカップに粉を入れ、湯を注ぎ、スプーンで混ぜる。その単調な動作の中に、私は奇妙な安らぎを感じる。決められた手順、決められた味、決められた結果。人生も、これくらい単純ならよかったのに、と思う。


 ベランダに出ると、空は薄く曇っていた。遠くのビル群の輪郭が、灰色の空気の中でぼやけている。下の道路には、車の列ができていて、クラクションの音が微かに聞こえる。人々は、今日もどこかへ向かって移動している。仕事へ、学校へ、約束の場所へ。私も、その流れの中の一部なのだと思うと、安心するような、息苦しくなるような、複雑な感覚が胸に広がる。


 行かなければ。


 そう思う一方で、私は、行かなくてもいいのではないか、という考えを、毎朝、必ず一度は抱く。会社に行かなければ、何が起こるだろう。上司から連絡が来るだろうか。同僚は心配するだろうか。最初は、そうした現実的な想像が浮かぶ。だが、その先で、私はいつも、同じ結論に行き着く。


 たぶん、最終的には、誰も困らない。


 私がいなくなっても、仕事は誰かが代わりにやる。会社は回り続ける。社会は、何事もなかったかのように動き続ける。世界は、私が存在しなくても、問題なく存続する。それは、当たり前の事実であるはずなのに、なぜか胸の奥に、鈍い痛みのようなものを残す。


 私はその痛みを、「孤独」と呼ぶほど強くも、「絶望」と呼ぶほど明確にも感じていなかった。ただ、常にそこにある、重さのようなものだった。名前をつけるには曖昧で、無視するには確かすぎる、そういう感覚。


 玄関で靴を履く。ドアを開ける前、私はいつも、一瞬だけ立ち止まる。今日も一日が始まる、その手前で、ほんのわずかな間だけ、時間が止まるような気がする。その瞬間、私はよく考える。


 このまま、何十年も、同じような日々を繰り返して、私は死ぬのだろうか。 


 それは恐怖というより、確認に近い感覚だった。そうなのだとしたら、それでいいのか。いいはずがない、という思考が浮かぶ一方で、ではどうすればいいのか、という問いに対する答えは、いつも見つからない。


 結局、私はドアを開ける。 廊下に出ると、隣の部屋の住人が、ちょうど鍵を閉めるところだった。年齢の近そうな女性で、いつも朝の時間帯に顔を合わせる。私たちは軽く会釈を交わすが、言葉を交わしたことは一度もない。互いに、名前も、仕事も、生活も知らない。ただ、同じ建物に住んでいる、という事実だけが、私たちをつないでいる。


 エレベーターの中で、私たちは並んで立つ。沈黙が、気まずいというほどでもなく、しかし心地よいとも言えない、微妙な空気として漂っている。私は、彼女の横顔を盗み見る。整った顔立ちだが、どこか疲れた印象がある。目の奥に、薄い影のようなものがある気がする。


 この人にも、この人の人生がある。


 その当たり前の事実が、なぜか、妙に現実感を伴って迫ってくる。彼女には、彼女の仕事があり、家族があり、悩みがあり、喜びがあり、失望があり、夢があり、後悔があり、今日という一日がある。それらはすべて、私には見えない。しかし、見えないからといって、存在しないわけではない。


 私は、ふと、強い違和感を覚える。


 どうして、私は、こんなにも他人の人生を、遠くに感じるのだろう。


 他人の人生だけでなく、自分の人生さえも、どこか他所の物語のように思える瞬間がある。まるで、自分がこの世界の観客席に座っていて、舞台の上で誰かが人生を演じているのを眺めているような、そんな感覚。


 エレベーターが一階に着く。ドアが開き、私たちはそれぞれの方向へ歩き出す。彼女は左へ、私は右へ。もう二度と会わないかもしれないし、明日も同じ時間に顔を合わせるかもしれない。そのどちらでもいい、という気持ちが、私の中にはあった。


 駅へ向かう道は、いつもと同じだ。コンビニの前を通り、交差点を渡り、狭い路地を抜ける。途中、野良猫がゴミ袋を漁っているのを見かける。私が近づくと、猫は警戒するようにこちらを見て、すぐに逃げていった。その動きは生き生きとしていて、どこか羨ましく感じられる。


 駅構内は、人で溢れている。朝のラッシュアワー。改札前には長い列ができ、ホームには、電車を待つ人々が肩を寄せ合って立っている。スーツ姿の会社員、制服の学生、ベビーカーを押す親、イヤホンをつけて音楽を聴いている若者。無数の人生が、同じ空間に、同じ時間に、偶然交差している。


 私はその中に紛れ込みながら、ふと、奇妙な感覚に襲われる。


 ここにいる誰一人として、私のことを知らない。


 もちろん、それは当たり前のことだ。私が誰で、どんな人生を生きてきたのかを、ここにいる他人が知っているはずがない。だが、その当たり前の事実が、なぜか、深い孤独感を伴って胸に落ちてくる。私の存在は、私の外側の世界に、ほとんど何の痕跡も残していない。私が今日ここで倒れたとしても、最初は混乱が起こるだろうが、やがてその出来事も、日常の雑音の中に埋もれていく。


 私は、そういう自分の透明さを、長い間、受け入れてきたつもりでいた。むしろ、目立たないこと、気づかれないこと、波風を立てないことは、社会を生きる上での利点だとさえ思っていた。しかし、その一方で、私は、誰にも気づかれずに消えていく未来を、どこかで恐れてもいた。


 電車に乗り込む。押し合いへし合いの中で、私はつり革につかまる。隣の男性の肩が、私の肩に触れている。前に立つ女性のリュックが、私の胸に当たる。人の体温が、至近距離で伝わってくる。それは、不快というほどではないが、決して心地よくもない。


 ふと、思う。


 もし、この瞬間、この電車に乗っている全員が、突然消えたら、どうなるだろう。


 電車は、空のまま走り続けるだろうか。線路の上を、誰も乗せずに、誰も降ろさずに。ただ、決められたダイヤに従って、機械のように。あるいは、どこかで止まり、静かに、役目を終えるだろうか。


 そんな突飛な想像が、なぜか頭から離れない。


 私は、自分でも理由がわからないまま、世界から人が消える光景を、何度も思い浮かべていた。街が空になり、建物がそのまま残り、車が道路に放置され、信号機が意味を失い、生活の痕跡だけが、世界中に取り残される――そんな風景を、まるで夢のように、あるいは予言のように。


 それは、破壊的な願望というより、むしろ、奇妙な安らぎを伴う想像だった。


 誰もいなければ、誰にもなれなくていい。


 何者でもなくていい。


 評価されなくていい。


 失敗しなくていい。


 そう考えると、胸の奥の重さが、ほんの少しだけ、軽くなるような気がした。


 会社に着くと、私はいつも通り、パソコンの電源を入れ、メールを確認し、上司からの指示に従って書類を作成し、電話に応対する。会議では、当たり障りのない意見を述べ、昼休みには、同僚と並んで弁当を食べる。会話の内容は、週末の予定や、テレビ番組や、ネットニュースの話題が中心だ。私は、それらに適当に相槌を打ちながら、頭の中で別のことを考えている。


 私は、今、ここで、何をしているのだろう。


 この問いは、答えを求めるためのものというより、ただ、浮かんでは消える思考の泡のようなものだった。答えが見つからないことは、もうずっと前からわかっている。それでも、問いが浮かぶこと自体は、止められない。


 午後、コピー機の前で、私は、ふと、強烈な虚脱感に襲われる。手に持っていた書類の束が、急に、意味を失ったように感じられる。これらの紙切れは、何を生み出すのだろう。誰の役に立つのだろう。そもそも、「役に立つ」とは、どういうことなのだろう。


 頭の中で、思考が空転する。


 私は、その場で、ほんの数秒間、立ち尽くす。周囲の音が遠のき、視界がわずかに歪む。心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。だが、その感覚はすぐに収まり、私は何事もなかったかのように、コピー機の操作を続ける。


 疲れているだけだ。


 そう自分に言い聞かせる。疲れは、すべての感情の説明として便利な言葉だ。虚無感も、焦燥も、孤独も、不安も、疲労という一語でまとめてしまえば、それ以上考えなくて済む。


 夕方、仕事を終え、私は再び電車に乗る。朝とは逆方向へ流れる人々の中に身を置きながら、私は、朝よりも少しだけ、疲れた自分の身体を意識する。肩が重く、目が乾き、頭の奥が鈍く痛む。それらの感覚は、「生きている」という事実を、否応なく私に突きつける。


 だが、その「生きている」という感覚は、喜びや充実感とは、あまり結びついていなかった。むしろ、「まだ終わっていない」という、どこか中途半端な状態を示す言葉のように思える。


 帰宅すると、部屋は朝と同じ姿で私を迎える。靴を脱ぎ、コートを脱ぎ、鞄を置く。その一連の動作は、無意識のうちに行われる。私はソファに腰を下ろし、しばらく動かずに天井を見上げる。


 天井の染みは、朝よりも少しだけ濃く見える。照明の角度が違うせいだろうか。私は、その染みを眺めながら、朝と同じように、知らない国の地図を想像する。そこでは、私は別の名前で、別の人生を生きている。朝起きて、仕事に行き、誰かと話し、夜眠る。その繰り返しは同じなのに、なぜか、今よりも少しだけ、意味があるように感じられる。


 私は、その想像を、すぐに打ち消す。


 意味は、どこにもない。


 この人生にも、あの人生にも、世界全体にも。意味というものは、人間が勝手に貼りつけたラベルに過ぎず、本来、現実には存在しないのだ――そんな考えが、私の中では、いつの間にか、半ば常識のようになっていた。


 夕食は、コンビニで買った弁当で済ませる。テレビをつけると、バラエティ番組が流れている。画面の中では、芸能人たちが大げさに笑い、大げさに驚き、大げさに感動している。私は、その様子をぼんやりと眺めながら、箸を動かす。


 ああいうふうに、感情を外に出せたら、楽なのだろうか。


 そう思う一方で、自分がああいうふうになる姿を想像すると、ひどく居心地の悪い気分になる。私は、感情を表に出すことに、どこか恐怖を感じていた。それは、拒絶されることへの恐れなのか、傷つくことへの恐れなのか、それとも、自分自身と向き合うことへの恐れなのか。はっきりとはわからない。


 食事を終え、風呂に入り、布団に入る。照明を消すと、部屋は一瞬で暗闇に包まれる。外からは、車の走行音や、遠くのサイレンの音が、かすかに聞こえてくる。世界は、私が眠っている間も、動き続ける。 私は、布団の中で、目を閉じる。 眠りに落ちるまでの時間、私は、よく、同じ想像をする。


 もし、この世界から、人間だけが消えたら、どうなるだろう。 街はそのまま残り、家も、道路も、店も、学校も、病院も、すべてが、最後に人がいた瞬間の姿のまま、取り残される。洗濯物が干されたままのベランダ、食事の途中で置かれた箸、開きっぱなしのノート、書きかけの手紙、鳴り止まない目覚まし時計。そうした日常の断片が、誰にも使われることなく、ただ、そこに存在し続ける。


 私は、その光景を、なぜか、美しいと感じる。 誰もいない世界は、残酷で、悲惨で、取り返しのつかないもののはずなのに、その想像の中では、なぜか、すべてが静まり返り、均質化され、痛みのない風景として立ち現れる。競争も、比較も、評価も、期待も、失望も、そこには存在しない。ただ、物と場所と時間だけが、淡々と続いていく。


 そうなれば、私は、楽になるだろうか。


 その問いに、私は答えられない。


 ただ、その想像が、私の中に、奇妙な安堵をもたらしていることだけは、確かだった。


 やがて、眠りが、私を包み込む。




  私は、床に座り込んでいた。 気づくと、私は、あの廃墟のマンションの一室に戻っていた。夕方の光が、窓から斜めに差し込み、埃の粒子を照らしている。自分の膝の上には、あの写真立てが、まだ置かれていた。心臓が早鐘を打っている。呼吸が浅い。だが、私は、なぜか、ひどく疲れているのに、同時に、ひどく鮮明な感覚を覚えていた。


 今のは、誰の人生だったんだろう。


 私は、その問いを、何度も、頭の中で反芻する。だが、答えはどこにもなかった。ただ、見知らぬ男性の感情と、思考と、疲労と、孤独だけが、私の中に、強く残っている。


 あの朝の光、あの天井の染み、あのコーヒーの苦味、あの通勤電車の圧迫感、あの虚無感――すべてが、私自身の記憶であるかのように、鮮明だった。


 私は、自分の手を見る。


 その手は、私のものだ。だが、さっきまで、あの男の身体だったはずの手でもある。境界が、曖昧になっている。私は、自分が誰で、どこにいて、何をしているのかを、改めて確認する必要があった。


 ここは、終末後の世界だ。


 人は、もういない。


 私は、ひとりで、この世界を歩いている。


 そう頭の中で言葉にしてみると、ようやく、現実が、ゆっくりと戻ってくる。


 だが、胸の奥に残った感情は、消えない。


 それは、悲しみというほど明確ではなく、絶望というほど鋭利でもない。ただ、鈍く、重く、しかし確かにそこにある、何か。私は、それを、あの男の人生の残響のように感じていた。


 あの人は、幸福だったのだろうか。


 ふと、そんな疑問が浮かぶ。


 だが、その問いは、すぐに、意味を失う。幸福だったかどうかなど、外から判断できるはずがないし、本人にとってさえ、はっきりとはわからなかっただろう。あの人生には、特別な出来事は何もなかった。英雄的な行為も、劇的な愛も、破滅的な失敗もなかった。彼はただ、生きていた。それだけだ。朝起き、仕事に行き、帰宅し、眠り、また朝を迎える。その繰り返しの中で、喜びも、後悔も、倦怠も、孤独も、すべてを、同時に抱えて生きていた。


 それは、特別な人生ではない。


 だが、特別でないからといって、取るに足らないわけでもない。 私は、その事実を、頭ではなく、感情として理解してしまったことに、戸惑っていた。今までの私は、「人生は意味がない」「人はいつか死ぬ」「存在には本質的な価値はない」といった考えを、どこか誇らしげに持っていた。だが、今、あの男の人生を生きてしまったあとでは、それらの言葉が、ひどく空虚に感じられる。


 意味がなくても、生きていた。


 価値がなくても、感じていた。


 目的がなくても、今日を生きてしまっていた。


 その事実が、私の中に、静かに、しかし確実に、何かを残している。


 私は、ゆっくりと立ち上がる。足が、少しだけ震えている。身体が疲れているのか、それとも、感情が疲れているのか、自分でもわからない。ただ、長い距離を歩いたあとに似た感覚が、全身に広がっている。


 部屋の中を、改めて見渡す。 写真立て、机、椅子、カーテン、ベッド、台所用品、冷蔵庫、靴、コート。どれも、ただの物だ。だが、さっきまでは、それらの物の一つ一つが、あの男の人生と、確かにつながっていた。彼の手が触れ、彼の目が見つめ、彼の身体が使い、彼の時間が染み込んだ物たちだった。


 私は、そのことを、今なら、はっきりと想像できる。


 そして、想像できるということが、こんなにも重く、こんなにも痛みを伴い、こんなにも、温かいものなのだという事実に、驚いている。


 私は、写真立てを、そっと机の上に戻す。


 その動作は、祈りのようでもあり、別れの儀式のようでもあり、あるいは、ただの習慣的な所作のようでもあった。だが、私にとっては、それが、あの人生を、この世界に戻す行為のように感じられた。


 部屋を出る前、私は、もう一度だけ、振り返る。


 ここには、確かに、誰かが生きていた。


 その事実が、今までよりも、はっきりと、胸に残っている。


 廊下に出ると、外は夕暮れだった。窓から差し込む橙色の光が、埃の浮かぶ空気を照らし、世界全体を、どこか夢の中のような色合いに染めている。私は、階段を下りながら、自分の足音を聞く。その音は、朝よりも、少しだけ、現実味を帯びているように感じられた。


 外の空気は冷たく済んでいた。その空気を、深く吸い込む。肺の奥まで冷たい空気が入り込み、身体の内側が、少しだけ、目を覚ますような感覚があった。


 世界は、相変わらず終わっている。


 人は、相変わらずいない。


 だが、私は、さっきまでよりも、わずかに、違う感覚で、この世界を見ている。色が変わったわけでも、音が戻ったわけでも、風が強くなったわけでもない。ただ、世界が、ほんの少しだけ、重くなった。だが、その重さは、嫌なものではない。むしろ、現実に触れているという感触に近い。 私は、歩きながら、ふと、考える。


 もし、あの男が、この世界を見たら、何を思うだろうか。


 誰もいない街、止まった電車、静まり返った会社、空の家々。彼は、恐怖を感じるだろうか。絶望するだろうか。それとも、奇妙な安らぎを覚えるだろうか。彼は、生きている間、何度も「すべてがなくなればいいのに」と思っていた。世界から消えたいと願っていた。ならば、世界そのものが消えた今、彼は、どんな気持ちになるのだろう。


 その問いに、私は答えられない。


 だが、私は、ひとつだけ、確かなことを知っている。


 彼は、この世界を、生きられなかった。


 彼の人生は、もう終わっている。だが、私は、彼の人生を、生きてしまった。ほんの一日分だけ、ほんの断片だけだが、それでも、確かに、生きてしまった。その事実が、私の中に、説明のつかない責任感のようなものを生んでいる。


 私は、誰かの人生を、生きてしまった。


 その言葉は、重く、しかし、どこか救いのようにも感じられた。


 私は、ポケットから、水筒を取り出し、一口飲む。水は、少しぬるかったが、喉を通る感覚は、はっきりしている。私は、その感覚を、意識的に味わう。冷たさ、重さ、体の中に流れ込んでいく感触。それらは、すべて、「生きている」という事実の一部だ。


 ふと、自分の胸に手を当てる。


 そこには、心臓の鼓動がある。規則正しく、淡々と、止まることなく、打ち続けている。その鼓動を感じながら、「私は、生きているんだ」と思う。その思考には、なぜか、少しだけ、驚きが混じっていた。


 私は、これまで、そうした感覚を、ほとんど意識してこなかった。ただ、自動的に、惰性的に、時間を消費するように、生きてきた。だが、今は、その一つ一つが、やけに、現実味を帯びている。


 なぜだろう。


 答えは、わかっている。


 私は、さっきまで、誰かの人生を、生きていたからだ。


 他人の身体で、他人の心で、他人の時間を、生きてしまったあとで、自分の人生に戻ると、その輪郭が、急に、はっきりと浮かび上がる。自分の呼吸、自分の鼓動、自分の歩幅、自分の疲労、自分の感情。それらが、すべて、「私のもの」として、強く意識される。


 私は、これまで、自分の人生を、どこか他人事のように扱ってきた。だが、今は、それができない。できない、というより、したくない、という感覚に近い。


 歩きながら、考える。


 あの人は、幸せだったんだろうか。


 あの人は、満足していたんだろうか。


 あの人は、自分の人生を、生きていたんだろうか。


 だが、それらの問いには、答えがなかった。あの人生は、途中で終わっている。未完のまま、途切れている。だからこそ、どんな答えも、仮定でしかない。私は、その答えのなさを、少しだけ、悲しく思う。


 だが、同時に、こうも思う。


 それでも、あの人は、生きていた。


 その事実だけは、否定できない。私は、その事実を、胸の奥で、何度も、反芻する。そのたびに、胸の奥が、少しずつ、変化していくのを感じる。それは、劇的な変化ではなかった。ただ、凍っていた水が、ほんの少しだけ、溶け始めるような、微細な変化だった。


 私は、歩き続ける。街は、相変わらず、誰もいない。建物は、崩れかけ、看板は、色あせ、道路には、雑草が生えている。だが、その風景が、さっきまでとは、どこか、違って見える。色が、少しだけ、濃くなったような気がする。音が、少しだけ、近くなったような気がする。私は、その変化の正体を、すぐには理解できなかった。


 世界が、少しだけ、戻ってきた。


 そう思った瞬間、私は、自分でも驚く。戻ってきた、という言葉は、どこから来たのだろう。私は、これまで、世界が消えていたわけではない。ただ、自分の側が、世界から、少しだけ、遠ざかっていただけなのかもしれない。私は、その可能性を、考える。


 私は、世界から、離れていただけなのかもしれない。


 立ち止まり、もう一度、空を見上げる。


 どうして、あの人生を、見せられたんだろう。


 その問いには、答えがなかった。私は、この能力を、望んだわけではない。だが、否応なく、他人の人生に触れてしまう。私は、その事実を、これまで、ひどく厄介なものだと感じていた。だが、今は、少しだけ、違う。


 廃墟となった商店街を歩く。


 シャッターの閉じた店、割れたショーウィンドウ、色あせたポスター。それらは、すべて、「人がいた痕跡」だった。だが、私は、それらを見る目が、少しだけ、変わっていることに気づく。これまでは、それらを、「喪失の証拠」として見ていた。だが、今は、「存在の証拠」としても、見られるようになっている。


 ここには、人生があった。


 その事実が、これまでよりも、少しだけ、重く、少しだけ、確かに、胸に響く。私は、その響きを、どう扱えばいいのかわからなかった。ただ、「忘れたくない」と、思う。


 あの人の人生を、忘れたくない。


 その思考は、なぜか、ひどく自然に浮かんだ。私は、その思考に、少しだけ、驚く。これまでの私は、他人の人生に触れることを、「負担」だと感じていた。だが、今は、それを、「記憶していたいもの」として、感じている。私は、その変化に、少しだけ、戸惑いながらも、同時に、なぜか、救われるような気持ちになっていた。


 もし、誰もいなくなったこの世界で、誰かの人生を覚えている人間がいるとしたら。


 その「誰か」は、たぶん、私しかいない。私は、その事実に、少しだけ、眩暈を覚える。だが、同時に、「それなら、それは、それで、意味があるのかもしれない」とも思う。私は、その思考に、少しだけ、驚く。


 誰かの人生を、覚えていること。


 それは、何の役に立つのだろう。世界を救うわけでも、文明を復活させるわけでもない。だが、それでも、「無意味だ」とは、言い切れないような気がした。私は、その感覚を、どう言葉にすればいいのかわからなかった。ただ、「悪くない」と、思う。


 雲の隙間から、わずかに夕焼けの色が覗いている。風が、頬に当たり、髪を揺らす。赤とも橙ともつかない光が、低い空を染めている。私は、その色を、じっと見つめる。なぜか、胸の奥が、少しだけ、温かくなる。


 生きている、というのは、こういう感触なのかもしれない。


 その考えは、まだ、確信にはほど遠い。だが、私は、その言葉を、今までよりも、ずっと自然に受け入れることができる。


 私は、歩き出す。


 行き先は、決まっていない。目的地も、ない。ただ、歩いている。世界の終わった場所を、ひとりで、歩いている。それだけのことだ。


 あの人は、生きていた。


 その言葉が、再び、頭の奥で、反響する。私は、その反響を、うまく言葉にできなかった。ただ、その反響が、確かに、私の中に、何かを残していることだけは、はっきりと感じられた。


 自分に問いかける。


 私は、生きているんだろうか。


 その問いには、答えがなかった。だが、さっきまでよりも、その問いが、少しだけ、柔らかくなっていることに、私は、気づく。「生きているかどうか」という二択ではなく、「どんなふうに生きているか」という問いに、少しずつ、変わりつつあるような気がした。


 私は、どんなふうに、生きているんだろう。


 その問いは、まだ、答えを持っていなかった。だが、その問いを持つこと自体が、なぜか、ひどく大事なことのように感じられた。


 私は、今日も、歩いている。


 世界は、終わっている。人は、いない。文明は、止まっている。だが、それでも、私は、歩いている。そして、その事実が、さっきまでよりも、少しだけ、確かに、胸に響いている。


 私は、まだ、終わっていない。


 その言葉は、なぜか、ひどく静かで、ひどく弱々しかった。だが、それでも、それは、確かに、私の中に、生まれた言葉だった。私は、その言葉を、壊さないように、そっと、胸の奥に、しまい込む。


 私は旅を続けようと思う。


 でも、そこにいるのは、今までの私とは、違う私。


 私は、誰かの人生を、生きてしまった。


 そして、そのあとで、自分の人生に、戻ってきた。


 その往復の中で、私は、ほんのわずかだが、失っていた何かを、取り戻し始めている気がする。それは、「生きる理由」と呼べるほど、はっきりとしたものではない。だが、少なくとも、「生きていてもいいかもしれない」という感覚に、ほんの少し、近づいている。


 私は歩き続ける。


 誰もいない世界で、誰かの人生を、生きてしまったあとで。

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