記録に残らない出来事
無色の存在は、世界の記録からも外される。
昨日、助けた子供のことも、森で避けた魔物のことも、賢者に観察されたことも――
何一つ、歴史には書かれなかった。
神殿の記録係は、淡々と羊皮紙に書き込む。
勇者の功績、聖女の奇跡、兵士の勇気――
それだけだ。
私の行動は、なかったことになる。
それは、存在そのものを否定する作業に似ていた。
学校でも、村でも、世界の中で私の影響は見えない。
声を出しても、目立たず、触れても、誰も気づかない。
存在しているのは、自分だけの感覚――そして孤独。
ある日、村で小さな火事が起きた。
私は水を運び、炎を抑えた。
翌日、話題になったのは、いつも通り勇者と兵士の連携による消火劇だった。
私はそこに、いなかったことになっていた。
誰も見ていない。
誰も知らない。
誰も覚えていない。
夜、ひとりで天井を見つめる。
天井の梁の影が揺れ、私の胸も揺れる。
行動しても、価値は認められない。
善意も、努力も、存在も――
世界から取り消される。
無色は、世界の歪みでしかない。
それでも、息をしている。
それだけが、私に残された事実だった。
孤独は、深く、重く、確実に積み重なっていく。
助けても、誰も知らない。
傷ついても、誰も気づかない。
願っても、報われない。
世界は正しく回る。
無色が関わっても、何も変わらない。
だから、私は学んだ。
――私の存在は、無視されるためにある。
それが、救いのない現実だった。




