救われた子供
その日、村の外れで結界が暴走した。
普段は閉じられている場所で、光の柱がねじれ、空気が振動する。
村の子供たちが遊んでいた時間で、事故は起きた。
叫び声を聞いた。
無色は、とっさに走った。
誰かに知らせる暇もなかった。
ただ、足が勝手に動く。
茂みの中で、子供が転倒していた。
結界の光が迫ってくる。
咄嗟に抱き上げ、反対方向へ飛んだ。
子供は泣き声をあげたが、無傷だった。
無色は安堵した。
しかし、世界は容赦なく動き続けた。
騒ぎを聞きつけた勇者が現れ、結界を収める。
村人や神官も駆けつけ、子供を保護した。
そして、功績は――彼らに帰された。
「勇者が、子供を救ったんだって」
「さすがだな」
子供の母親も、涙を流しながら感謝したのは、勇者だった。
私はその場に立ち尽くしていた。
助けたのは、間違いなく私だ。
でも、世界は私の存在を認めなかった。
誰も、振り返らなかった。
名前も、存在も、光も――ない。
夜、家に戻ると、手の震えが止まらなかった。
胸の奥が締め付けられる。
誰も知らないこと。
誰も覚えていないこと。
助けたという事実だけが、私の中で響く。
外に出せない、光のような孤独。
私は、自分の影響を否定しなければならなかった。
――私が助けたなんて、嘘に違いない。
そう思わなければ、生きていけなかった。
世界は、役割を持つ者だけに報いる。
意味のない行為は、消え去る。
存在を証明する手段さえ、奪われる。
無色は、何をしても記録されない。
何をしても、功績は他人のものになる。
静かに、誰もいない部屋で、私は泣いた。
でも、泣くことすら、意味はない。
ただ、胸の奥の重さだけが、残った。
――私は、世界に必要とされない。




