偶然と呼ばれる力
森での異変は、すぐに噂になった。
けれど、誰も私の名前を口にしなかった。
存在そのものが無視される世界で、事実だけが独り歩きする。
賢者が現れたのは、その一週間後だった。
銀色のローブをまとい、長い杖を抱えた老人。威厳があるのに、どこか冷たい空気をまとっている。
「君だな」
呼ばれたのは、もちろん私ではない。
目の端に映るだけだった。
賢者は森の報告を受け、確認に来たらしい。
村の長老が説明した。
「…ただ、魔物が近づかなかっただけです」
賢者は眉をひそめた。
そして、私の方を見ずに言った。
「偶然と呼ぶには、珍しい現象だな」
そう。
“力”ではない。
力には、意味と制御が伴う。
役割を持つ者に与えられるのが常だ。
無色は違った。
説明ができず、再現性もなく、管理もできない。
「…だから、これは力ではない」
賢者は結論を出した。
厳格で、冷酷な結論。
観察だけで終わり。
研究も、保護も、指導も、ない。
私は立ちすくんだ。
観察されることで、何かが変わることを期待していたのかもしれない。
でも、世界は否定した。
その日以降、森には近づかないことにした。
力ではないのだから、触れても意味はない。
触れるだけで迷惑をかける。
そう思った。
夜、独りで天井を見上げる。
星は、いつもより冷たく見えた。
誰かが私を見ているわけではない。
誰も、世界も、観察していない。
森での出来事も、偶然で片付けられる。
だから、私は世界の一部ではない。
意味を与えられない。
誰も期待していない。
力ではなく、偶然。
生きているのも、存在しているのも、偶然。
その冷酷な事実が、胸に重くのしかかる。




