選ばれた者たち
村の広場は、朝から騒がしかった。
役割を得た者たちが、旅立ちの準備をしている。荷車には武具や食料が積まれ、家族や知人が別れの言葉を交わしていた。笑い声と涙が混ざり合い、空気はやけに明るい。
私は少し離れた場所から、それを眺めていた。
近づかなかったのは、遠慮ではない。
近づく理由が、なかった。
「勇者候補だってさ」
「すごい光だったよね」
「聖都まで行くらしい」
耳に入ってくる言葉は、どれも未来の話だ。
誰が何になるのか。
どこへ行くのか。
何を成すのか。
私の話題は、どこにもなかった。
昨日まで同じ場所で育ち、同じように働いていたはずなのに、彼らはもう違う存在になっていた。役割を得たことで、世界から一歩前に押し出されたように見える。
彼らの背中には、見えない光がある。
そう感じた。
母親に抱きつく少女が、ふとこちらを見た。
一瞬だけ、視線が合う。
すぐに逸らされた。
責める気にはなれなかった。
どう接していいのか、分からなかったのだろう。
無色という存在は、扱いづらい。
祝福も、慰めも、どちらも当てはまらない。
役割を得られなかった者は、落伍者と呼ばれることもある。だが、私にはその言葉すら向けられなかった。落ちる前提の舞台に、最初から立っていなかったからだ。
荷車が動き出す。
歓声が上がる。
選ばれた者たちは、振り返りながら手を振る。
世界に見送られて、旅立っていく。
私は、手を振らなかった。
振り返ってもらえないことは、分かっていた。
広場が静かになると、急に音が遠のいたような気がした。空気が薄くなり、足元が頼りなくなる。
村は変わらない。
家も、道も、人も、昨日と同じだ。
変わったのは、私だけだった。
役割を持たないということは、進む道が示されないということだ。何をすればいいのか、何を目指せばいいのか、誰も教えてくれない。
世界は、指示を出すことをやめた。
その日の午後、私はいつも通りの雑用をこなした。水を運び、倉庫を整理し、頼まれれば動く。誰かの代わりになる仕事。
それは、役割ではなかった。
夕方、空が赤く染まる。
遠くで、荷車の音が消えた。
選ばれた者たちは、もう戻らないだろう。
戻るとしても、それは別の存在としてだ。
私はその場に立ち尽くし、初めてはっきりと理解した。
――私は、物語の外にいる。
観客ですらない。
背景にもならない。
ただ、世界の片隅に置かれた、説明のつかない存在だ。
その認識は、静かに、深く、胸に沈んでいった。




