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ロールを持たない者

十五歳の誕生日は、いつもより空が低かった。


 雲が厚く垂れ込めているわけでも、雨の気配があるわけでもない。ただ、空そのものが重く、押し下げられているように見えた。そう感じたのは私だけだったのかもしれない。


 神殿へ向かう石畳の道は、今日に限ってやけに長く感じられた。

 同じ年に生まれた者たちが、少し前を歩いている。誰も振り返らない。振り返る必要がないからだ。今日、彼らは「選ばれる側」になる。


 この世界では、人は十五歳になると役割――ロールを与えられる。


 勇者。

 聖女。

 賢者。

 兵士。

 補助職。

 あるいは、名もつかない雑多な役割。


 どんなものであれ、ロールを持つことは「世界に認識される」という意味を持っていた。


 神殿の扉は開かれていた。

 中は静かで、祈りの声すら聞こえない。


 床に刻まれた円陣が淡く光っている。そこに立つことで、人は自分のロールを知る。光は嘘をつかない、と言われている。


 一人、また一人と円陣に立ち、光を得ていく。


 赤く燃える光を宿した少年が歓声を浴びた。

 白い光を纏った少女が涙を流した。

 金の光が天井まで伸び、神官が祝福の言葉を述べる。


 それらは、すべて「正しい光」だった。


 私の順番が呼ばれた。


 円陣の中央に立つ。

 石の冷たさが靴越しに伝わる。


 一瞬、息を止めた。


 ――何も起きなかった。


 光は灯らない。

 色も、揺らぎも、気配すらない。


 ざわめきが起きることはなかった。

 それが、いちばん不自然だった。


 神官は私を見なかった。

 円陣でもなく、天でもなく、ただ虚空に視線を落としたまま、淡々と告げる。


「異常なし」


 その言葉は、祝福よりも重かった。


 異常がないのなら、これは何なのだろう。

 ロールを持たない者が存在すること自体が、異常ではないのか。


 誰も説明しなかった。

 誰も質問しなかった。


 私は円陣を降り、列の外に立たされた。

 次の者が呼ばれ、光が灯る。


 世界は、私を置き去りにしたまま、滞りなく進んでいく。


 神殿を出る頃には、胸の奥が静かに冷えていた。悲しみとも恐怖とも違う。ただ、何かが削り取られたような感覚。


 私は無色だった。


 それは、役割を持たないということ。

 物語を与えられないということ。


 この日から私は、

 世界の中に「存在していないもの」として、生きることになる。

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