第九十九話:神話召喚・三国志の英雄たち
太宰府・八咫烏本拠地
渋谷から逃げ帰った「白頭精霊の戦乙女」の五人は、主君である紅蓮の龍女・朱麗の前に跪き、その怒りを全身で受け止めていた。
「…どういうことですの?」
朱麗の声は、氷のように冷たい。
「あれだけの啖呵を切って出向いていきながら、おめおめと、何の成果も得ずに逃げ帰って来るとは!あなた方の誇りは、その程度のものでしたの!?」
「も、申し訳ありません…!」
リーダーである月影の舞姫が、震える声で弁明する。
「ですが、奴らは…!これまでのデータから示される戦闘力を、明らかに、はるかに超えて強くなっている気がします…!」
その言葉に、朱麗の怒りは頂点に達した。
「言い訳にもなりませんわ!お前たちが得意気に語る、日本の文化のルーツが、全て自国にあるというのなら、なぜ、その『オリジナル』であるあなたたちが、コピーであるはずの日本の戦乙女に負けるのですか!」
「……っ!」
その、あまりにも痛烈な皮肉に、五人は言葉も返せない。
「もういいですわ。少し頭を冷やして、反省しておおきなさい!」
朱麗が扇子を叩きつけるように言うと、五人はすごすごと神殿から退室していった。
一人、苛立ちを隠せずにいる朱麗に、高梨幸太郎が、静かに声をかけた。
「―――まあ、この際です。朱麗殿が直接、その実力を見せつけてやるのは、いかがですかな?」
「なんですって?」
「前回の巌流島のような、小手調べではない。貴女が率いる『主力』をもって、大国の権威というものを見せつけてやるのです。その方が、話が早い」
その言葉は、火に油を注ぐと同時に、朱麗の凍り付いたプライドを、的確に刺激した。
「…いいでしょう。その挑発、乗ってやりますわ」
朱麗の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。
「我が虎の子、斉天大聖以上の『剛の者』…。ええ、いますとも。我が国の**『三国志』**が誇る、最強の英雄で、今度こそ、あの小娘どもを捻り潰してやりますわ」
彼女は、幸太郎、そしてその背後にいるであろう、この国の真の黒幕たちに向かって、言い放った。
「―――よく、見ておきなさい!」
そう言い残し、朱麗は、自ら戦場へと赴くべく、神殿を後にしていく。その背中を、幸太郎は、全てが計画通りとでも言うように、満足げな笑みで見送っていた。
時刻は水曜日の夜。箱根の山頂。
眼下には、宝石箱をひっくり返したような東京の夜景が広がっている。その絶景を背に、紅蓮の龍女・朱麗は、一人静かに、そして傲然と立っていた。
「わたくしを、本気にさせましたわね…」
彼女は、広げた扇子を天に掲げる。その身から放たれる霊力は、これまでの比ではなかった。大地が揺れ、空気が震え、歴史の奔流そのものに干渉する、禁断の大魔術が発動する。
「永劫の眠りより目覚めなさい、古の英雄たち!あなた方のための、新たな乱世を用意しましたわ!紅蓮の龍の名において命じます。今、この地に、顕現なさい!」
朱麗の呼び声に応え、四つの光が、天と地から、彼女の前へと収束していく。
最初に現れたのは、ふわり、と風に乗るように音もなく姿を現した、豊かな袖口、足元が隠れるロングスカートの白と水色のメイド服を纏う、知的な瞳の女性だった。彼女は、手にした羽扇でそっと口元を隠すと、眼下の東京を一瞥し、完璧な戦術図を瞬時に脳内に描き出す。
「―――なるほど。眠れる龍の、懐といったところですわね」
天才軍師、諸葛孔明。その知略は、既に盤上の全てを見通していた。
次に、赤い閃光と共に、快活な少女が躍り出た。背には美しい弓を背負い、その勝気な瞳は、新たな戦場への期待に輝いている。オレンジ色基調のフレアスカート、明るいチャイナメイド服。赤いヘアは左右で纏められたチャイナヘア。
「ここが、新しい遊び場ね!腕が鳴るわ!」
江東の虎娘、孫尚香。その武勇は、既に戦場を求めて逸っていた。
続いて、天から荘厳な緑色の龍のオーラが降り立ち、そこから、威風堂々たる一人の武人が姿を現す。床に届くほど長い黒髪をなびかせ、その手には、巨大な青龍偃月刀が握られている。
繊細で美しい白い肌上半身を深い緑を基調とした襟袖高い美しい刺繍で覆われた古風な中華服。豊満なバストの部分中央で開いた上着の中にからこぼれそうな白い肌が垣間見える。腰から下は長い着流しのスカート風の布が幾重にも重なって流れ、スリットからは美しい脚が見える。
「…義の契約に従い、馳せ参じた。朱麗とやら、汝の大義、我に見せてみよ」
武神、関雲長。その存在は、義によってのみ、その刃を振るう。
そして、最後に。
空が割れ、血のような赤い稲妻が迸る。大地が裂け、奈落の底から這い上がってくるかのように、圧倒的なまでの武威と狂気を纏った、黒と赤の鬼神が降臨した。
神を思わせる、黒と赤を基調とした禍々しいバトルドレスアーマー。頭には、鬼の角を模したヘッドギアを装着。その肢体はしなやかでありながら、全身が恐ろしいほどの武威に満ちている。
その手には、あらゆる武器の王たる方天画戟が握られている。
「…虫けらが」
最強の鬼神、呂奉仙。彼女は、他の三人の英雄さえも、ただの障害物としか見ていなかった。
軍師、弓腰姫、武神、そして鬼神。
四千年の中華史が生んだ、最強の駒を揃え、朱麗は、勝ち誇ったように扇子を東京へと向けた。
「ご覧なさい、我が無双の英雄たちよ!あの光の海こそ、東京!出撃なさい!そして、あの矮小な島国の者たちに、大国が持つ、真の『力』の何たるかを、その骨の髄まで教えておやりなさい!」
その号令一下、四人の戦乙女は、東京魔法陣を、そしてユウマたちを完全に粉砕すべく、一斉に、その歩みを進め始めた。




