第九十八話:合同大修練・八犬士と剣豪たち
東京近郊に「星詠司」が用意した、広大な霊的演習場。そこに、九州で契約を交わした剣豪たちが、ユウマの召喚に応じて集結していた。八犬士の底力を上げるための、史上初となる「合同大修練」が、今、始まる。
【仁】と【活人剣】――犬江桜親の修練
さくらの指導役は、彼女の流派の源流である、柳生新陰流の魂を継ぐ柳生兵庫助の魂を受け継ぐ柳生有栖が担った。茜色のポニーテイルで紺色のシックな和風メイド服を着ている。
「お主の剣は、優しい。だが、優しさだけでは、真に人を活かすことはできぬ」
有栖は、桜親の猛攻を、ただの一度も刃を合わせることなく、全て捌き切る。
「斬り結ぶのではない。相手の殺気を、その源流で制する。これぞ、我が柳生の『活人剣』。お主の【仁】の心と最も近しい剣であろう」
桜親は、ただ敵を倒すだけではない、相手を「活かす」ための剣の理を学び、その太刀筋に、さらなる深みを加えていった。
【義】と【二天一流】――犬川星荘の修練
「槍というものは、あまりに真っ直ぐすぎる!」
ほしなの前に立つのは、木刀を二本構えた宮本飛鳥。彼女は、ほしなの剛槍を、小太刀で受け流し、大太刀でいなす。
「お主の【義】もまた、同じ。正義は、時に形を変え、奇道をもって敵を討つ。二天一流の極意は、二刀に非ず。水のように、状況に応じて千変万化する、無形の『兵法』にあり!」
飛鳥の予測不能な剣技に翻弄される中で、ほしなは、自らの正義を貫くための、新たな戦い方を体得していく。
【礼】【信】と【巌流】――犬坂碧毛・犬村凪角の修練
「我が間合いは、絶対よ!」
四尺二寸の長大な野太刀を振るう佐々木(巌流)沙也加。その圧倒的なリーチの前に、碧毛の薙刀も、凪角の鉄扇も、届かない。
「どうした!その程度か!」
沙也加の挑発に、二人は互いの目を見る。碧毛が舞うように後退し、凪角が風を操って沙也加の視界を奪う。互いを信じ、完璧な距離と呼吸で立ち回ることで、絶対的な間合いを誇る巌流の剣を、少しずつ、しかし確実に攻略していく。
【智】と【一刀流】――犬山雷道の修練
「考えすぎたい、嬢ちゃん!」
伊東一刀斎の魂を持つ伊東一枝が放つ、必殺の一閃。雷道は、その軌道を完璧に予測し、カウンターを放とうとする。だが、その一瞬の思考の隙を、一枝の剣は許さない。
「一刀流は、『二の太刀要らず』。考え、予測し、最適解を導き出す…。その全てを、たった一撃で終わらせるのが、うちの剣たい!思考の速さを超え、魂で撃たんね!」
雷道は、自らの【智】を、予測や解析のためだけでなく、全てを懸けた一撃を放つための「覚悟」へと昇華させる修業に挑んでいた。
【悌】と【無刀取り】――犬田雫文の修練
犬田雫文の修練は、他の誰よりも、静かで、そして異質だった。彼女の師範役である、剣聖・上泉信綱の魂を継ぐ美少女・上泉一世は、黒髪を後ろにまとめて流し、シンプルな和装で佇み一度も彼女に木刀を向けなかった。
修練の場は、静かな竹林。二人は、ただ向かい合って正座するだけ。
「…雫文とやら。わしの目を見よ」
一世がそう告げた瞬間、彼の全身から、嵐のような殺気が放たれる。それは、雫文の仲間たちが傷つけられ、蹂躙される、凄惨な幻覚を伴う、あまりにも強烈な精神攻撃だった。
「…っ!」
思わず杖を構えそうになる雫文を、一世の静かな声が制する。
「杖を構えるな。敵意に、敵意で応えるな。真の戦は、刃を交える前に決す。刃の動きを読むのではない。それを振るう、魂の叫びを聞くのじゃ」
雫文は、必死に恐怖を堪え、殺気の奥にある、師の魂の「痛み」や「悲しみ」を感じ取ろうと集中する。そして、自らの【悌】の宝玉―――仲間を想う、慈愛の心を、オーラとして解き放った。
「大丈夫…。もう、誰も傷つけさせない…」
その温かい光に触れた瞬間、一世が放っていた嵐のような殺気が、ふっと霧散した。
「…見事。それこそが、我が新陰流が目指す、究極の『無刀取り』。お主の【悌】の心は、あらゆる刃を、その根源から浄化する力となるであろう」
雫文は、戦わずして敵を制する、ヒーラーとしての、そして守護者としての、新たなる力の扉を開いた。
【忠】【孝】と【無手勝流】――犬飼聖乃・犬塚華信の修練
犬飼聖乃と犬塚華信の修練は、雫文とは対照的に、最も騒がしく、予測不能なものだった。
師範役は、放浪の剣豪・塚原卜伝の魂を継ぐ、身軽なくノ一・塚原千代女。
修練場所は、渋谷の街を模した、広大な戦闘シミュレーション施設だった。
「道場での戦いなど、児戯に等しい!真の戦場に、定石はない!」
千代女は、二人の前から忽然と姿を消すと、ありとあらゆる奇襲を仕掛けてくる。路地裏のゴミ箱を蹴り倒して壁にし、ビルの窓ガラスの反射を利用して死角からクナイを投げ、水道管を破裂させて視界を奪う。
「きゃっ!」
「どこから!?」
最初は翻弄されるばかりだった二人だが、次第にその戦い方を学んでいく。
聖乃は、自慢の鎖鎌を、敵を攻撃するためだけではなく、街灯に巻き付けて立体的に移動したり、地面の瓦礫を操って敵の足元を掬うなど、戦場を支配する道具として使い始めた。
華信は、自らの十手から放つ音波を、狭い路地で反響させて方向感覚を狂わせたり、駐車中の車を振動させてアラームを鳴らし、陽動に使うなど、音の特性を最大限に活かした戦術を編み出す。
「そうだ!お主たちの忠義も、親孝行も、ただの綺麗事では意味がない!仲間を、故郷を、本気で守りたいと願うなら、泥を啜り、奇策を巡らせ、何としてでも生き残る術を身につけよ!」
千代女の檄に応え、二人の戦い方は、より実戦的に、より変幻自在に、進化を遂げていった。




