第九十三話:動き出す赤き龍
太宰府・八咫烏本拠地
時刻は水曜日の早朝。ユウマたちが東京への帰路を急ぐ頃、太宰府の神殿では、重い苛立ちが空気を支配していた。
「解せませんわね」
巨大な日本の霊脈地図を睨みつけながら、紅蓮の龍女・朱麗が、扇子を苛立たしげに鳴らした。
「北の土地(蝦夷)も、南の土地(九州)も、我らの経済侵略は順調に進んでいるはず。土地を買い占めて霊脈を削り、利権に塗れた傀儡を送り込んで骨抜きにする。着実に日本の国力は削れているというのに…なぜ、奴らはここまで抵抗できるのです?」
その問いに、高梨幸太郎は、まるで面白い冗談でも聞くかのように、皮肉を込めて笑った。
「朱麗殿。それは、この国が、神話の時代から今日この時まで、一貫して単一国家としての歴史を積み重ねてきたからです。見えざる絆が、我々の想像以上に根深いのですな」
「我らとて、四千年の歴史がありますわ!」
朱麗が、侮辱されたかのように声を荒げる。だが、幸太郎は、その言葉を、より冷徹な事実で切り捨てた。
「貴女の言う『我ら』が、今の国を成してから、まだ百年も経ってはおりますまい?」
「……っ!」
朱麗は、言葉に詰まる。
幸太郎は、そんな彼女をなだめるように言った。
「剣豪だろうと、武将だろうと、地道に一体ずつ削っていけば、いずれ万策は尽きる。慌てるな」
だが、と幸太郎は続ける。彼は、政財界のニュースが映し出されたモニターへと視線を移した。
「確かに、奴らが九州に気を取られている『今』は、好機でもある。表世界の政界は我らが仕込んだスキャンダルでガタガタ。経済的にも、この国はもはや黄昏時…。仕掛けてみますか?東京の、中枢そのものに」
その提案に、苛立っていたはずの朱麗の口元が、ニヤリと歪んだ。
「…おほほほ。面白い。是非、そうさせていただきましょう」
「お待ちください朱麗様…」円卓に集いし各国の戦乙女の中から進み出る者が居る。
「先ずは我らが露払い致しましょうぞ…白頭精霊が東京魔法陣に風穴を開けて御覧に入れます…月影の舞姫、ウォニョンにお任せを…」
青と白のハンボク風メイド服、伝統的な扇子を持ち、月を模した髪飾りが特徴の戦乙女が前に出る。
「ふん…いいだろう、お前たちの文化的な侵略は浸透している故、攻略にも効果があるだろう先陣を任せよう」
「ありがたき幸せ…このウォニョンと白頭精霊が必ずや…」
その奥の背後、玉座に座す菅原天音が、その謀略を、ただ静かに、そして満足げに見下ろしていた。




