第八話:上野決戦・壬生の狼と結界の秘密
■独眼竜・伊達星夜
上野公園は広大な敷地内に博物館、動物園、美術館などが施設として四方に配置され、神社仏閣もある。
不忍池の畔近くに上野東照宮の小さな社がある。その境内に一際大きな黒い影が舞った。
それは、通常のカラスよりも遥かに巨大で、その隻眼は鋭い光を放っている。
漆黒基調の光沢のあるメイド服を身につけ、片目を刀の鍔の眼帯で隠した女性が、その巨大なカラスの背に乗って現れた。
均整の取れた体形は、熟れた大人の女性といった匂い立つ色気を纏う黒光りするメイド服を纏うが、胸部から下は大胆に露出し、そこから覗く豊満な胸を心細いやはり黒光りするブラで覆っているが寧ろ自慢するようないで立ちだ。
基本的に世に言うボンテージ衣装と言って差し支えないが、それでも布面積が少ない。
その美しい美貌の碧眼の片側眼帯が付けられている。髪型は少しウェーブが掛かった黒長髪を煩雑に後ろでまとめたポニーテイルにまとめている。
周囲を見渡す傲慢とも見えるその顔の表情がピクリと反応する。
片目が見据える木々の影からもう一人のメイドが姿を現す。
「ふふ…陽動お見事でした。伊達の北斗竜…ですが【礼】の宝玉は渡しません。」
もう一人のメイドは、赤縁眼鏡、深い緑の髪の毛は大きく三つ編みにして後ろにまとめている。
シックなロングスカートのメイド服、比較的伝統的に近いいで立ちのそのメイドは、だが脇に構えた薙刀が僅かな周囲の光を反射し輝いている。
「私は【礼】の宝玉を守護する戦乙女、犬坂碧毛と申します。
陽動出し抜きは伊達家の謀略と実力の二面性としてよく知られております。新宿、池袋、秋葉原の守護が来てくださったのは僥倖ですが、いささか対応が術に対して直感的過ぎますわ…なので、これが誘導であることは明白。
部下を先行させて結界を仕込むなど、手が込んだことをされるのは、やはり先だって織田焔が敗北したことを鑑みての慎重策ということかしら?」
「 隻眼北斗龍、伊達星夜だ。よくしゃべるメイドだな…」陽動奇襲を試みた隻眼のメイドは不遜な態度を改めない。
「すいません、よくしゃべるのは職業柄でして…博物館のガイドが私の仕事です。奇襲は失敗しました、諦めて撤退したらいかがですか?」薙刀を流麗に振り回してからやや半身に構える。
「さもなくば楊神流・犬坂碧毛がお相手致します!」
「ふん…勝ったつもりか…おまえが評した伊達の謀略を舐めるなよ?」
伊達の彼女の背後に三人の影が立ちゆっくりと前に出てくる。
「近藤花蓮、沖田雪菜、斎藤葵。蝦夷共和国とは北の大地連合として新撰組に協力願うことにした」
「伊達…セイ…ヤ…」
碧毛の赤縁眼鏡の奥の眉が跳ね上がり目元が引き攣る…
「他の八犬士とは別で秘密裏動いて私を待ち構えたようだが…に戦力分散の愚を犯したのはお前の方だったな…」伊達星夜の見下した表情が愉しそう歪む。
「今宵の虎徹は血に飢えている…新選組・近藤花蓮お相手致す」
長身の美しい肢体を持つメイドはやや厚みのある豪刀を抜いてゆっくりと歩み寄る。
長髪を奇麗に編み上げてまとめている小顔の目は一重で切れ長鋭く目線だけで斬れそうな殺気を孕んでいる。新選組代名詞の浅葱色の羽織は裾長く翻る。
「ボク沖田雪菜だよ!結界の守護、八犬士の戦乙女碧毛さん」
長身の近藤に対して、小柄で体形も短いスカートから良く見える脚も少年っぽさが残るボクっ子でハーフツインテの頭髪は隊士カラーの浅葱色と乳白色のツーカラ―で左右に分けている。悪戯っぽく笑う目の奥に狂気が宿っているのを感じる。羽織とミニスカート白いニーソと全体的に淡い色彩でまとめられている。メイドとハーフロリータの様なファッションだ。
「…撃滅」
多くを語らず抜刀せず腰だめに構えるメイド。おそらくは抜刀術…黒髪を後ろでりぼんでまとめている。同じく羽織っているが裾は短い。その代わりスカートは長く足元があまり見えない。
「もーサイトーさん無口すぎぃ~これから三途の川を渡ってもらう人に失礼ですよ~」と沖田は屈託ない笑顔で言う。
楊神流の薙刀は非力な女性でもリーチと持ち手を選ばない取り扱いの良さで大奥などの男子禁制地でも自衛するために発展した経緯があるが、元は僧兵など豪の者が扱う戦争時に対多数で威力を発揮する武術体系で、多少の数の差などものともしない優位性を持つ。
故に、陸奥三人衆を分離して誘導に使う伊達星夜は単独行動で隠密に動くと読んだ碧毛は、上野に集まった他八犬士との合流を避けてこちらも隠密に動いたのが仇となった…
よりにもよって幕末最強剣士集団と単騎で対応することになるとは…
博物館キュレーターで笑顔で対応がモットーの碧毛が顔を歪めて吐き捨てる。
「クソが…」
■結界の秘密
一方で桜親と土方の剣豪対決は互いが一歩も譲らず拮抗している。
「腕を上げたな桜親」「あんたが衰えたのじゃないの?土方!」「いうな」「いくよ!」
薄く照らされた夜の上野公園の中わずかな光を反射して光る太刀の残像が激しく交差する。
桜親は気づいていた…これは陽動で、自分はここで足止めされていることを。
だが下手に動いてユウマ達を巻き込めない。「もーユウマ達頼むわよ?!」
そんな中、ようやく公園端に辿り着いた健太はポケットWi-Fiでアンテナが立つのを確認するとユウマにメッセージを飛ばす。「繋がった!」
「よくやったケンタ!」ユウマは今回の結界と電磁波のジャミングは敵側の工作であらかじめ用意されていたということを推測立てていた。
襲撃前に結界が形成されていたこと、幻覚のお香はそんな短時間に周囲に散布できないこと、何より結界は戦乙女が戦う際に張るので、上野の八犬士のメイドが居ないまま結界だけが発生するのが不自然だったことなどから類推した。
これは、気絶しているが彩花がこれまでの戦いをつぶさにメモして分析してくれていたことが大きい。
「視聴者さん達、最寄りの人はその目も使ってサポートよろしく!多分結界?で中には入れないし危ないから入って欲しくないけど、おそらく結界は発生元がどこかにあるはずなんだ!オレの仮説が正しければ結界の範囲が分かれば中心にその結界の発生元があるはず!#上野公園の周囲に集まれ」
するとあっという間に、ユウマのスマホに視聴者からのコメントが立て続けに届いた。
「ユウマ、公園のあっちこっちで、なんか見えない壁にぶつかる感じがする!」
「俺、今、国立科学博物館の前だけど、なんか見えない結界があるみたいで、前に進めない!」
「動物園の入り口も、なんか変な圧を感じるよ!」
「健太! 視聴者さんたちが、公園のいろんな場所で『前に進めない場所』があるって言ってるぞ! クーグルマップ開いて、その場所教えてもらうぞ!」ユウマは健太に指示した。
健太は慌ててクーグルマップを起動し、視聴者から送られてくる情報をリアルタイムで地図上にプロットしていく。点の集まりが、次第に円を描くように広がっていく。
「ユウマ! この『進めない境界線』の中心…ここだ! 上野動物園の、普段は立ち入り禁止になってる古い飼育小屋だ! きっと、三人衆が張った結界の中心がそこにある!」健太が興奮した声で叫んだ。
ユウマの胸の紋章が強く脈打ち、その推測が正しいことを告げるかのように、古い飼育小屋の方向に仄かな光が見えた。
「星荘! 雷道さん! 結界の中心が分かった! 上野動物園の古い飼育小屋だ!」