第七十五話:裏新宿・忍法乱戦
「罠にはまったね、雷鳴さん」
海野六花と望月六華、二人の伏兵の前に、伊賀九曜衆の神速、伊賀崎美知佳が地に伏す。絶体絶命の窮地。
「これで伊賀も終わりね!」
二人の真田忍者が、とどめを刺さんとクナイを振り上げた、その瞬間だった。
「―――それはどうかな」
凛とした声が、夜空から響き渡る。ハッとして見上げた二人の目に映ったのは、月を背に、ありえない跳躍を繰り返す、一つの人影だった。ビルの壁、突き出た看板、街灯の天辺…それらをまるで船のように足場にして、八艘もの距離を一息に跳躍してくる。
源義経が神技、『八艘跳び』。
「な、何者!?」
着地したそのくノ一――源黒実は、名乗りも上げずに、ただ静かに印を結んだ。
「忍術必殺技――『天狗の嵐』!」
黒実を中心に、凄まじい突風が渦を巻く。それはただの風ではない。無数の木の葉を刃と化し、斬り刻みながら吹き荒れる、鞍馬の天狗が秘術。海野と望月は、その圧倒的な風の暴力の前に、なすすべもなく吹き飛ばされた。
同時に、その嵐は美知佳の脚に絡みついていた粘着性の罠を、綺麗に切り裂いていた。
「黒実…恩に着る!」
瞬時に体勢を立て直した美知佳の脚に、再び紫電が迸る。
「天狗の嵐で動きが鈍っている今が好機!風が、お前の雷を導く!」
黒実が操る風の渦の中、身動きが取れない二人の忍者。その一人、望月六華に向かって、美知佳の神速が閃く。
「雷鳴の音よりも疾く!我が烈脚、受けてみよ!」
風を切り裂き、稲妻そのものと化した『雷鳴脚』が、望月六華を正確に撃ち抜いた。
「残りは一人…!」
吹き飛ばされていた海野六花が、体勢を立て直そうとする。だが、それよりも早く、黒実がその背後に回り込んでいた。
「…終わりだ」
冷徹な一撃が、海野の意識を刈り取る。
伊賀崎美知佳と源黒実が、真田の伏兵二人を瞬く間に撃破した。だが、その激戦を陽動に、霧隠才華は玲奈を抱えたまま、さらに新宿の闇深くへと距離を取っていた。背後で仲間が倒れた気配を感じ、彼女は勝ち誇ったようにほくそ笑む。
「ははは、我々の勝ちだ!仲間を二人も失ったが、それで時間を稼げたのなら安いものよ!【伏】の宝玉とその使い手が我らが手中に落ちれば、東京魔法陣と八犬士も、もはや終わりだ!」
そう豪語した、まさにその瞬間。
才華の腕から、ふっと重みが消えた。
「何っ!?こ、これは…!我が手中の人質が…!?」
腕の中にいたはずの玲奈の姿が、忽然と消え失せている。呆然とする才華の耳に、夜空から陽気で、しかしどこか凄みのある声が降り注いだ。
「うはははは!『慢心こそ最大の敵』、だな!真田の忍びさんよ!」
声のした方を見上げると、月を背に、ゴージャスな金髪をなびかせた、グラマラスな美少女が立っていた。赤い着物風のミニドレスは、胸元と太ももに大胆なスリットが入り、全身で揺れる金のアクセサリーが、新宿のネオンを反射してキラキラと輝いている。その腕には、いつの間にか奪い返された玲奈が、しっかりと抱えられていた。
「その手際…出来るな…何者だ!」
「伊賀九曜衆が一人、石川五愛萌!――我が『忍法・大怪盗抜け身の術』、とくと見られよ!」
五愛萌は、その体躯ほどもある巨大なキセルを口にくわえると、ふっと息を吹き込んだ。だが、出てきたのは煙ではない。ポンポンと軽い音を立てて、いくつもの小さな玉が霞の足元へと射出される。
ボカン!ボカン!
玉は地面に着弾すると同時に炸裂し、霞が操るような霊的な霧ではなく、火薬の匂いがする、濃密な煙幕を周囲に展開した。
「むう、小賢しい!『五里霧中』、霧散!」
霞は、自らの術を解いて視界を確保しようとするが、物理的な煙幕の前では効果が薄い。
「ちっ!やるな…!」
煙が晴れた時には、そこに石川五愛萌と玲奈の姿は、影も形も残っていなかった。
伊賀の忍び、その最後の切り札。それは、どんな厳重な警備も潜り抜け、どんな物でも盗み出す、神出鬼没の大怪盗だった。
すいません、この連休明日も多忙でちょっとなかなか厳しい状況デス…(泣き言)




