第六十六話:八咫烏総裁
東京での激戦の爪痕が、未だ生々しく残る頃。
その遥か西、九州・福岡。かつて、一人の偉大な学者が無念の内に没した地、太宰府。この国の霊脈の要の一つであるその地に、全ての元凶は座していた。
太宰府天満宮の奥深く、常人では決して辿り着けぬ神域。
そこに、八咫烏の本拠地はあった。雨が降りしきり、遠くで雷鳴が轟いている。
広大な神殿の中央で、高梨幸太郎は霊脈が描かれた巨大な日本の立体地図を見下ろしていた。その傍らには、東京から撤退した紅蓮の龍女・朱麗と月影の舞姫・瑞賢が静かに控えている。
「…息子の共鳴は、誠の心さえも打ち砕いたか。我々の予測モデルを超える、危険な変数となりつつあるな」
幸太郎が冷静に分析する。その時、神殿の最も奥にある玉座から、凛とした、しかし天の威光を宿した声が響いた。
「それは変数ではありません、幸太郎。ただの情に流される、この国の悪癖そのもの」
ゆっくりと、影の中から一人の女性が姿を現す。
黒い狩衣を改造した豪奢な装束。胸元と袖口には、三本足の烏の羽根が精緻に刺繍されている。背後に淡く浮かび上がる紋は、雷雲を掴む八咫烏。そして、その紫電を宿した瞳が幸太郎を射抜く。
彼女こそ、菅原道真の怨霊と共鳴し、この国の腐敗を正すために歴史の闇から蘇った、八咫烏の頂点に立つ者。
八咫烏総裁、菅原 天音。
「お前の息子は、駒としては少々感情が豊かすぎたようですわね」
天音は、幸太郎の隣に立つと、まるで等価値のパートナーのように語りかける。
「…計画通りです、天音様。彼が人々の心を一つに束ねつつある」
「その悠長な計画では、この国の腐敗は止まりません。時は満ちたのです」
天音は、神殿の天窓から見える、荒れ狂う空を見上げた。彼女の感情に呼応するように、雷がひときわ強く轟く。
「この国は、千年前から何も変わっていない。正しき者が追いやられ、愚者が権力を貪る。ならば、私が全てを塗り替える。三種の神器をこの手に掌握し、この淀んだ国を一度、無に帰すのです」
彼女の紫の瞳が、激しい雷光を放つ。
「そして、この天神・菅原天音の名の下に、日本を、いえ、この世界の全てを統べる。それこそが、唯一にして絶対の正義」
天音は、東京の方角を、全てを見通すかのように見据えた。
「我が雷鳴は、腐敗を断罪する天の審判。――逃れられると思うな」
その声は、物理的な距離を超え、ユウマたちの魂に、不吉な宣告として確かに届いていた。




